ギルド内で依頼書を眺めているとぞろぞろと冒険者たちが中に入ってきた。
だがさっきのグレイとの勝負を見ていたせいか、俺の周りには誰も近寄ってこようとはしない。
まあ、おかげで静かに依頼選びが出来るのだが。
「お、おいクロクロっ。あ、あんた何もんだっ!」
そんな俺に後ろから声をかけてくる人物が。
振り返らなくてもわかる。グレイだ。
「なんだよ、俺が勝ったら突っかかってこないって約束だったろ」
「こ、これは別に突っかかってるわけじゃないっ。ただ話しかけてるだけだっ」
仕方なく振り返るとそこにはグレイとエアリーが二人揃って立っていた。
エアリーに回復魔法をかけてもらったのだろう、グレイはダメージなどなさそうに見える。
「それであんたは何もんなんだっ」
「悪いけど俺、記憶喪失だからその質問には答えられないな」
俺は嘘の設定を引っ張り出し答えた。
「記憶喪失っ? マジかよ……」
「ああ」
俺が返すと、
「……」
グレイは言葉なくうなだれる。
どうしたんだ?
すると今度はエアリーが話し出した。
「ごめんねクロクロ。グレイは自分より強い相手に会ったことがなかったからあなたの強さの秘密を教えてもらおうとしてたのよ。でもクロクロが記憶喪失だと知ってがっかりしちゃったわけ」
「ふーん、そうなのか」
「ねえ、クロクロ。そんなことよりわたしたちとチームを組まない?」
と顔を近付けてささやくようにエアリーが訊いてくる。
「チーム? 俺とお前たちが?」
「そう。楽しそうでしょ」
笑顔のエアリー。
「でもお前たちはSランクだろ。それに比べて俺はさっきも言ったけどEランクだぞ」
「そんなの関係ないわよ。クロクロはわたしたちよりずっと強いんだし」
「う~ん……グレイは賛成なのか? 俺とチームを組むことに」
俺はグレイに視線を移す。
「おれ様は構わないぜ。っつうかあんたと一緒にいれば記憶喪失が治った時、あんたの強さの秘密を聞けるからむしろ大賛成だぜっ」
グレイは気を取り直して声を上げた。
「ねっ。グレイもこう言ってるし、いいでしょ?」
俺の顔を覗き込むようにしてエアリーが言う。
長いまつ毛に大きな瞳をしたエアリーはまるでお人形さんのようだ。
「でも俺が入ったら邪魔じゃないのか? せっかく二人だけのチームなんだろ」
「? 全然邪魔じゃないわよ」
「グレイはいいのか? 他の男がチームに入ってきても」
「はあ? どういう意味だ?」
グレイが眉をひそめた。
とそこでエアリーが、
「あっクロクロ、もしかしてわたしたちが恋人同士だとか思ってる?」
笑いをこらえつつ俺を見上げる。
「違うのか?」
「違う違う。だってグレイとわたしは兄妹だもんっ」
「兄妹?」
「そうだよ。な~んだ、そんなこと気にしてたんだ。でもそっか、わたしたちのこと知らなかったんだからそう思われても不思議じゃないのかぁ~」
エアリーはくすくす笑いでグレイの方を見た。
「おれ様とエアリーが恋人同士なわけないだろ、馬鹿かクロクロっ」
と呆れ顔のグレイ。
俺の予想に反して二人はただの兄妹だったようだ。
「でもこれでわたしたちと組んでくれるわよね?」
「そうだぜ、クロクロ。おれらとチームを組むだろ?」
エアリーとグレイは二人して俺の目をじっとみつめてくる。
兄弟だと言われるとたしかにどことなく目の辺りが似ている気もする……ってそんなこと考えてる場合じゃないか。
「悪いけどやっぱり断る」
「そうだろう、そうだろう。おれ様の誘いを断るわけが……ってなんだとっ!?」
またしてもグレイが声を大にした。
「どうしてクロクロ? もしかしてもう誰かとチーム組んでるの?」
「いや、一人だけど」
「だ、だったらいいじゃねぇかっ。なんで断るんだよっ」
「さっきも言ったけど俺はEランクだからな。お前たちとは依頼が合わないんだよ」
俺はSランクの依頼は受けられないし、エアリーたちは今さらEランクの依頼をする気にはなれないだろう。
「そんなのおれらが受けたSランクの依頼をクロクロも一緒にやりゃあいいだけじゃねぇかっ」
とグレイは言うが、
「いや、それはなんかずるしてる気がするからな。俺は身の丈に合った依頼を受けるよ」
古くさい考えのある俺としてはそれに関してはどうも受け入れがたい。
「どこがずるなんだよ、全然ずるくないだろ――」
「わかったわ」
グレイの言葉を遮ってエアリーが口を開いた。
「なんだよエアリー、わかったって」
「クロクロがそう言ってるんだからしょうがないでしょ」
「しょうがなくないっ。おれ様には意味が分からないぞっ」
「それはグレイが馬鹿だからよ」
「馬鹿とはなんだっ、実の兄に向かって!」
「うるさいわね、ちょっと黙ってて!」
俺を置き去りにヒートアップしていく二人。
俺はそんな二人をただ黙って見守る。
すると、
「クロクロ、あなたの考えはよくわかったわ」
とエアリー。
「その代わり、あなたがSランクの冒険者になった時にもう一度誘うからその時はオッケーしてよねっ」
エアリーはウインクしながら言う。
「いつになるかわからないけどな」
俺のこのセリフを肯定ととらえたのかエアリーは一瞬笑うと掲示板に貼ってあった依頼書を手にしてミレルさんのもとへ持っていき、それから颯爽とギルドを出ていった。
グレイはそんなエアリーを「お、おい、ちょっと待てってばエアリー!」と追いかけていく。
まるで台風が過ぎ去っていった後のように静かになるギルド内。
そんな中、俺はSランクになったらあの二人と同じチームを組むという約束をなんとなく交わしてしまったであろうことに気付くのだった。
グレイとエアリーがいなくなり静かになったギルド内で俺は掲示板に貼られた依頼書を順に確認していた。
「う~ん、Eランクの依頼がみつからないなぁ」
するとそこへ、
「あのう、ちょっとよろしいですか?」
遠慮がちに話しかけてくる女性がいた。
フードを目深に被っていて目元がよく見えないがそれでも俺と同年代のように思えた。
「はい、なんですか?」
俺はその女性に声を返す。
「実はあなたに折り入ってお話があるんですけれど……」
「俺にですか? はあ、なんでしょう?」
「あの、ここでは人目がありますので出来れば場所を移動したいのですがよろしいでしょうか?」
「え、移動するんですか?」
「はい、是非お願いいたします」
女性は深々と頭を下げた。
その際に女性のつけている香水だろうか、甘い匂いが俺の鼻孔をくすぐる。
なんか怪しげな人だなぁと思いつつもそれだけの理由で断るのもいささか気が引けるので俺は、
「はあ……まあ、いいですけど」
と首を縦に振った。
……断じて目の前の女性が綺麗な顔立ちをしていたから下心を覗かせたというわけではない。
俺は女性のあとをついてギルドを出る。
と女性はそのまま人気のない場所へと進んでいった。
多少の違和感を覚えながら俺は女性の後ろを歩いていく。
これが仮に美人局的なもので路地裏から怖いお兄さんたちが現れたとしても返り討ちに出来るだけの強さはある。
なので俺は黙って女性に付き従うことにした。
しばらく歩き公園の林の中に入っていった女性。
そして周りに人がいないことを確認すると女性はおもむろにフードを脱いだ。
「!?」
すると女性はつい先ほど見たばかりのエアリーさん以上の美貌の持ち主だった。
髪は黄金のように輝いていて鼻は高く目はぱっちり二重で大きく、小さな唇は桜色に薄く染まっていた。
だがそれ以上に驚いたのは彼女の耳が人間のそれとは桁違いに長くとがっていたことだった。
「私の名前はローレライといいます。ご覧の通り私はエルフです」
ローレライと名乗った女性はそう言うと、うやうやしくお辞儀をするのだった。