それから俺たちは洞窟の中を進んでいきつつ一体ずつ確実にホブゴブリンを打ち倒していった。
……といっても俺はまったく手出しはしていないが。
地面に横たわるホブゴブリンの右耳を切りながら、
「もうだいぶ奥まで来たよな、この洞窟にいるホブゴブリンはあらかた倒しきったんじゃないか?」
ザガリンがエメリアと俺に顔を向けてくる。
「そうね、もう三十体以上は倒してるもんね」
「この分だと帰りの時間を考慮しても今日中にロレンスの町に戻れるかもな」
ザガリンは切り落としたホブゴブリンの右耳を袋に詰めると、立ち上がって洞窟の先を見た。
「ん? クロクロ、ちょっと向こうを照らしてくれないか」
「あ、ああ」
俺は持っていたたいまつで洞窟の先を照らす。
すると何か大きな影が動くのが見えた気がした。
「まだいたか、よっしゃ仕留めてくるかっ」
ザガリンが駆け出していく。
俺とエメリアもザガリンについていった。
だが――
「な、なんだこいつはっ……!?」
「お兄ちゃん、キングゴブリンよっ!」
洞窟の行き止まりにいたのはホブゴブリンではなくキングゴブリンだった。
キングゴブリンの足元にはキングゴブリンがやったのだろうか、ばらばらになったホブゴブリンの死体が無数に転がっている。
『グギギギギ……』
キングゴブリンは振り返り俺たちを見据えると不敵に笑った。
そして巨大なこん棒を手に向かってきた。
「ヤバい、逃ぐわあぁっ……!」
「お兄ちゃんっ!」
キングゴブリンのなぎ払ったこん棒に飛ばされ壁に激突するザガリン。
それを見て声を上げるエメリア。
キングゴブリンは俺の目の前に来ると俺を見下ろし、
『グギギギッ』
両手でこん棒を振り上げた。
「クロクロさん危ないっ!」
俺の後方からエメリアの声とともにエメリアが放った矢が飛んできて、キングゴブリンの巨体に命中する。
だがキングゴブリンは体に刺さった矢をものともせず、そのままこん棒を俺めがけ振り下ろしてきた。
「クロクロっ!」
「クロクロさんっ!」
ザガリンとエメリアの声が洞窟内に響き渡った次の瞬間、
「大丈夫だよ」
俺はキングゴブリンの渾身の一撃を片手で受け止めていた。
「なっ、クロクロっ!?」
「クロクロさん……!?」
驚きの声を上げる二人をよそに俺は「お返しだっ」地面を蹴って跳び上がるとキングゴブリンの顔を思いきり殴りつける。
『グギャッ……!』
キングゴブリンは奇声を発し後ろにどすんと倒れ込んだ。
足元を見下ろすとキングゴブリンの首は百八十度回っていた。
「ふぅ、ザガリン怪我はないか?」
「あ、ああ、なんとかな……っていうかクロクロなんでそんな強いんだっ?」
「そ、そうですよっ、クロクロさんってEランクの冒険者ですよねっ?」
俺を取り囲んで質問してくるザガリンとエメリア。
「正真正銘Eランクだよ」
俺は持っていたギルドカードを二人に見せてやる。
「ほ、ほんとだ……」
「でもEランクの冒険者がキングゴブリンを素手で一撃で倒すなんてありえないだろっ。なにもんなんだよっ」
「いや、それが俺どうやら記憶喪失みたいで自分でもよくわからないんだよ」
ザガリンの問いに俺は自分で作った嘘の設定を話して聞かせた。
「記憶喪失……マジか」
「クロクロさんって記憶喪失だったんですか?」
「ああ、黙っててごめん」
「い、いえ、それは別にいいですけど……クロクロさんがいなかったらわたしたち危なかったですし」
「そ、そうだな。クロクロがなんでこんな強いのかはさておいてクロクロがおれたちの恩人であることに変わりはないな」
エメリアもザガリンも俺の話を信じてくれた。
その上で、
「ありがとうな、助かったよ」
「ありがとうございましたクロクロさん」
二人とも感謝の意を表してくる。
「いやあ、それにしてもキングゴブリンがいるなんてな。ギルドに報告したら報酬を余計に貰えるかもしれないぞエメリア」
「もうお兄ちゃんってば。倒したのはクロクロさんなんだからねっ」
「わかってるって。もし報酬が増えたらその分はクロクロにやるつもりだよ」
ザガリンは言うが、
「え、いや俺はいいよ。約束通り金貨一枚貰えればそれで」
俺はそう返した。
あくまでも俺の今回の依頼の報酬は金貨一枚って約束だ。
それより多く貰うのは気が引ける。
「マジかっ、ラッキー儲けたぜっ」
「もうお兄ちゃんっ」
この後、キングゴブリンの右耳を手に入れたザガリンとエメリアと俺は、ホブゴブリンのいなくなった洞窟をあとにしてロレンスの町へと戻るのだった。
俺とザガリンとエメリアがロレンスの町に着いたのは夜中だった。
辺りも暗くなったので途中で野宿をしようとエメリアが言ったのだが依頼が二日にわたると俺に払う報酬が倍になるからとザガリンがこれを拒否しその結果暗い中を歩き続けて俺たちはロレンスの町に戻ってきたというわけだ。
「まったく……兄がケチですみませんクロクロさん」
「いや別に気にしてないよ。星空を見ながら歩くのもそれなりに楽しかったし」
「サンキュークロクロっ」
「もう、お兄ちゃんってば。恥ずかしい」
俺たちは帰ってきたその足でギルドへと向かった。
「はい、ではまずこちらが今回の報酬の金貨五枚になります。それからこちらがキングゴブリンとゴブリンの討伐分の金貨十枚と銀貨三枚になります」
「おおーっ、すげぇ。こんなに貰えるんですかっ。やったなエメリアっ」
メインの依頼の報酬以上のお金を手にして声を大にするザガリン。
「キングゴブリンを倒したのはクロクロさんだけどね」
エメリアはそんな兄に冷静に返した。
「でもほんとにいいんですか? キングゴブリンの分も貰っちゃって」
「気にしないでいいよ」
「すみません、ありがとうございますクロクロさん」
「さあ、次はクロクロの番だぜっ」
そう言ってザガリンは俺に受付カウンター前の場所を譲ってくる。
「ああ」
俺は依頼書をミレルさんに手渡すと依頼完遂の報告を済ませた。
「はい、かしこまりました。それではこちらが報酬の金貨一枚になります」
「ありがとうございます」
金貨を受け取ってその場を離れる。
「なあクロクロ。実はエメリアとも少しだけ話してたんだけどよ、あんたさえよければおれたちとパーティーを組まないか」
二人のもとへ戻るとザガリンが口にした。
「パーティー?」
「ああ、おれもエメリアもクロクロのことが気に入ったんだ。パーティーのメンバーも一人抜けたところだしよかったらどうかなと思ってな」
「うーん、そうか」
「出来れば今答えを聞かせてほしい。おれたちは明日にでも違う町に移動しようと思っているからさ」
いつになく真面目な顔のザガリン。
隣に視線を移すとエメリアもじっとこちらを見ている。
「……ごめん、誘いは嬉しいんだけど俺は一人で気楽にやっていくよ」
正直そんな言葉をかけてもらえて跳び上がるほど嬉しい。
それにずっと一人で行動していると少し寂しい気持ちもある。
だが――
「ははっ、まあそりゃそうか。クロクロの実力からいったら正直おれたちだと釣り合わないもんな」
「うん、そうだね。クロクロさんならすぐにSランクの冒険者になっちゃうかもしれないもんね」
「……悪いな」
「いいってことよ。おれたちはクロクロのおかげでだいぶ稼がせてもらったからな」
「そうですよ、謝らないでください」
ザガリンとエメリアは笑顔を作ってみせた。
「じゃあおれたちは宿屋に行くから。明日の朝にはこの町を出るつもりだからさ、クロクロとはここでお別れだ」
「クロクロさん、お世話になりました」
「ああ、俺の方こそ」
ザガリンとエメリアに俺も笑顔で返すと、
「じゃあなクロクロっ」
「さようならクロクロさんっ」
二人は手を振りながらギルドを出ていった。
二人がいなくなり急に静かになる。
真夜中ということもあり気付けばギルド内には冒険者は俺一人だけになっていた。
「……俺も宿屋に帰るか」
依頼はまた明日探せばいい。
今日はとりあえずもう寝てしまおう。
そう思い、俺もギルドをあとにするのだった。