目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第13話

 ロレンスの町を出た俺とザガリンとエメリアは、町の北にある山を頂上目指して上っていた。

 この山の頂上にある洞窟内のホブゴブリンを討伐することがザガリンとエメリアの受けた依頼らしい。

 俺はその二人の荷物持ちとして同行している。

 二人からは戦闘には参加しなくていいと言われているので俺の初クエストは退屈なものになるだろうがこれで一日当たり金貨一枚貰えるのだからEランクの依頼にしては割のいい部類に入るに違いない。

「クロクロさん大丈夫ですか?」

「ああ、問題ないよ」

 妹のエメリアは俺を気遣い最後尾を歩く俺に声を投げかけてくる。

 一方の兄であるザガリンは俺やエメリアのことは気にする様子もなく一人山道を進んでいっていた。

「お兄ちゃん、もっとゆっくり行かないとあとでバテても知らないよっ」

「へーきへーき! おっゴブリンだっ」

 言うとザガリンはみつけたゴブリンを両手持ちの斧で一刀両断にする。

 そして倒したゴブリンの右耳をそぎ落とし腰に掛けていた小さな袋に入れた。


 ゴブリンは倒した証明として右耳をギルドに持っていくと一体につき銅貨五枚が貰えるのでザガリンはみつけたゴブリンを片っ端から倒していた。

「すみませんクロクロさん、あんな兄で」

「いや全然。それより俺たちも少し歩くペースを上げようか。じゃないとザガリンに置いていかれそうだ」

「わたしはいいですけどクロクロさんは平気ですか?」

「心配いらないよ。俺Eランクの冒険者の中では多分体力はある方だと思うから」

「そうですか。じゃあ少し急ぎましょうか」

 エメリアはそう言って歩く速度を上げた。

 俺もそれに倣ってついていく。


 二時間ほど急勾配の山道を上ったところでザガリンが脇にあった岩に腰を下ろした。

「ふ~、さすがに疲れたなぁ~」

「ほら、だから言ったじゃない。お兄ちゃんの歩くペースに合わせてたせいでわたしも疲れたわ。クロクロさんも疲れましたよね?」

「ん? うんまあ」

 正直あまり疲れてはいないが話を合わせておく。

「ちょっと休憩だ。クロクロ、リュック貸してくれ」

「ああ」

 俺はザガリンのリュックを肩から下ろし手渡す。

 ザガリンはその中から水筒を取り出すと喉を鳴らして一気に中の水を飲み干した。

「エメリアもほら」

 俺はエメリアにもリュックを差し出す。

「ありがとうございます」

 するとリュックを受け取ったエメリアはやはり中から水筒を取り出してそれをコップ代わりのふたに注ぐとこくこくと飲んでいった。

 そして、

「クロクロさんもどうぞ」

 言いながらエメリアがふたに注いだ水を俺に渡してくる。

「いいのか?」

「もちろんです」

「じゃあいただくよ。ありがとう」

 水を飲んだ後俺たちはしばらくその場で休むことにした。

 休んでいる途中ゴブリンが一体襲ってきたがザガリンが危なげなくこれを返り討ちにする。

 俺の出番はまったくない。


 休憩がてら昼ご飯を食べてから山登りを再開した俺たちは頂上目指して歩き続けることさらに一時間、ようやく頂上へとたどり着いた。

「よっしゃ、やっと着いたぞーっ」

「はぁ~疲れた~」

 ザガリンは頂上に着いた嬉しさを声を大にして表現し、エメリアは手でぱたぱたと自分の顔をあおいでいる。

「さてと、こっからが本番だからなエメリアっ」

「言われなくてもわかってるわよ」

「クロクロは戦わなくてもいいがこいつを持っててくれ」

 ザガリンは火のついたたいまつを俺によこしてきた。

「洞窟の中は暗いからな、そいつで照らしてくれ」

「ああ、わかった」

 俺たちの目的地であるホブゴブリンがひそんでいる洞窟はすぐ目の前だ。

「おれが先頭で最後尾がエメリアだ、クロクロは真ん中にいてくれ。ホブゴブリンが出てきてもおれたちが倒すから安心してろよな」

「じゃあお兄ちゃん、クロクロさん行きましょう」

「「ああ」」

 こうして俺たちはホブゴブリンの巣食う洞窟へと足を踏み入れるのだった。


 洞窟の中は薄暗く、それでいて生臭いにおいが立ち込めていた。

「なんだこのにおいは、鼻が曲がりそうだぜっ……」

「ほんと、嫌なにおいね」

「おわっと……!」

「どうした? ザガリン」

 突如妙な声を上げたザガリンに問いかける。

「いや、なんか変なもん踏んづけた気がする」

「変なもの?」

 俺は持っていたたいまつでザガリンの足元を照らしてみた。

 するとそこにあったのは、

「きゃぁっ!」

 人間の死体だった。

 ホブゴブリンに食い散らかされたかのような見るに堪えない状態で放置されている死体を見てエメリアがとっさに俺の腕を掴む。

「大丈夫か? エメリア」

「は、はい……すみません」

「見た感じ冒険者か……?」

 ザガリンの言う通り着ている服などからその死体は冒険者のもののように見受けられた。

「ホブゴブリンにやられたってことは多分EランクかDランクってとこだろうな。一人でやってきて返り討ちに合ったのか……」

 ザガリンが険しい顔でつぶやく。

「お兄ちゃん、この依頼大丈夫かな……」

「へっ、大丈夫さ。こっちはおれとエメリア二人もDランクがいるんだ、用心しながらいけばホブゴブリンくらいどうってことないさ」

 まるで自分を奮い立たせるかのようにザガリンが答えた。

「念のため言っとくがクロクロは戦わなくていいからな、もし万が一危なそうになったらおれたちのことは気にせず逃げろよ」

「そ、そうですよクロクロさん。わたしたちならきっとなんとかなりますから」

「あ、ああ」

 ホブゴブリンか……前に倒したキングゴブリンよりは弱いはずだから俺ならおそらく倒せると思うんだけどな。


 俺たちは慎重に洞窟内を進んでいった。

 洞窟の中は一本道がずっと続いていた。

「待て、止まれ。ホブゴブリンだっ」

 ザガリンが口を開く。

 ザガリンの言葉を受け前方を注視するとたいまつを持った大きめのゴブリンが数体確認できた。

「ほんとだ、一、二、三、四、五……六体もいるわよお兄ちゃん」

「ああ、さすがにあいつらを一度に相手にするのは厳しいからまずはエメリアが遠くから弓矢で倒してくれ。こっちに来るまでに半分に減らしてくれればあとはおれがなんとかしてみせるから」

「わかったわ、やってみる」

 まだこっちに気付いていない様子のホブゴブリンを狙ってエメリアが静かに弓を引く。

 次の瞬間、びゅんと矢がものすごい速さで飛んでいき、一体のホブゴブリンの頭部を貫いた。

『ギギッ!?』

『ギッ!?』

『ギギッ』

『ギギギッ』

『ギギギッ!』

 それにより他のホブゴブリンたちが騒ぎ出す。

 そしてその中の一体がこちらに気付いた。

「エメリア、次だっ!」

 エメリアはザガリンが言うより早く二発目を放っていた。

 エメリアの矢はまたしてもホブゴブリンの頭部を見事射抜く。

 四体になったホブゴブリンが走って向かってきた。

 エメリアは三発目を射るが、その矢はホブゴブリンの顔をかすめて洞窟の奥へと消えていく。

「くっ」

 ザガリンが斧を構えた。

 襲い来るホブゴブリンを横になぎ払い二体のホブゴブリンのお腹を斬り裂いた。

 その二体が地面に倒れるが残りの二体がザガリンにしがみつく。

「このっ、放せっ!」

『ギギギ!』

『ギギギッ!』

 ザガリンの首元に噛みつこうとしてくるホブゴブリンたち。

 それを必死に払いのけようとするザガリン。

 あれ? まずいかな……?

 手を出すなと言われていたがピンチっぽいので助太刀しようかと思ったその時、

「お兄ちゃんから離れなさいっ!」

 エメリアが叫びながら至近距離からホブゴブリンの頭を撃ち抜いた。

 すると、

「ナイス、エメリアっ! くらえっ!」

 残り一体になったホブゴブリンをザガリンが斧を振り上げ真っ二つにした。

 足元に転がったホブゴブリンたちの死体を見下ろし、

「ふぅっ……危なかったぜ」

「まったく、わたしがいなかったらやられてたわよ」

「サンキュー、エメリア」

 二人で笑い合う。

 なんだ……やっぱり俺の出番はないみたいだ。


「よし、奥に向かうぞ」

「あ、ちょっと待ってお兄ちゃん。首から血が出てるわよっ」

 先に進もうとするザガリンを呼び止めるエメリア。

「ヒール!」

 エメリアがザガリンの首元に手を当てそう口にするとエメリアの手がオレンジ色に光りザガリンの首の傷が塞がっていく。

 !?

「悪いな、エメリア」

「世話が焼けるんだから、もう」

「な、なあ、もしかして今のって魔法か?」

 俺は気になったことを訊ねる。

「はい、そうですけど……」

「なんだクロクロ、魔法見るの初めてか?」

「あ、ああ」

 やっぱり魔法なのか。

 この世界は俺のいた世界より文明こそ遅れているが魔法が存在しているのか。

「今のはヒールといって初歩的な回復魔法です。わたしは魔法使いではないので魔法はこれ一つしか使えませんけどね」

 少し恥ずかしそうに言うエメリア。

「魔法使いじゃなくても魔法は使えるのか?」

「誰だって使えるぜ。魔法は何も魔法使いの専売特許ってわけじゃないからな」

「じゃあザガリンも使えるのか?」

 俺はザガリンに顔を向けた。

「いえ、兄は魔法はまったく使えません。魔法自体は誰でも使える可能性がありますけど向き不向きがあるみたいで兄は全然です」

 とザガリンの代わりに妹のエメリアが答える。

「へー」

「別におれはいいんだよ。魔法なんてちまちましたのは性に合わないんだ。男はパワーで勝負だぜっ」

 と力こぶを作ってみせるザガリン。

 やせ我慢のように聞こえなくもない。

「エメリア、じゃあ俺も魔法を使える可能性はあるってことか?」

「はい。というかクロクロさんは一度も試したことないんですか?」

「あー……うん」

「そうなんですか。だったらせっかくなので今試しに魔法を使ってみましょうよ」

 エメリアが思い立ったように提案した。

 顔を明るくさせ俺をみつめる。

 魔法か……面白そうだな。

「ああ。どうやればいいんだ?」

「ではまずは深呼吸をしてください」

 すーはー……ふぅ~。

「それから体の中の魔法力を手に集めるイメージで精神統一してください」

 魔法力……?

 よくわからないけど漫画でよく見るオーラみたいなものかな……。

 俺はそれらしく目を閉じて手に意識を集中してみた。

「ではその状態でヒールと唱えてみてください。成功すれば手が温かくなってオレンジ色に光るはずですから」

「わかった……ヒール!」

 俺はヒールという呪文を口にした。

 ……。

 ……。

 だが俺の手は温かくもならないし光りもしない。

「はっ、なんだクロクロも魔法は使えそうにないな」

「そうなのか?」

「は、はい……ヒールは初歩中の初歩の魔法ですから。これが使えないとなると多分他の魔法も使えないと思います」

 エメリアは申し訳なさそうに言う。

「そっか、ちょっと期待してたんだけどな……まあいいか」

 子どもの頃に夢で見た空を飛ぶ魔法とかももしかしたら使えるかもしれないと思ったのだがどうやら俺には魔法の才能はないらしい。

 少し残念ではあるが魔法がなくても俺はこの世界では超人なのだからよしとしよう。

「ほら、もういいだろ。そろそろ先に進もうぜ」

「ああ、そうだな。付き合ってもらってありがとうエメリア」

「い、いえ、どういたしまして」

「さあ、気合い入れろよ二人ともっ」

 ザガリンの掛け声で俺たちは再びホブゴブリンの巣食う洞窟内を歩き出すのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?