「エルフ……?」
俺は馬鹿みたいにオウム返しをする。
「はい」
ローレライさんは俺の言葉に小さくうなずいた。
エルフっていうとアニメとかによく出てくるあのエルフ族のことだよな……。
「えっと、ローレライさんでしたっけ? エルフ族の人が一体俺になんの用ですか?」
俺は訊ねる。
すると、
「クロクロさん、あなたにエルフの里に来てほしいのです」
ローレライさんはそう答えた。
「エルフの里? どういうことですか?」
「私たちエルフはエルフの里という場所で人間とは交流を断って暮らしているのですが、最近竜王と名乗る魔物が里に現れて家畜を次々と喰い殺してしまったのです」
「竜王と名乗ったって、魔物って喋れるんですか?」
「私たちもそのような魔物は始めて見ました。ですが実際にその魔物は私たちと同じように言葉を喋ったのです」
と困惑しながらローレライさん。
俺も喋れる魔物は初耳だ。
「若い男性のエルフたちが応戦したのですが竜王はとても強くてみんな倒されてしまいました」
「そうですか、それは気の毒でしたね。でも、俺とどういう関係が?」
「その竜王が言ったんです、一週間後また来ると。その時までに家畜を同じ数だけ用意していなければ今度はエルフを喰い殺すと。私たちエルフでは竜王には歯が立ちません、なので人間の中から強い冒険者を雇うことにしたわけです」
「なるほど」
その竜王とやらと互角以上に戦える冒険者たちを探しに普段は交流を断っている人間の町までわざわざやってきたというわけか。
「だったらギルドで依頼をするといいですよ。さっき俺たちが出会った場所です。そこでなら依頼の難易度に応じてそれに見合った冒険者たちが依頼を引き受けてくれますから」
「そ、それがお恥ずかしい話なのですが私たちエルフは自給自足の生活をしていまして人間が使うお金はほとんど持ち合わせてはいないのです」
ローレライさんはそう言いながら服のポケットから小さな袋を取り出した。
うつむき加減でそれを開けて俺に見せてくる。
覗き込むとその袋の中には金貨が三枚と銀貨が五枚しか入っていなかった。
「ですのでAランクやSランクの強い冒険者を雇う余裕がありません」
「はあ……」
たしかに金貨三枚ではAランクどころかBランク、いやCランクの冒険者さえも雇えないだろう。
「そんな時クロクロさん、あなたとSランクの冒険者の勝負を拝見しましてあなたの強さを見て、この方しかいないと思いました……聞くところによるとあなたはEランクの冒険者だとか?」
「ええ、まあ」
「なのであなたに直接今回の依頼をお願いしたいのです。どうか私とともにエルフの里に来て私たちエルフを助けてくださいませんか、この通りですっ」
ローレライさんは俺に向かって深々と頭を下げる。
「えーっと、確認ですけど報酬は金貨三枚と銀貨五枚ってことですか?」
「は、はい。も、もちろんこの額が人間にとって少ないということは重々承知しています。し、しかし決して馬鹿にしているわけではありません、これでもエルフの里のみんなから集めた私たちの全財産なのですっ」
声を震わせ俺を見上げるローレライさん。
その顔は今にも泣き出しそうだった。
金貨三枚と銀貨五枚か……まあ、Eランクの俺からすれば妥当な額なのかな。
「……いいですよ。その依頼引き受けます」
「えっ、本当ですかっ?」
ローレライさんは声を上げた。
「ええ、ちょうどEランクの依頼もなかったところでしたし」
「あ、ありがとうございますっ」
ローレライさんは顔をぱあっと明るくさせると俺の手を両手で包み込む。
その太陽のようなまぶしい笑顔とシルクのようなきめ細やかな質感の肌に触れて、俺はやはりローレライさんはエルフなのだと実感した。
「それでエルフの里っていうのはどこにあるんですか?」
「このロレンスの町から歩いて三日ほどの距離の場所にあります。人間にみつからないように高い山の上の方にあるので少し大変ですけどお付き合いください」
そう言うとローレライさんはフードを被る。
「それ、暑くないんですか?」
ふと疑問に思ったので訊いてみた。
ローレライさんは布地面積の少ない緑色の服を着て割と素肌を露出した恰好をしているにもかかわらず、顔だけは隠そうとしているように見えたからだ。
すると、
「私たちエルフは希少種族なので人間にみつかると奴隷として売られてしまうことがあるのです。だから人間のいる場所にやむを得ず訪れる場合にはこうやってエルフの特徴である耳を隠すのです」
ローレライさんは伏し目がちに話す。
「そうだったんですか。すいません、俺エルフ族のこととかよく知らなくて……」
「いえ、気になさらないでください。それより急ぎましょう、竜王が私たちの里に来る日まで猶予はあと四日しかありませんから」
「わかりました」
こうして俺たちはロレンスの町をあとにするのだった。
ローレライさんとともに草原を歩いていると俺は前方にスライムによく似た魔物を発見した。
だがその魔物はスライムよりも一回り大きく見える。
「ネイビースライムですっ」
ローレライさんが口を開いた。
と同時にローレライさんは足元に生えていた草を引き抜く。
何をしているのだろうと俺が思った次の瞬間、
「フォースっ」
とローレライさんが声を上げた。
直後、ローレライさんの持っていた草が一気に成長してフェンシングの剣のように変形していく。
「ローレライさん、それって……?」
「植物を武器化する魔法ですっ。私が唯一使える魔法なのですっ」
言いながら草で出来た剣を構えるローレライさん。
とこっちに気付いたネイビースライムがローレライさんめがけ突進してきた。
ローレライさんは向かってきたネイビースライムに剣を突き出す。
ローレライさんの剣がネイビースライムの体を貫通し、
『ピギャッ……!』
ネイビースライムは水風船のように破裂した。
「へー、すごいですね」
話に聞いていた限りではエルフ族は戦えないのかと思っていたがどうやらそうではないらしい。
「いえ、そんなことはありません。エルフはもともと回復魔法が得意な種族なのですが私は回復魔法は一切使えませんから。植物を武器化できるといっても今のように剣を作るくらいしか出来ませんので竜王との戦いではまったく役に立ちませんでした」
ローレライさんは表情を曇らせる。
「今回人間の冒険者を雇う係に私が任命されたのも、大怪我をして傷つき倒れた若い男性のエルフたちの回復が追いつかず、仕方なしに消去法で選ばれたに過ぎませんから」
ローレライさんは自嘲気味にそう言った。
よくわからないが、もしかしたらローレライさんはエルフ族なのに回復魔法が使えないということにコンプレックスを抱いているのかもしれない。
「俺も回復魔法は使えませんよ。使える魔法は一つだけですし」
フォローのつもりで言ってみる。
「そうですか……でもクロクロさんはブーストが使えるのですよね。だとしたらやっぱりすごいですよクロクロさんは」
逆に気を遣わせてしまったようでローレライさんは笑顔を作ってみせた。
……俺が励まされてどうする。
「いやいや、ローレライさんだってすごいですよ。一人で人間のいる町までやってきたんですから」
「……そうでしょうか?」
「そうですよ。ローレライさんがいなかったらこうやって俺がエルフの里に出向くこともなかったわけですし。もっと自信持ってください」
「は、はい……ありがとうございます」
俺のフォローの甲斐あってか少し微笑むローレライさん。
う~ん、まったくもってどうでもいいことだが近くで見るローレライさんはやはり美人だ。