草原を歩いていると辺りが暗くなってきた。
気温も下がり、少し肌寒くなってきている。
「ローレライさん、今日はここで休みませんか?」
俺はローレライさんに提案した。
朝から歩き通しでローレライさんも疲れているだろう。
「そうですね。では今日はこの辺で野宿にいたしましょう」
するとローレライさんは周りを見回し大きな木をみつけるとそこに歩いていく。
そしてその木に背中を預けるようにして座り込んだ。
俺もそれに倣って木の反対側に腰を下ろす。
お腹がすいたな。
そう思い木を見上げると俺の頭上五メートルほどのところにバナナが沢山なっていた。
この世界に来たばかりの頃を思い出す。
この世界にはバナナが沢山自生しているらしい。
立ち上がりそれを採ろうとジャンプしかけた時、
「クロクロさん、よかったらこれ召し上がりますか?」
ローレライさんが木の陰から顔を出した。
ローレライさんは手にゴルフボール大の巨峰のようなものを持っていた。
「なんですか、それ?」
「これはガジュの実といって私たちエルフが遠出をする時などに持ち歩く食べ物です。これを一つ食べると丸一日は何も食べなくても済むのですよ」
「へー、それは便利ですね」
「よかったらどうぞ。まだありますから」
「ありがとうございます」
俺はローレライさんからガジュの実とやらを受け取るとそのまま口に運ぶ。
「あっ、皮は食べないでくださいね」
ローレライさんが言うので俺は口の中で器用に皮をむいて皮だけを取り出した。
「うん、美味しいです」
「よかったです。では私も」
言ってガジュの実の皮を丁寧にむくとそれを半分かじるローレライさん。
白くて細長い綺麗な指に思わず見惚れそうになる。
「エルフ族ってこんな特別な果実を作ってるんですね」
「他にもセントウという果実も栽培していますよ」
「セントウですか?」
「はい、それを食べるとどんな病気でもたちどころに治すことが出来るのです」
「へー、すごいっ。そんな果実があるんですかっ」
それが本当なら今回の報酬、金貨三枚と銀貨五枚よりもそのセントウとやらの方が欲しいな。
「一年に一回、それも一つの木から一つだけしか採れない貴重なものなのですけれどね」
「例えばですけど、ガジュの実とかセントウとかを売ればそれなりにお金になるんじゃないですか?」
そうすればエルフ族もお金に困ることはないと思うが。
しかし、
「それは駄目なのです」
とローレライさん。
「駄目?」
「はい。今のエルフの里の長は人間をあまりこころよく思っていませんから人間にエルフの里の食べ物を分け与えることを禁止しているのです」
「そうなんですか……でも俺ガジュの実食べちゃいましたけど?」
「そうですね。なので私がクロクロさんにガジュの実を差し上げたことは私たちだけの秘密にしていてくださいね」
言いながらローレライさんは口元に人差し指を持っていき可愛らしく微笑んだ。
大きな木の下で夜を明かした俺たちはエルフの里に向け再び歩き出す。
時折り出遭う魔物を返り討ちにしつつ草原の中の街道を突き進んでいると後ろから馬車の音が聞こえてきた。
振り返り道を譲ってやると、俺たちを追い越し通り過ぎていった馬車が前の方で急停止する。
なんだろう?
思って見ていると馬車から少女が降りてきた。
よく見るとそれはパリスで、
「クロクロ様ーっ」
手を振りながらこっちに向かって駆けてくる。
パリスはぼふっと俺に飛びついてきた。
俺はさりげなくそれを引きはがすと、
「パリスじゃないかっ。どうしたんだ、こんなところでっ?」
パリスの顔を見下ろす。
「それはこちらのセリフですわっ。クロクロ様こそこんなところで何をやっているんですのっ? というかこの女性は誰なんですのっ?」
矢継ぎ早に質問してくるパリス。
こころなしかローレライさんを見る目に敵意のようなものを感じるのは気のせいだろうか。
「この人はローレライさん、俺の依頼主だよ。今この人の住んでいる場所に向かっているところなんだ」
「ふ~ん、そうなんですの」
とパリスはローレライさんを無遠慮になめ回すように見る。
失礼だからやめろ。
とそこへ、
「いやあ、クロクロさんじゃないですか。お久しぶりです」
パリスの父親でここら一帯の領主でもあるガイバラさんが追いついてきた。
相変わらずの腰の低さで挨拶してくる。
「いえ、こちらこそ」
「お父様、クロクロ様はこちらの女性の依頼を受けて移動している最中なのだそうですわよ」
「そうなのか……クロクロさん、よかったらわたしたちの馬車に一緒に乗っていきませんか? 護衛のために冒険者さんを二人乗せているので決して広くはないのですが」
ガイバラさんがそのような申し出をしてきてくれた。
だが隣を見ると、
「……」
ローレライさんがパリスたちから顔を隠すようにフードを下に引っ張っている。
人間が増えたので警戒しているのかもしれない。
それを受けて俺は、
「すみません、ありがたいお誘いですけどこのローレライさんは馬車に乗ると酔ってしまうので俺たちは徒歩で行きますよ」
それらしい言い訳をして断った。
「そうですか、それならば仕方がないですね」
「残念ですわ。せっかくクロクロ様ともっと一緒にいられると思いましたのに」
「悪いな、パリス」
ガイバラさんがパリスを引き連れ馬車に戻っていく。
パリスは後ろ髪ひかれているようだが渋々ガイバラさんとともに馬車に乗り込んで立ち去っていった。
それを確認してほっとしたように胸をなでおろすローレライさん。
「すみませんでした。さっきの子俺の知り合いなんですけど、ローレライさんのことじろじろと見ちゃって」
「い、いえ。こちらこそ私のせいで気を遣わせてしまってすみませんでした。本当なら馬車に乗っていった方が楽なのですがエルフの里の場所は人間に知られるわけにはいきませんので……」
「別にいいですよ。でも俺も人間ですけどエルフの里に行っても大丈夫なんですか?」
今さらながら訊いてみる。
すると、
「え、えっと……は、はい」
ローレライさんは目を泳がせながら歯切れの悪い答えを返した。
パリスのせいでまだ動揺しているのだろう、俺はそう考えローレライさんのこの返答を特段気に留めることもなくエルフの里へとまた歩き出すのだった。