一対一の模擬戦で俺がロイさんに勝ったことにより最終的な総合順位はロレンスの町の騎士団がクラスコの城下町の騎士団を抜いて見事ロレンスの町の騎士団が逆転優勝を果たした。
そして閉会式では見届け人のガイバラさんからロレンスの町の騎士団長であるドラチェフさんに表彰状と優勝旗が手渡された。
その際に町の人たちから温かい拍手が送られる。
さすがガイバラさんの住んでいるお城の城下町の人たちだけあってみんな勝負が終われば他の町の騎士団の優勝に対しても素直に喜んでくれていたようだった。
「これにて閉会いたします! それでは皆さんまた来年お会いしましょう!」
ムゲンさんの閉会宣言により一日かけて行われた各町の騎士団対抗のレクリエーション大会は幕を閉じたのだった。
夕方をとうに過ぎ辺りはもうすっかり暗くなっていた。
今日はロレンスの町には帰らずクラスコの城下町で泊まっていこうかと話していると、
「クロクロ様ーっ」
ガイバラさんのもとからパリスがこちらへ駆けてくる。
「ん、どうした? パリス」
「クロクロ様はこれからどうされるおつもりですの?」
「えっと、今日はこのままこの町に泊まって明日帰るつもりだけど」
「でしたらクラスコ城に是非泊まっていってくださいませっ。クロクロ様とは話したいことがいっぱいあるんですのっ」
パリスは俺の腕を取って揺らす。
「いやでも――」
俺がドラチェフさんを振り返り見ると、
「わたしたちのことはいいからクロクロくんはパリス様とクラスコ城に行ったらどうだい? わたしたちは明日の朝宿屋でクロクロくんが戻るのを待っているからさ」
「そうだぜ、城に泊まれるなんてこんなチャンスめったにないぞ」
ドラチェフさんとランドが笑顔で勧めてくる。
「う~ん……」
「クロクロ様~っ」
「……わかった。じゃあお世話になるかな」
「わぁっ、ありがとうございますですわっ! では早速まいりましょう!」
そう言うとパリスは少女とは思えない力で俺をクラスコ城へと引っ張っていくのだった。
クラスコ城は外観も立派だったが中に入るとさらに荘厳な造りになっていて俺は驚かされた。
パリスはそんな俺を引き連れてお城の中を案内して回る。
「クロクロ様、ここがキッチンですわっ」
「見てください、ここはお風呂ですわっ」
「こっちがお父様のお部屋ですっ」
俺はガイバラさんと顔を合わせると会釈を交わした。
「そしてここがわたくしのお部屋ですわっ」
テンション高くパリスが言い放つ。
パリスの部屋は想像していた通りのお嬢様お嬢様した部屋だった。
天蓋付きのベッドに大きなぬいぐるみが沢山、クローゼットには華やかなドレスがずらりと揃っている。
「へー、可愛い感じの部屋だな」
「そうでしょう。わたくし男性をこの部屋に入れるのはお父様以外ではクロクロ様が初めてなんですのよ」
「ふーん、そうなのか」
パリスは近くにあった大きなクマのぬいぐるみを抱きかかえると楽しそうにくるくる回った。
よくわからないが楽しそうで何よりだ。
「なあ、ところで俺の泊まる部屋はどこなんだ?」
「? どういう意味ですの?」
パリスが小さく首をかしげる。
「いや、俺はどこで寝ればいいんだよ」
「? クロクロ様はここでわたくしと一緒に寝るのですわよ」
「…………はい?」
「ここで寝るってベッドは一つしかないだろ」
「大丈夫ですわ。わたくしのべっどはキングサイズでしてよ」
「そういうことを言ってるんじゃなくてだな、なんで俺がパリスと一緒のベッドで寝るんだよ」
「いけませんの?」
上目遣いでパリス。
「いや、いけないというか……パリスって年いくつだ?」
「十四ですわ」
「十四……」
十四歳の少女と同じベッドで寝る二十六歳の男か。
うーん、問題ないとは思えない絵面だ。
「こんな大きなお城なんだから空いている部屋くらいあるだろ。俺はそこで休ませてもらうよ」
「なんでですの?」
「一人の方が落ち着くんだよ」
適当な理由で俺は別の部屋に泊めてもらおうとするが、
「駄目ですわ、それではお城に泊まっていただく意味がありませんもの」
とパリスは食い下がる。
「せっかくいろいろお話しながら寝られると思っていましたのに別の部屋ではそれが出来ないではないですか」
じっとみつめてくるパリス。
どうやら一緒の部屋で寝ると決めていたらしく引く様子はないようだ。
「……わかったよ。だったらベッドの横の床に布団を敷いて寝るよ、それならいいだろ」
「床に寝るんですの? 固いですわよ」
「慣れてるから平気だ」
俺は生前はそうやって毎日寝ていたんだからな。
「そうですか、わかりました。ではお布団を用意いたしますわね」
そう言ってパリスは部屋を出ていった。
うん、なんとか納得してくれたらしいな。
その後どこかから大きな布団を運んできてくれたパリスに俺はお礼を言う。
そしてメイドさんが持ってきてくれた晩ご飯をパリスと一緒に食べてから大浴場のような大きなお風呂に入った俺がパリスの部屋に戻ると部屋の照明は薄暗くなっていた。
「クロクロ様、もう寝ましょう。わたくし眠くなってしまいましたわ」
ご飯とお風呂を済ませたことで眠くなったのかあくびをしつつ天蓋付きのベッドに横になるパリス。
俺もそれに倣ってベッドの横に敷いておいた布団に寝転ぶ。
「クロクロ様、少しは記憶が戻ったりしました?」
薄暗い部屋の中パリスの声がした。
「いや、戻ってない」
正確には記憶喪失ですらないが。
「そうですか……」
「ああ」
「……ロレンスの町に帰ったらまた冒険者の仕事をするのですか?」
「そうだな。前は自給自足の生活に憧れていたんだけどな、やってみると意外と大変なことがわかったからな。それにじっとしているのは俺の性に合わないみたいだ」
「ふわぁ~あ……そうですの……」
パリスの口調がゆっくりになってきた。
やはりまだ十四歳、眠気には勝てないらしい。
「……クロクロ様……わたくし、大きくなったら……」
そこまで言うとパリスの声が聞こえなくなる。
「パリス?」
「……すぅすぅ」
パリスは眠りに落ちていた。
「おやすみ、パリス……」
俺は小さくつぶやくと目を閉じるのだった。
翌朝。
「世話になったな」
「また遊びに来てくださいませ、クロクロ様っ」
「ああ、そうするよ」
「きっとですわよ」
とパリス。
「ではガイバラさん、ありがとうございました」
「いえいえ、何もお構いできませんで……それどころかパリスに付き合ってくださってこちらこそありがとうございました」
俺はパリスとともに俺を見送りにお城の外までわざわざ出てきてくれていたガイバラさんに頭を下げるとパリスに向き直る。
「じゃあなパリス」
「はいですわっ」
俺はクラスコ城をあとにすると城下町の宿屋へと向かった。
そしてそこで俺を待ってくれていたドラチェフさんたちと合流するとロレンスの町へと戻るのだった。
ロレンスの町に戻った俺は騎士をやめることをドラチェフさんに伝える。
「そうかい、残念だけどしかたないね」
とドラチェフさん。
「みんなに挨拶していくかい?」
「いえ、どうせこの町にいれば会えますから」
「そっか。じゃあこれが約束の金貨二十枚だよ、とっておいてくれたまえ」
「ありがとうございます」
俺はドラチェフさんから二十枚の金貨を受け取ると宿屋ガラムマサラへと戻る。
「あら、クロクロさん。久しぶりだねぇっ」
宿屋に入ると女将さんが笑顔で出迎えてくれた。
「はい、ちょっといろいろあって」
「また泊まっていってくれるんだろ?」
「はい、お世話になります」
今の俺の所持金は金貨が二十五枚。
宿屋の代金が一泊銀貨五枚として五十日泊まれる計算だ。
「五十日か……長いようで短いな」
厳密に言えば昼ご飯代や生活必需品代などを考えるともっと短くなる。
「やっぱり稼げる時に稼いでおくか……」
お金はあるに越したことはない。
俺はそう考え宿屋をあとにするとギルドへと赴いた。
[健康で頑強な研究助手の募集 報酬は応相談 必須ランク:E 推奨ランク:D]
ギルドの掲示板にてEランクでも受けられる依頼書をみつけた俺はそれをミレルさんのもとに持っていく。
「すみません、これってどういう依頼ですか?」
依頼書をカウンターの上に差し出し訊ねると、
「はい、こちらは錬金術師ミネルバさまからの依頼ですね。研究助手の募集となっております」
ミレルさんはそう答えた。
「何をするんですか?」
「さあ、それはミネルバさまに直接訊いていただかないと……」
「報酬の金額が書かれていないんですけど」
「それもミネルバさまに訊いていただくことになりますね」
「そうですか……」
「クロクロさま、どうなさいますか?」
まあ、他に受けられそうな依頼もないしこれでいいか。
「その依頼受けますよ」
俺はミレルさんから依頼書を受け取ると裏面に書かれていたミネルバさんの家へと向かうのだった。
「ここ、か……?」
ミネルバさんの家にたどり着いた俺はその家を前にして固まっていた。
というのもミネルバさんの家は屋根が下にあり玄関が上の方にあるという上下が逆さまになったような造りになっていたからだ。
見たこともない構造の家に呆気にとられていると、
「……何か用?」
背後から女性のか細い声がした。
振り返るとそこには眼鏡をかけ白衣を着た十代半ばほどの女の子が俺を見上げ立っていた。
「えっと、きみこの家の人?」
「……そう」
「ここにミネルバさんって人いる?」
「……ミネルバはわたし」
「え? きみが錬金術師のミネルバ?」
「……そう」
意外なことに目の前の小柄な女の子が今回の依頼主だった。
「……あなたは?」
「俺はギルドで依頼を受けてやってきたクロクロだ。よろしく」
握手を求め手を伸ばす。
だが、
「……わかった。ついてきて」
ミネルバは俺の差し出した手を一瞥するとそのまま歩き出した。
家の裏側に回り裏口から中に入るミネルバ。
俺もあとに続いて家の中へと入っていく。
「あのさ、この家なんか変わってるな」
「……そう? 別に普通」
「いや、普通ではないだろ」
家も変わっているが依頼主のミネルバとやらもなんか変わった奴だな。
その後リビングらしき部屋に通されると、
「……ちょっと待ってて」
そう言ってミネルバが部屋を出ていった。
しばらく待っているとミネルバがコップを持ってやってくる。
「……飲んで」
俺の目の前にピンク色の液体の入ったコップを置いた。
「なあ、今回の依頼内容って具体的にはなんなんだ? 俺は何をすればいいんだ?」
「……飲んで」
「ん、あ、ああ」
イチゴジュースか……そう思いながらコップに口をつける。
こくんと一口。
「うげっ! なんだこれっ!?」
飲み込んだ瞬間喉が焼けるように熱い。
「お、おいミネルバ、この飲み物一体なんだっ……?」
「……わたしが作った惚れ薬」
「惚れ薬っ!?」
「……わたしのこと好きになった?」
「なるかっ! いいから水くれ水っ」
ミネルバはぶすっとした顔で部屋を出ていった。
そういえばミレルさんの話ではミネルバは錬金術師だとか言っていた。
そして今回の依頼は健康で頑強な研究助手の募集だった。
ということは今回の依頼内容は……。
水の入ったコップを持って戻ってきたミネルバから俺は奪い取るようにしてそれを手にすると一気に飲み干す。
「かはっ、かはっ……つ、つまり今回の依頼は俺にお前の実験台になれってことか……?」
口元を拭いながら声を漏らす俺に、
「……そう。あなたはわたしが作る薬品の被験者」
ミネルバは淡々と言い放つのだった。