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第15話

「おはようクロクロさんっ、いってらっしゃい」

 一夜明けて宿屋をあとにする俺に女将さんが愛想よく挨拶をしてくれる。

 俺はそんな女将さんに「おはようございます」と返すとギルドへと向かった。

 そういえばザガリンとエメリアはもうこの町を発ったのだろうか。

 パーティーへの誘いを断ってしまったことに少し罪悪感を覚えつつ町中を歩いていると前からドラチェフさんが数人の部下を引き連れてやってきた。

 ドラチェフさんはロレンスの町の騎士団長を務めている人で多少の面識がある。

「あ、おはようございますドラチェフさん」

「やあクロクロくん、おはよう」

 年の割にさわやかな笑顔で俺を見返すドラチェフさん。

「訓練ですか?」

「いや、今は町の見回りをしているところだよ。ロレンスの町は人口が多い分事件もそれなりにあるからね、わたしたちが朝晩こうやって見回りをしているのさ」

「そうなんですか、大変ですね」

「いやいや、それよりクロクロくんは朝の散歩かな?」

「いえ、ギルドに行くところです」

「ということは仕事を探しているということだね。だったらちょうどいい、一つわたしの頼みを聞いてくれないか?」

 ドラチェフさんは突然そう切り出した。

「頼み?」

「あー、きみたちは先に行っててくれ。わたしもあとからすぐに追いつくから」

 部下の騎士たちを先に見回りに行かせたドラチェフさんは俺に向き直る。

「うん、そうなんだ。ギルドに依頼を頼もうかと思っていたんだけどここで会ったのも何かの縁だからね。それにわたしに勝ったクロクロくんなら実力も申し分ないしね」

「は、はあ……」

 返答に困る。

 たしかにドラチェフさんとは以前グェスさんをかけて勝負をして勝ったことがあるが。

「実はわたしたち騎士団は他の町の騎士団の連中と町の威信をかけて毎年レクリエーション大会を開いて競い合っているんだ。しかし残念ながらうちの騎士団は情けないことに毎年最下位なんだよ。その催しが間近に迫っているんだけどもしまた今年も最下位なんかになったら町の皆さんに合わせる顔がなくてね」

「そうですか……」

「そこで今回は助っ人を募集しようかと思っていたんだけどクロクロくんならまさにうってつけだと思ってさ。是非わたしたちと一緒に参加してくれないかい」

「えーっと、よくわからないんですけどそれって騎士じゃなくても出られるんですか?」

「いや騎士じゃないと出られないよ」

 すがすがしいほどにドラチェフさんは言う。

「じゃあ駄目じゃないですか」

「だからクロクロくんには一旦騎士採用試験を受けて騎士になってもらいたいんだ。その上でわたしたちの仲間として一緒に戦ってほしいんだよ」

「はい? 俺が騎士になるんですか?」

 突拍子もない話に俺は訊き返した。

「別にずっと騎士をやってくれって言っているわけじゃないよ。レクリエーション大会が終わったら辞めてもらっても構わない。もちろんそのまま騎士を続けてもいいけどね。ここだけの話、騎士は待遇がものすごくいいんだよ」

「はあ……」

「もちろんただでとは言わない、参加してくれたら金貨二十枚差し出すよ」

「えっ、金貨二十枚っ?」

 金貨二十枚と言ったら昨日のザガリンとエメリアとの依頼の報酬の二十倍だ。

「クロクロくんは最近冒険者になったばかりだろ、ということは当然ランクはEだ。Eランクだとなかなか報酬の高い依頼は受けさせてもらえないだろう」

「え、ええ、まあ」

「Eランクで金貨二十枚は破格だよ。どうだい、この話引き受けてみてくれないかい?」

 金貨二十枚か……それだけあれば宿屋に一か月以上泊まれる計算だ。

 その日暮らしの生活からは充分脱することが出来るな。

「レクリエーション大会ってどんなことをするんですか?」

「なあに難しいことはしないさ、その名の通り楽しみながら武力や体力などを競うだけだよ」

「そうですか……うーん」

 悩ましい。

 今の俺が金貨二十枚を手にするためにはおそらく十以上もの依頼をクリアしなければいけないだろう。

 俺にとってはそれくらいの大金だ。

 だがそのためにわざわざ騎士になるというのもなんとなく面倒くさい気もする。

「騎士になっている間はクロクロくんの衣食住はすべてこちらで面倒見る。だから頼むよ」

 ドラチェフさんはそう言うと俺に頭を下げた。

 その一言が決め手だった。

「……わかりました。やってみます」

「おおっ、本当かいクロクロくんっ。ありがとう助かるよっ」

 俺の手を取り笑顔になるドラチェフさん。

「でもその騎士になるっていう採用試験ですか? それに受かるかどうかはわかりませんけどね」

「クロクロくんなら大丈夫。間違いなく受かるさ」

 ドラチェフさんは自信満々に言い放つ。

「それじゃあ早速これから騎士採用試験を受けに行ってくれ。騎士たちの宿舎に行ってわたしの名前を出せばすぐにでも受けられるはずだから」

 そう言うとドラチェフさんは「わたしは町の見回りに戻るよっ」と駆け出していってしまった。

 一人残された俺は、

「あ……場所訊くの忘れた」

 小さくなっていくドラチェフさんの背中を眺めながらつぶやくのだった。


 町の人に聞いて騎士たちのいる宿舎を目指し歩くこと十数分、ギルドよりも一回り大きくそれでいて立派な建物が視界に入ってきた。

「あれがそうかな……」

 俺は近付いていくと建物の外にいた鎧を纏った男性に話しかける。

「すみません、ここって騎士の宿舎ですか?」

「ん? そうだが何か用か?」

「えっと、騎士採用試験を受けたいんですけど」

「採用試験はこの時期にはやっていないぞ。わかったら帰れ」

 あれ? 話が違いますよドラチェフさん。

 ……あ、そういえばドラチェフさんの名前を出せばいいって言っていたっけ。

「あの、ドラチェフさんの推薦で来たんですけど」

「なにっ!? 団長の推薦っ!? そ、それは本当かっ?」

「はい。なんなら確認をとってもらえば」

「う、う~ん……わ、わかった。そういうことなら採用試験を受けてもらおう。こっちへ来てくれ」

 ドラチェフさんの名前を聞いて明らかに態度が変わった騎士に連れられ俺は騎士宿舎横の中庭に向かった。

 中庭では騎士たちが木剣を使って試合形式で戦っていた。

 その中の一人の騎士が俺に気付き、

「おーい、ランド。隣にいるのは誰だー?」

 声を飛ばしてくる。

「採用試験を受けに来た奴だよ」

「はぁ? 採用試験なんてまだずっと先だろっ?」

「団長の推薦なんだとさ」

「えっマジかっ。団長の推薦っ!?」

 団長の推薦という言葉を受けて他の騎士たちも訓練の手を止め俺に注目し出した。

「おい、団長の推薦だってよ」

「そんなことこれまであったか?」

「この時期にわざわざ試験を受けさせるってってことはよっぽどすごい奴なのかな……」

「とにかく見てようぜ」

 騎士たちの視線が注がれる中、

「じゃあまずは百メートル走だ。ここから向こうの木まで走っていって木にタッチしてくれ」

 ランドと呼ばれた騎士が一本の木を指差しながら言う。

「わかりました」

 俺は走る態勢をとった。

「採用基準は十一秒台前半だ。じゃあ行くぞ。よーい、ドンっ」

 ランドさんの声を合図に俺は地面を思いきり蹴ると百メートル先の木まで全力で駆け抜けた。


 何秒だったのだろうか、俺はランドさんのもとに戻っていくと「どうでしたか?」と訊ねる。

 するとランドさんはストップウォッチのようなものを驚きの顔でみつめていた。

 周りを見るとさっきまでざわついていた騎士たちも皆一様に口を開け唖然としている。

「あの、何秒でした?」

「……ご、五秒三三だ」

「おい、五秒三三だってよっ……」

「バケモンかあいつ……」

「どうなってるんだ……」

 騎士たちが口々につぶやいている。

「採用基準をクリアしたってことは俺合格ですか?」

「い、いやまだだ。採用試験の種目は全部で四つあるんだ」

「あー、そうなんですか」

 この後俺は垂直跳びをさせられたのだが採用基準六十センチのところを十メートル近く跳んで軽々とクリアしてみせた。

 これに対しても周りで見ていた騎士たちが目を丸くして驚愕の表情を浮かべたのは言うまでもない。


 百メートル走、垂直跳び、二つのテストが終わると今度は、

「お、おーい、誰かマシンを持ってきてくれ!」

 ランドさんが声を上げる。

 それを受け騎士たちが倉庫のような場所から大きな機械を数人がかりで二つ運んできた。

「なんですかこれ?」

 俺は赤と青二つの大きな機械を前にしてランドさんに訊ねる。

「こっちのはお前のパンチ力を測定するマシンだ」

 ランドさんは赤い機械に手を置き答えた。

「パンチ力……」

 そう言われればゲームセンターにあるパンチングマシンに造りが似ている。

 大きさは俺の知っているパンチングマシンの三倍はありそうだが。

「この柔らかくなっている部分を思いきり殴ると上の部分に数字が表示される。それがお前のパンチ力ってわけだ。採用基準は百五十だからな」

「えっと、思いっきり殴っていいんですか? 壊れませんかこれ?」

「あのなぁ、いくらお前が走ったり跳んだりがすごかったとしてもこのマシンを壊せるわけないだろ。これまでに何万人もが思いきり殴ってきたが、傷一つついてないんだぞ。馬鹿なことを言ってないでさっさとやれっ」

「あ、すみません……」

 少し気を悪くさせてしまったようだ。

 でもそれを聞いて安心した。

 だったら本気でやっても大丈夫そうだな。

 俺はパンチングマシンを前に構えた。

 そして次の瞬間、

「はぁっ!」

 体を軸に半回転して渾身の一発をお見舞いした。

 ドゴオオォォーン!

 パンチングマシンは直線上に吹っ飛んでいき中庭を越え遠くの方で地面を転がりながらとまった。

「あ、本当だ。壊れなかったみたいですね」

 俺は言うが、

「っ……!」

「っ……」

「……」

 ランドさんも周りにいる騎士たちもみな一言も発さない。

 ただ遠くに飛んでいったパンチングマシンを眺めて呆然としていた。

 俺は点数を確認するためにパンチングマシンまで駆け寄っていきそれを持ち上げて戻ってくる。

 ずしんっとそれを中庭の地面に置いてから、

「数字は999ってなってますから合格ですよね?」

 ランドさんの顔を覗き込んだ。

「……あ、あ、ああ。そうだな……っていうかお前、一体何者なんだ……?」

「いや、何者と言われても……火事場の馬鹿力ってやつです多分っ」

 みんなの反応を見る限りちょっとやり過ぎたのかもしれない。

 次のテストは手加減した方がいいかな。

「それで最後のテストはなんですか?」

「う、うん、そ、そうだな、火事場の馬鹿力か……」

 ぶつぶつとつぶやいているランドさん。

「あのう、最後のテストは?」

「あ、ああ。最後はその青い機械を使ってお前の魔力を測定する」

「魔力?」

「そうだ。別に騎士に魔力は必要ないと思うかもしれないがあるに越したことはないからな。まあ、安心しろ。採用基準は低く設定してあるからここは誰でもクリアできるさ」

 ……本当か?

 俺は初歩中の初歩の回復魔法であるヒールでさえ使えなかったんだぞ。

 魔力なんかゼロなんじゃないか……。

「さあ、この穴の中に手を入れてみろ。そうすれば勝手にマシンがお前の魔力を測定してくれる」

 ランドさんは大きな機械の穴の開いた部分を差し示す。

 俺はみんなが息をのんで見守る中、ゆっくりと手を機械に差し込んでいった。

 うーん……正直これに関してはまったく自信がないぞ。

 ここで不合格になったらドラチェフさんになんて言おうか。

 などと考えていたその時、

 ピピピピピピピピピピ……。

 機械音が鳴った。

 そしてその直後、グォングォングォングォングォングォン……と壊れた洗濯機のようにマシンが暴れ出した。

「あの、これ大丈夫ですか?」

 不安になってランドさんに顔を向けると、

「わ、わからない。なんだこれはっ……!?」

 正常な動作ではないらしくランドさんもおろおろしている。

「な、何かヤバいっ。手を引き抜くんだっ」

「え?」

「早くし――」

 ドカアアァァーン!!

 刹那、俺が手を入れていたマシンは大爆発を起こしたのだった。

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