俺が騎士になってから一週間が経過し町対抗の騎士団によるレクリエーション大会当日の朝を迎えた。
大会はロレンスの町から少し離れたところにあるクラスコ城の城下町で行われるということでドラチェフさんやランド、俺を含めた選抜メンバー二十人は朝早くから馬車に乗り込みクラスコ城へと向かっていた。
揺れる馬車の中、
「ドラチェフさん、今日の大会って具体的には何をするんですか?」
俺は対面に腰かけていたドラチェフさんに話しかける。
「あー、クロクロくんにはまだ言っていなかったか。競技は四種目だよ。鎧を着た状態での全員マラソンと二十対二十の綱引きと五対五の模擬戦と一対一の模擬戦の四つだ。ちなみに参加するのはロレンスの町とクラスコの城下町とディオングンの町とハルジオンの町の騎士団で計八十人だね」
「へー」
なんか高校の頃の体育祭みたいだな。
「それと魔法は使っちゃいけないからね」
「そうなんですか」
じゃあせっかく覚えたブーストは使えないのか。
「ガイバラ様も見に来るはずだからな、今年こそは無様な負け姿は見せられないぜ」
とランドが闘志を燃やす。
「え、ガイバラ……って領主のガイバラさんのことか?」
「そうだよ、決まってるだろ」
そう言ってから「あ、そっか。お前記憶がなかったんだっけ」とランドが一人うなずいた。
記憶喪失の設定にしておいたから何かと都合がいい。
「ガイバラ様はクラスコ城の当主だから当然クラスコの連中を応援してるんだろうけどそんな態度はおくびにも出さないからな」
「うん、ガイバラ様は立派な人だよ」
ランドの言葉にドラチェフさんが返す。
「え、ガイバラさんってクラスコ城に住んでいるのか?」
「ああ、そうだぜ」
当たり前だと言わんばかりにランド。
「じゃあガイバラさんの娘のパリスもクラスコ城に住んでいるのか?」
「まあな。っていうかクロクロお前、パリス様と知り合いみたいな口ぶりだな」
「知り合いといえば知り合いかな。ガイバラさんもだけど」
「はぁっ? マジかよ。なんでガイバラ様と知り合いなんだよ」
「まあ、ベータ村でちょっとな」
「ちょっとなんだよ」
ランドは訊いてくるが、パリスが誘拐されたところを助けたなんてことは言わない方がいいのかもしれない。
うん、黙っておこう。
俺はランドを「別にいいだろ」とあしらうと馬車の窓から外を眺めた。
遠くに大きなお城が見える。
……あれがガイバラさんとパリスの住んでいるクラスコ城か。
クラスコの城下町に着いた俺たちロレンスの町の騎士団一行は、早速大会の行われる広場へと赴いた。
するとその広場にはすでに他の町の騎士団たちが勢ぞろいしていた。
「ようドラチェフ、今年もわざわざ負けに来たのかっ?」
とそこへ大柄で口ひげを生やした四十代半ばの男性がやってくる。
ドラチェフさんに挑発的な言葉を投げかけてきた。
「万年最下位なんだ。もう参加しなくてもいいんじゃないか」
「きみこそいい年なんだから引退したまえよ、ロイくん」
一触即発の空気。
かと思ったが次の瞬間二人はおもむろに抱き合った。
「元気だったかドラチェフ」
「きみの方こそ」
ドラチェフさんとロイさんとやらは仲良さげに会話を弾ませている。
肩透かしを食らった俺はランドにささやいた。
「なあ、あの人は?」
「ああ、あの人はクラスコの城下町の騎士団長のロイさんだ。ドラチェフさんとは幼なじみらしいぜ」
「仲いいのか?」
「見りゃわかるだろ。この大会は毎年同じようなメンバーが出てるからな、みんな大体仲いいぜ」
なんだ……一瞬だが険悪なムードが漂った気がしたので身構えたのだが杞憂だったか。
「ようランド、お前もまた出るのか?」
「当然でしょう。今年こそは優勝の座を明け渡してもらいますからねっ」
「ふふん、よく言うぜ。どうせ今年もうちの騎士団がぶっちぎりで優勝だ」
とロイさんは自信満々に言い張る。
話を聞く限りどうやらクラスコの城下町の騎士団が毎年優勝しているようだな。
「ん? そいつは誰だ? 見ない顔だが」
「あー、彼はクロクロくんだよ。最近騎士になったばかりなんだけどね、うちの秘密兵器なのさ」
「ほう、クロクロか……あまり強そうには見えないけどな」
ロイさんは無遠慮に俺をじろじろと眺めながら言った。
「ま、よろしく頼むぜクロクロっ」
「あ、はい」
肩をばしんと叩かれた俺はとりあえず会釈を返す。
するとそこへ、
「ロレンスの町の騎士の方々も到着したようですので皆さん集まってください!」
と口元に手を添えて大声を発する中年の男性が。
その声を受けて俺たちを含め鎧を身につけた八十人の騎士たちは広場に整列する。
「はい、皆さん今年も司会を務めさせていただきますムゲンです! どうぞよろしくお願いいたします!」
ムゲンと名乗った男性は一礼してから、
「それではレクリエーション大会の前に領主のガイバラ様とパリス様にご登場いただきましょう!」
後ろを振り向いた。
騎士たちの視線が一斉にムゲンさんの後ろの方に向く。
と視線の先には久しぶりに見るガイバラさんとパリスの姿があった。
ガイバラさんは俺たちに向かって何度も頭を下げながら、パリスは可愛らしく手を振りながら歩いてくる。
相変わらずガイバラさんは腰が低い。そしてパリスは相変わらず派手なドレスを着ている。
俺たちの前にやってきたガイバラさんとパリスをムゲンさんと騎士たちが拍手で迎えた。
それを受けてガイバラさんが申し訳なさそうに手を上げて応える。
「皆さん領主のガイバラです。今日は遠いところからお越しくださってありがとうございます。娘のパリスともども最後まで拝見させていただきますので皆さん普段の訓練の成果を出しきってもらえればと思います。それから優勝した騎士団の方々の仕える町は例年通り税金を半額免除させていただきたいと思います」
ガイバラさんが話をしている間ガイバラさんの横に立つパリスは興味なさげに辺りをきょろきょろ見回していた。
そして、
「あっ、クロクロ様っ!?」
俺と目が合った瞬間大声を上げたのだった。
「おや、あなたはクロクロさんっ」
ガイバラさんも俺に気付く。
「クロクロ様、なんで騎士の恰好なんかしていらっしゃるんですのっ?」
パリスは不思議そうな顔をしてとことこと俺の前まで歩み寄ってきた。
「騎士になったんだよ。そんなことよりこっち来るなってば」
ガイバラさんの話の最中にパリスが俺のもとに近付いてきたものだから周りの騎士たちが何事かと俺に注目しているじゃないか。
「説明なら後でするからとりあえずガイバラさんのとこに戻れ」
「わかりましたわよ。わたくしを犬みたいに扱わなくてもよろしいじゃありませんのっ……」
ぶつぶつと文句を垂れながらガイバラさんのもとへ戻っていくパリス。
ガイバラさんはその後何事もなかったかのように話を続けた。
まったく……パリスのせいでレクリエーション大会が始まる前から変に悪目立ちしてしまったぞ。
「なるほど、そういうことでしたの。だからクロクロ様は騎士になられたのですわね」
開会宣言が終わって俺はパリスと二人きりになっていた。
俺がここに騎士としている理由を今しがた説明してやったところだ。
「では今日の大会が終わったらまた冒険者に戻るというわけですか?」
「多分な」
「ということはロレンスの町に戻ると?」
「もちろん、そうなるな」
「な~んだ、そうでしたの。どうせならずっとこのクラスコにいてくださればいつでも会えますのに」
残念そうにつぶやくパリス。
いつでも会えるからなんだと言うんだ?
「それにしてもパリスが元気そうでよかったよ」
盗賊にさらわれたことを引きずっているようにはまったく見えない。
まあそう見えるだけで本当は明るく振る舞っているだけかもしれないが。
「ありがとうございますクロクロ様っ。わたくしのことを心配してくださっていたのですね」
「うん、まあな」
「ふふふっ、嬉しいですわ~」
パリスはそう言うと楽しげに片足でくるくると回ってみせた。
言葉遣いはともかく、こういうところは年相応で可愛らしい。
そうこうしていると、
「皆さん、それでは第一競技の鎧を着た状態でのハーフマラソンを始めたいと思います! こちらの競技は全員参加となっておりますので皆さんお集まりください!」
司会のムゲンさんの声が広場に響き渡る。
「おっと、全員参加だから俺も行かないと」
「頑張ってくださいクロクロ様っ。わたくし応援していますわっ」
「ああ、ありがとうな」
俺はパリスに手を振るとドラチェフさんたちの待つスタート地点へと駆け足で向かった。
「よーい、ドンっ!」
ムゲンさんの掛け声を合図にして騎士たちが一斉に走り出す。
八十人もいるのでひしめき合った状態でハーフマラソンは開始した。
いつの間にかクラスコの城下町の沿道には町の住人たちが集まっていてさながら駅伝大会のように声援を送っていた。
だがその声援のほとんどはクラスコの城下町の騎士たちに向けられたものだった。
町の住人からしてみれば自分のところの騎士団が優勝したら領主に納める税金が一年間半額になるのだから当たり前と言えば当たり前だ。
鎧を纏った状態でのマラソンはなかなかハードでガッシャガッシャとみな音を立てながら懸命に走っていた。
そんな中、気付けば俺は先頭集団の中にいた。
先頭集団には他にロイさんやドラチェフさん、ランドもいる。
「はっは、ドラチェフ、初めからそんなに飛ばすとあとでバテるぞっ……」
「ロイくんこそっ……ペース配分間違えてるんじゃないのかいっ……」
俺の前を走るロイさんとドラチェフさんがお互いにけん制し合う。
「今年も優勝はおれだなっ……」
「そうはさせないよ、ロイくんっ……」
とそこに割って入る二人の三十代半ばくらいの男性たちがいた。
「おいおい……おれたちを抜きにして優勝を語るなよっ……」
「そうだぞっ、おれはこの日のために毎日二十キロ走り込んできたんだからなっ……今年こそはハルジオンが優勝だっ」
「はっ、デールとザッパか……無理すんなよ若造っ」
「デールくんもザッパくんもやっぱり追いついてきたねっ……さすが騎士団長というところかなっ」
デールさんとザッパさん。
会話から察するにおそらくは二人ともディオングンとハルジオンの町の騎士団長なのだろう。
それにしても四人とも会話しながら走り続けているとはかなりの体力の持ち主たちだ。
俺でさえ息が上がってきたというのに……伊達に騎士団長は務めていないな。
沿道の人たちの声援を受けながら俺たちは走り続けた。
先頭集団から一人ずつ脱落していきスタートから一時間が過ぎた頃一位争いは俺とロイさんの二人の勝負となっていた。
「はぁっ、はぁっ……」
「はあっ、はあっ……」
そしてハーフマラソンのゴール地点であるもといた広場が見えてくるとロイさんがラストスパートをかける。
「うおおぉぉーっ……!」
正直俺は心底驚いていた。
重力が十分の一というかなりのハンデを貰っている俺と体力で互角以上に渡り合っているロイさんを脅威にすら感じていた。
すごいな、あの人……。
ロイさんの背中を見ながら思う。
他の騎士団長三人とはレベルが違う、と。
だが俺も負けてはいられない。
俺の実力を買ってくれたドラチェフさんの期待を裏切らないためにもここはなんとしても勝たなくては。
俺は最後の力を振り絞りロイさんに追いすがると――その勢いのままゴール手前で見事にロイさんを抜き去ってみせた。
そして、
「な、なんとっ、第一競技の勝者は大本命のロイさんではなくロレンスの町のクロクロさんですっ!!」
広場にいた町の人たちがどよめく中、俺がゴールテープを破った瞬間ムゲンさんから俺の名前がコールされたのだった。