「要するにクロクロくんの膨大な魔力に耐え切れなくなってマシンが爆発したんだろうな」
騒ぎを聞いて駆けつけたドラチェフさんが説明してくれた。
「まあ、誰も怪我がなくて何よりだよ」
マシンのそばにいた俺とランドさんを含め中庭にいた騎士たち全員に向かってドラチェフさんが言う。
「とにかくこれでクロクロくんは晴れてわたしたち騎士団の仲間入りだ、おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
それを聞いていた周りの騎士たちからも拍手が送られた。
そこへランドさんが近寄ってくる。
「すごいなお前、マジで何者なんだよまったく」
「すみませんでした、爆発に巻き込んでしまって」
「怪我してないんだから別にいいさ。それより仲間になった以上おれたちは平等だ。敬語なんか使わないでくれ」
「あ、は……ああ。わかった」
「おっと、そういえばまだ自己紹介していなかったな、おれはランドだよろしく」
「……俺はクロクロ、こちらこそよろしく」
俺がランドと握手を交わすと騎士のみんなから再び拍手が沸き起こった。
「それにしてもドラチェフさん、俺の魔力が膨大だって本当ですか?」
騎士宿舎を案内してくれるというドラチェフさんと二人きりになった俺は不思議に思っていたことを訊いてみる。
「俺、ヒールも使えないんですよ」
「ん、そうなのかい? でもきみの魔力がすごいのは間違いないと思うけどね。じゃなかったらあんな爆発は起こらないよ」
「そうですか……」
「さ、ここがクロクロくんの部屋だ。風呂トイレ付きの一人部屋だから自由に使ってくれ」
「ありがとうございます」
案内されたのはかなり広く清潔感のある部屋だった。
部屋の中には騎士専用の鎧や剣も置かれている。
「食堂はここを真っ直ぐ行ったところにあるからね。いつでも好きな時間に利用できるよ」
「へー、そうなんですね」
「それと他の町の騎士団とのレクリエーション大会は一週間後だからそれまでは騎士として働いてほしい。まあ働くと言っても訓練や町の見回りがほとんどなんだけどね。それでいいかな?」
「はい、わかりました」
そうだ、忘れるところだった。
騎士になったのは町対抗の騎士たちによるレクリエーション大会に参加するためだったな。
武力や体力を競う大会だと言っていたから、これを機に少しは剣も扱えるようになっておくか。
「じゃあ今日は夜までは宿舎でゆっくりしていてくれ。夜になったらわたしと町の見回りに行こうか」
「はい」
それだけ話すとドラチェフさんは「じゃ失礼するよ」と颯爽と立ち去っていった。
俺は自分の部屋に入り大きなベッドにダイブする。
「ふぅ~……」
ベッドに横になって天井をみつめながらエメリアに教えてもらったヒールの使い方を思い返してみる。
「たしか深呼吸をしてから体の中の魔法力を手に集めるイメージだったか……」
俺は手を伸ばし、
「ヒール!」
と口にした。
……。
……。
……特に何も起こらない。
「なんだよ……やっぱり使えないじゃないか」
「おーい、クロクロくん。そろそろ町の見回りに行くよー」
「はい、すぐ行きますっ」
部屋の外から聞こえたドラチェフさんの声で、俺はベッドから起き上がると、素早く鎧と剣を身につけ部屋を出た。
とそこにはドラチェフさんだけではなくランドも一緒にいた。
「今日の見回りはこの三人でやるからね」
「よろしくな、クロクロ」
ドラチェフさんとランドは俺を見て言う。
「はい、わかりました。ランドもよろしく」
俺は二人にそう返すと三人で宿舎を出て夜の町へと繰り出した。
夜のロレンスの町は賑やかだった。
あちらこちらに灯がともり人出は昼間よりもむしろ多いくらいだった。
俺たちはそんな町の中を歩いて回った。
その途中、酔っ払いに絡まれている女性を助けたり、喧嘩騒ぎを仲裁したりと、少しでも治安を乱している者を見かけたら俺たち騎士が割って入る。
「あまり飲み過ぎないようにしたまえよ」
「「は~い!」」
ドラチェフさんの言葉に顔を赤らめた男性二人組が肩を抱き寄せながら去っていく。
「いつもこういうことをしているんですね」
「まあね、夜の町は犯罪が多発しやすいからね。わたしたちが見回っているというだけでもその抑止につながればいいんだけどね」
とドラチェフさん。
初めて会った時よりずっとしっかりした印象だ。
「なあクロクロ、ところでお前どこ出身なんだ?」
隣を歩くランドが訊いてきた。
「ん、俺か? 俺はよくわからないんだ。記憶喪失でな」
「記憶喪失っ!? マジかよっ」
「ああ」
本当は違うが別の世界から来たなんて馬鹿正直に答えるよりはマシだろう。
「じゃあこれまでどこで何してたんだよ」
「気付いたらベータ村の近くの森にいたんだ。それからはずっとベータ村で世話になってた」
「へー、っていうかお前記憶ないくせに悲壮感がまったくないな」
「そうかな」
「じゃお前の強さの秘密もわからずじまいってことか」
ランドがそう言った時だった。
「きゃあぁぁーっ!」
女性の悲鳴が夜の町に響いた。
「おっと、二人ともその話はあとだ。走るぞっ」
「「はいっ」」
言うが早いか、俺たちは女性の悲鳴の聞こえた方へと駆け出していた。
「どうしましたかっ?」
女性のもとへたどり着くとドラチェフさんが声をかける。
女性は路地にうずくまり肩を震わせていた。
「あ、あそこに人の死体が……」
女性は震える手で路地の奥の方を指差す。
「ランドくん、クロクロくん、見てきてくれ」
「「はい」」
俺とランドはドラチェフさんの指示通り路地の奥へと歩を進めた。
すると暗がりの中に胸を刃物で突き刺されて血を流し倒れている男性の姿があった。
「クロクロ、お前は生きてるかどうか確かめてくれっ」
言いながらランドはきょろきょろと辺りを見回す。
おそらく怪しい人物を探しているのだろう。
その間に俺は倒れている男性に駆け寄り脈を確認する。
とくん……とくん……。
「ドラチェフさん、まだこの男性息がありますっ!」
「わかった、わたしが医者に運ぶっ。クロクロくんはこの女性を見ててくれっ」
ドラチェフさんは俺がこの町にまだ詳しくないことを知ってかそう言うとこちらへ向かってきた。
俺はドラチェフさんと入れ違いでまだ怯えている女性のもとへ。
するとその時、
「あっ、お前ちょっと待てっ!」
突如ランドが声を上げた。
その直後野次馬の中から一人の背の高い男が走って逃げていく。
それを追うランド。
「クロクロくん、その女性は大丈夫だからランドくんと一緒に行ってくれっ! 皆さん、そこにいる女性をお願いしますっ!」
ドラチェフさんが男性を抱えながら俺と周りの人たちに声を飛ばす。
俺はドラチェフさんの命を受け、
「わかりましたっ」
すぐさまランドを追いかけた。
背の高い男のあとを追ったランドを追跡するも人の波が邪魔をし、また路地も入り組んでいたので俺は二人を見失ってしまった。
「ランド、どこだっ!」
夜の町に俺の声が響き渡る。
すると、
「ク、クロクロっ、こっちだっ!」
ランドの声が返ってきた。
俺は人波をかき分け声のした方へとすぐさま向かう。
狭い路地を通り抜け明かりのあまりない方へと走っていくと袋小路に突き当たった。
とそこには、さっきの背の高い男とその男に地面に組み伏せられているランドの姿があった。
「ランドっ!」
「ク、クロクロ気をつけろっ。こ、こいつ変な技を使うぞっ……!」
「黙ってろっ」
「ぐぁっ……!」
腕を曲げられて身動きが取れないランドの顔をサッカーボールのように蹴飛ばす男。
その衝撃で気を失ったのかランドがぐったりと地面に沈む。
「ランドっ!」
「オレを追ってきたのはお前らだけみたいだな。つまりお前を倒せば何も問題ないわけだ」
男は俺を見て不敵に笑った。
よく見ると右手には男性を刺した時のものだろうか返り血がついている。
「逃がすわけないだろ」
「はっ、こいつもそう言ってたがおねんねしてるぜっ」
ランドを見下ろし吐き捨てる男。
「お前もすぐに眠らせてやらあっ!」
そう言うと次の瞬間男は殴りかかってきた。
やけに動きが遅く感じるが気のせいか。
相手は防具もつけていない。
ある程度手加減しないとな。
そう思いつつ、俺は男のパンチに合わせるようにしてカウンターを繰り出した。
だが――次の瞬間俺は地面に転がされていた。
「!?」
な、なんだ?
今何が起こったんだ?
俺が伸ばした手を取られ変な方向に曲げられたと思った途端、体から力が抜けて倒されてしまった。
「おらっ!」
男は続けざま倒れた俺に蹴りを浴びせてくる。
その蹴り自体はたいしたことはないのだがなぜ倒されたのかがわからない。
俺はすぐに起き上がると態勢を整えた。
「なんだ、今のは?」
「はっ、お前ら騎士は知らないだろうが相手の力を利用して組み伏せる技だ。オレの生まれ育った村の格闘術だぜ」
格闘術?
ってことは合気道みたいなものなのか……。
てっきり俺の知らない魔法か何かだと思って焦ったが、それなら対応のしようはある。
「まだやる気かお前? 一対一ならオレは無敵だぜっ」
「そうかな」
俺は腰に差さった剣を取り外すと鞘に収まったままの剣を槍投げのように持った。
「あ? 剣でかかってくるのか? オレには剣も通用しないぞ」
身構える男。
「いや、ちょっと違う」
そう返すと俺は持っていた剣を思いきり男に向かって投げた。
びゅんと鞘に収まったままの剣がものすごい速さで飛んでいく。
「ぐふぅっ……!?」
男は予期せぬ攻撃に身動き一つできずに剣の直撃をお腹にくらった。
体がくの字に折れ曲がり口から泡を吐いてそのまま地面に倒れ込む。
「これなら相手の力を利用しようがないだろ」
するといつの間に集まっていたのか俺の後ろに集まっていた見物人から拍手が沸いた。
俺は照れ隠しに彼らに向かって軽く会釈をすると、倒れている男を確保してからランドを呼び覚ますのだった。
俺とランドは応援に駆けつけた騎士たちに捕まえた男を預けるとドラチェフさんの向かった病院へと急いだ。
そして現在――
「すみませんでした団長っ」
「気にしないでいいよ。犯人は無事捕まえることが出来たんだし胸を刺された男性も大事には至らなかったんだから」
ここはロレンスの町の病院前。
ランドがドラチェフさんに頭を下げるがドラチェフさんはこれを笑顔でやり過ごす。
「でもおれがもっとしっかりしてれば……」
「誰にだって失敗はあるさ。それを次に活かすことが大事だよ」
「は、はい、すみません……クロクロも悪かったな。尻拭いさせちまって」
「いや、そんなことないさ。ランドが犯人は変な技を使うって教えてくれたから制圧できたんだ」
「そっか。そう言ってくれてありがとな、クロクロ」
ランドは笑ってみせた。
「さてそれじゃあ、ランドくんもクロクロくんも見回りの続き気合い入れていくよっ」
「「はいっ」」
この後俺たち三人は結局夜中まで町の見回りをしたのだった。
そして翌日からは朝の見回りと夜の見回りに加えて剣術と魔法の訓練が始まった。
結論から先に言うと俺は剣術のセンスがまったくなかったようだ。
ドラチェフさんの指導のもと他の騎士たちと一緒に一週間みっちりしごかれたが、
「違うっ。それではただ力任せに振っているだけだっ」
とか、
「違うっ。さっき教えただろう、素早く振ればいいってものじゃないんだよっ」
とか散々ダメ出しをくらった。
そして一週間経っても俺の剣の腕はほとんど上達することはなかった。
「う~ん、クロクロくんはなまじパワーもスピードもあるせいで剣をまったく使いこなせていないね。これならむしろ素手で戦った方が強いくらいだよ」
ドラチェフさんが訓練最終日に俺に放った言葉だ。
まあ、要するに俺には武器を扱う才能の欠片もないってことだろう。
だがその代わりといってはなんだが俺の才能が開花したものもある。
それは魔法だった。
初歩中の初歩の回復魔法であるヒールも使えない俺だったが、たった一つだけ使える魔法があったのだ。
それはブーストという身体能力を向上させる魔法でドラチェフさん曰く、一万人に一人使えるかどうかというかなりレアなものだった。
しかもこのブーストという魔法はレベルが存在していてレベル1だと身体能力を1.5倍に、レベル2だと2倍に出来るらしくドラチェフさんが言うには俺の体力と魔力をもってすればレベル5までは扱えるだろうということだった。
それを聞いて俺が試してみたところ――
「ブースト、レベル10っ!」
唱えた瞬間ぞわぞわっと全身の毛が逆立ち体中に力がみなぎってくるのを感じる。
「な、なんとっ……」
「マジかよっ……!?」
「嘘だろっ……」
――俺はドラチェフさんやランドを含め騎士全員の見ている前でレベル10まで使うことに成功したのだった。
俺は「ブースト解除」と口にして魔法の効力を消す。
「す、すごいなクロクロくん……ああは言ったけど正直レベル5だって使える者は多分この世にはいないと思っていたのに、まさかレベル10まで使えるなんて……」
ドラチェフさんが信じられないものを見たというような顔を俺に向けた。
「いや、でもすごく疲れますねこれ。レベル10は長時間維持するのは無理だと思います」
「あ、ああ、そうだね。ブーストは体に負担がかかる魔法だからクロクロくんでもそう頻繁に使わない方がいいと思う。レベルが高ければ高いほど体にかかる負荷も大きくなるから下手したら寿命が縮まってしまうかもしれないよ」
「そうですか……わかりました」
疲労感だけならともかく寿命が縮まると聞いてはさすがに不安を覚える。
せっかくマスターしたブーストだが使うのはなるべく控えることにしよう。