俺のハーフマラソン優勝で幕を開けたレクリエーション大会だったが、その後次々とゴールテープを切っていったのはクラスコの城下町の騎士たちだった。
それにより総合順位としては現時点で一位がクラスコ、二位がハルジオン、三位がディオングンで最下位がロレンスの町の騎士団となっていた。
「いやあ、クロクロといったか。すごい奴だなお前は……まさかおれに勝つとはなっ……」
肩で息をしながらクラスコの城下町の騎士団長であるロイさんが話しかけてくる。
「いえ、ロイさんこそ……」
「何を言ってる……お前が勝ったんだ、もっと胸を張れっ」
ばしんと強く背中を叩いてくるロイさん。
多分ロイさんなりの敬意の表し方なのだろう。
しかしながら重力十分の一というハンデを貰っている俺とほぼ互角に走り切ったのだ。
ロイさんがもし俺のもといた世界に転移でもしたらおそろしいくらいの力を発揮するのだろうな。
ロイさんと入れ替わるようにして今度はドラチェフさんとランドが俺のもとへとやってきた。
「クロクロくん、優勝してしまうとはやはりきみはすごいね……」
「クロクロっ、お前超すげぇじゃねぇかよっ……はぁっ、はぁっ」
そして、
「さて、続いては騎士団対抗の綱引きとなります。皆さんお集まりください!」
ほとんど休憩を挟むことなく第二競技が始まるのだった。
その後二十対二十の綱引きと五対五の模擬戦がトーナメント形式で行われた。
その両方に俺は参加した。
結果から言うと、そのどちらも惜敗だった。
いくら俺の力が強いとはいっても二十人の鍛え抜かれた騎士たち相手に一人でどうこうできるはずもなく綱引きは準優勝で終わった。
そして五対五の模擬戦はというと木剣を使ったある種剣道のような試合形式だったため剣術を苦手とする俺にはかなり不利な競技だった。
しかしながら持ち前のパワーとスピードでなんとか立ち回りその結果はまたしても準優勝。
ちなみに優勝したのはどちらもロイさん率いるクラスコの城下町の騎士団であった。
太陽が沈み始めた頃、
「それでは最後の競技、一対一の模擬戦を始めたいと思います! それぞれの町の騎士団の代表者は前に出てきてください!」
司会のムゲンさんが声を上げた。
他の騎士団からそれぞれ騎士団長であるロイさんとデールさんとザッパさんが前に歩み出る中ロレンスの町の代表者はというと――
「クロクロくん、きみが出てくれ」
とドラチェフさん。
「俺でいいんですか?」
「ああ。さっきの五対五の模擬戦もきみだけは最後まで生き残っていた。情けない話だが僕よりきみの方が数段上だ。適任はきみだよクロクロくん」
「……わかりました。やってみます」
「クロクロ、頑張れよっ」
ドラチェフさんとランドに背中を押され俺は前へと進み出る。
「ロレンスの町の騎士団の代表者は俺です」
ロイさんたちと並び立つと俺は彼らに聞こえるようにそう宣言したのだった。
現在の総合順位は一位がクラスコの騎士団、二位がロレンスの騎士団、三位がハルジオンの騎士団、最下位がディオングンの騎士団となっている。
最後のこのトーナメント形式による一対一の模擬戦で俺が優勝さえすればロレンスの町の騎士団は総合順位で逆転一位になれるというわけだ。
「ただいまよりトーナメント第一試合を始めたいと思います! クロクロさんとデールさん、両者は中央までお進みください!」
ムゲンさんの声を受けて俺とディオングンの町の騎士団長であるデールさんが広場中央に向かい合って立つ。
「クロクロくん、頑張ってくれたまえよっ」
「クロクロ、負けんなっ!」
「頑張れクロクロ!」
仲間たちから応援の声が飛ぶ。
同様にデールさんに対しても声援が送られていた。
デールさんはその声に木剣を持った手を上げて応じる。
「それでは……始めっ!」
ムゲンさんの合図とともにデールさんが駆け出した。
俺に近付くと、
「はあっ!」
木剣を振り下ろしてくる。
俺はそれを腕で防いだ。鎧を装備している上に得物が木剣とあっては痛くもかゆくもない。
そして今度は俺の番だとばかりにこちらも木剣を振るう。
だがいかんせん俺の剣術の腕はからきしなので木剣は空を切った。
思いきり空振りしたことで俺は体勢を崩してしまう。
そこを狙われ「今だっ!」とデールさんの鋭い突きが俺の首元に命中した。
「こふっ……」
いくら木剣とはいえ喉に全力の突きを食らえば俺でも多少はダメージがある。
呼吸を整えるため一旦退くと俺はデールさんの全身を眺めた。
鎧は全身を覆っているため無防備なのは首から上だけだ。
つまり狙うなら首から上ということになる。
「休ませるかっ!」
デールさんは追いすがってきた。
執拗なまでに俺の首に突きを連打してくる。
わかりやすい一辺倒の攻撃に俺はその突きを左手で受け止めると思いきり握りつぶした。
バキッと木剣の先端が砕ける。
「なっ!?」
驚き怯んだデールさん。
その隙を見逃さず俺は木剣をなぎ払った。
「がっ……!」
俺の振り抜いた木剣がデールさんのこめかみに当たりデールさんが地面に倒れる。
当たり所がよかったのかデールさんは起き上がれないでいる。
すると「ワン、ツー、スリー……」とムゲンさんがカウントを始めた。
「フォー、ファイブ、シックス……」
そして、
「……テンっ! 勝者、クロクロさんですっ!」
地面に倒れたままのデールさんを確認したムゲンさんが俺の勝ちを高らかと宣言したのだった。
第二試合はあっさりと決着がついた。
俺がドラチェフさんたちのもとに戻ってすぐに、
「勝者はロイさんですっ!」
とムゲンさんから勝ち名乗りが上げられる。
そして俺もロイさんも休むことなく次の決勝戦のため広場の中央に移動した。
俺とロイさんが大勢の町の人たちと騎士たちの見ている前で対峙する。
「ロイー、負けるんじゃないぞーっ!」
「今年も優勝だロイっ!」
「ロイ頑張ってーっ!」
やはり地元ということもあり応援の大半がロイさんへと向けられている。
そんな中、
「クロクロ様ー、頑張ってくださいませーっ!」
クラスコに住んでいるくせにパリスがクラスコの城下町の騎士団長であるロイさんにではなく俺に声援を送ってきた。
その声に振り返り見るとパリスはそれを父親であるガイバラさんに注意されている。
ガイバラさんはいい人だからきっとどの騎士団にも肩入れしないように中立的な立場で見守っているのだろう。
少しだけしょんぼりしてしまったパリスに俺は笑いかけてやった。
ドラチェフさんのためにもロレンスの町の人のためにもロレンスの町の騎士たちのためにも、そしてパリスのためにも負けられないな。
ドラチェフさんやパリスたちに目を向けていると、
「クロクロ、おれはお前が決勝に残ると思っていたぞ」
ロイさんが話しかけてくる。
「お前は運動能力だけなら間違いなくここにいる誰よりも上だからな」
「それはどうも」
「だが剣に関しては素人のようだな。今回は剣での勝負だからおれに分がある」
やっぱり剣の扱いがド素人だということはバレているか。
「町の人たちの期待もあるからな、おれは負ける気はさらさらないぜ」
「それは俺も同じですよ」
「ふふんっ、言うじゃないか」
ロイさんはにやりと口角を上げた。
「それでは決勝戦、始めっ!」
ムゲンさんの掛け声がしてもロイさんは動かずにじっと俺を見据えていた。
俺もまたロイさんの一挙手一投足に気を張る。
単純なパワーやスピードでは俺の方が上だがこれは剣での勝負、ロイさんの言った通り俺は剣術に関しては素人だ。
「どうした? 攻めてこないのか?」
「そっちこそ」
「ならおれから行くぜっ!」
ロイさんが木剣を振り上げ攻撃を仕掛けてきた。
俺はその剣撃を持ち前のスピードでなんとかかわしていく。
さっきのデールさんとの勝負の二の舞にならないように首から上をガードしながら俺も木剣を振り返す。
するとロイさんは首から上ではなく俺の鎧の隙間を縫うように突きを放ってきた。
鋭い突きが俺の腕の関節部分をとらえる。
「うおっ!?」
不意の強烈な一撃に俺は持っていた木剣を手放してしまった。
その隙を逃さずロイさんはすぐさま追撃を俺に浴びせてくる。
俺は乱れ飛んでくる剣撃を必死にガードしつつ落ちてしまった木剣を拾うとロイさんから距離をとった。
「さすがにタフだな……これだけ打ち込んでいるのに効いている感じがまったくしないぜ」
ロイさんが大きく肩を揺らしながら口に出す。
「並みの騎士ならとっくに降参しているか気絶しているはずなんだけどな……」
「……そうですか」
と返すが俺は俺で決め手がない。
俺の剣の腕ではロイさんの首から上を上手く狙い打ちできるとは思えない。
しかもロイさんは俺の攻撃を予想して首から上を片方の腕で完全に防御しながら戦っている。
さて……どうするか。
!
とそこで作戦とも呼べないような作戦を思いついた。
「行くぜっ!」
言うなりロイさんが突っ込んできた。
その動きに合わせて俺も前に出る。
そしてロイさんの一撃を避けずに額からぶつかっていった。
なんてことはない、肉を切らせて骨を断つ。
俺はロイさんの剣撃をあえて受けるとロイさんの鎧の上から心臓付近をめがけて木剣で思いきり突いた。
「ごはぁっ……!」
俺の力と鎧の強度に耐え切れず木剣が砕けるがその突きの衝撃はロイさんの体を後方にふっ飛ばすには充分だった。
心臓に強い衝撃を受けたことで立ち上がれないでいるロイさんを見て、
「し、勝負ありっ! 勝者はクロクロさんですっ!」
ムゲンさんが声を張り上げる。
一瞬静かになる広場。息をのむ観戦者たち。
ヤバい……空気を読まずに勝ってしまった。
だが俺が反省しかけた時だった。
「「「おおーっ!!」」」
と広場に集まっていた町の人たちと騎士たちから割れんばかりの大歓声が沸き起こったのだった。