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第12話

「は~、俺って意外と怒りっぽかったのかな……」

 Aランク冒険者のゴードンについ頭にきて力ずくで追い払ったことにより今俺がギルドに戻ると間違いなく冒険者たちから奇異な目で見られ質問攻めにされることだろう。

 それはなんとしてでも避けたかったので俺はとりあえずギルドで依頼を受けるのは後回しにして今日の寝床を確保することにした。

 ロレンスの町はとても大きいので通行人に宿屋の情報を訊いてからなるべく安い宿屋へと向かう。

 俺の所持金は金貨五枚と銀貨五枚。

 ベータ村で暮らす分には充分すぎるほどのお金だったがこの町ではどうだろうか。

 ロレンスの町の物価がまるでわからないので少々不安だ。


 町中をしばらく歩くとガラムマサラという宿屋に行き着いた。

 話に聞いた限りではこのガラムマサラは朝晩二食付きで女将さんの愛想もよくそれでいてかなり割安だという今の俺にはとてもありがたい宿屋だったので俺は期待に胸を膨らませながら玄関の扉を開けた。

「はい、いらっしゃい!」

 扉を開けるとほぼ同時に玄関にいた恰幅のいい中年女性が声を弾ませ出迎えてくれる。

「お客さん、はじめましてだねっ?」

「はい。あのすいません、いきなりですけどこの宿屋って一泊おいくらですか?」

「一泊二食付きで銀貨五枚だよっ」

 と中年女性。

 銀貨五枚か……。

 銀貨十枚で金貨一枚だから……うーん、これって安いのかな?

 俺の表情を察してか中年女性は、

「自慢じゃないけどここいらじゃうちが一番安くてサービスがいいよ。悪いこと言わないからうちに泊まりなさいなっ」

 人懐こい笑顔を見せた。

「……そうですね、わかりました。じゃあとりあえず今日一泊させてください」

「はーい、ありがとうねっ。お客さんお名前は?」

「クロクロです」

「クロクロさんだね。あたしはこの宿屋の女将でドナテッラ、よろしく頼むよっ」

「はい、こちらこそ」

 この人が女将さんだったか。

 前評判通りたしかに愛想がよく、相手を嫌な気にさせることなく簡単に懐に入っていくような感じがする。

「じゃあ部屋はここ真っ直ぐ行って突き当たり左の一番いい部屋を使っていいからねっ」

「ありがとうございます。あ、あと部屋に荷物を置いたらちょっとギルドに行ってきたいんですけど……」

「はいよ。晩ご飯はきっかり二時間後、少しでも遅れたら片付けちゃうからねっ」

「は、はあ、わかりました」

 本気なのか冗談なのかわかりづらい女将さんの言葉を軽くいなすと俺は自分の部屋へと歩みを進めた。


 女将さんが一番いい部屋と称した通り俺の泊まる部屋は広々としてまるで高級旅館の一室のようだった。

 それでいて堅苦しくなく落ち着いた雰囲気もある。

 これでご飯もついて銀貨五枚ならやはり安いのかもしれないな。

 俺はその部屋の片隅に肩から下げていた皮の袋を置くとお金とギルドカードだけ持って部屋を出る。

 笑顔の女将さんに「行ってきます」と声をかけて宿屋をあとにした俺はお金を稼ぐため依頼を引き受けるべく再びギルドへと向かうのだった。


 再度ギルドを訪れた俺を見てギルド内にいた冒険者たちが少しざわつく。

 だが夕方になって冒険者の数が減っていたせいか視線は感じるものの特に誰からも話しかけられることもなく俺は掲示板の前へと進み出ることが出来た。

 Eランク、Eランクっと……。

 俺は掲示板に貼ってある依頼書を見てEランクでも受けられる依頼を探す。

 すると必須ランクが書かれていない依頼をいくつか発見した。

 [薬草採取 一本あたり銅貨一枚 ※採取して三日以内のもの]

 [スライム討伐 一体につき銅貨二枚]

 [ゴブリン討伐 一体につき銅貨五枚]

 [コボルト討伐 一体につき銀貨一枚]

「あの、すいません。これって必須ランクが書かれていないんですけどEランクの冒険者でも受けられるんですか?」

 横にいた男性の冒険者に訊ねてみる。

 男性の冒険者は一瞬びくっとしてから、

「え、ええ、受けられますよ。必須ランクが書かれていないものはどのランクの人でも。っていうかでもそれらの依頼は常設クエストなので別にわざわざ依頼書を持っていかなくてもある程度たまったら納品すればいいんですよ」

「納品?」

「例えばゴブリンの場合は右耳とか、体の一部を切り取って納品するんです」

 丁寧に説明してくれた。

「あー、なるほど。そういうことなんですね」

「普通の冒険者はメインの依頼のついでみたいな感じでやってますね」

「そうですか」

 よく考えればこの町で生活していくのに一日に最低でも銀貨五枚は必要なのに銅貨を数枚手に入れたところであまり意味はない。

 もうちょっと報酬のいい依頼にしないとな。

「お、おれからも質問、いいですか?」

 と男性の冒険者が俺の顔色を窺いながら言う。

「はい、なんですか?」

「あなたってEランクなんですか……?」

「はい、そうですけど」

「で、でもさっきゴードンさんを圧倒していましたよね?」

 ゴードンというのはちょっと前にここで無礼な振る舞いをしていたAランク冒険者のことだ。

 俺が追い払ってやったわけだが、この人それを見ていたのか……。

「Eランクなのになんでそんなに強いんですか? よ、よかったら強くなる秘訣を教えてもらえませんか?」

 と男性の冒険者。

 あーまいったな、変に興味を持たれてしまった。

 この世界の十倍の重力のある別の世界から来ました、なんて正直に話すわけにもいかないし。

 ……もとはと言えば最初に話しかけた俺が悪いのかもしれないけど、少し面倒だ。

「いや、俺そんなに強くないんで」

 俺は適当に話を濁すと目についた依頼書を手に取って逃げるようにその場を離れた。

 そしてそのままミレルさんのところに依頼書を持っていく。

「クロクロさま、ようこそいらっしゃいました」

「これ、お願いしますっ」

「はい、かしこまりました……あのクロクロさま、先ほどはありがとうございました」

「あ、いえ全然……」

 ミレルさんが小声で感謝の意を伝えてきたので俺は小さく首を横に振って返した。

「えっとそれではDランク冒険者さまの荷物持ち、報酬は金貨一枚という依頼でよろしいですね」

「はい、それでいいです」

 内容をよく見て決めなかったが報酬が金貨一枚ならまずまずといったところだろう。

「ではこの依頼主さまの泊まっている宿屋に明日の朝一番に出向いてください。詳しいことは依頼書の裏面に書いてありますので」

「わかりました」

 俺はミレルさんから依頼書を受け取る。

 こうして俺は自身初の冒険者としての依頼を無事引き受けることが出来たのだった。


 受ける依頼を決めてから俺は宿屋へと戻る。

 その道中依頼書をあらためて確認してみた。

 俺が受けた依頼の内容はDランク冒険者の荷物持ちというもの。報酬は金貨一枚。

 依頼主の名前はザガリン。

 同じパーティーだったEランクの冒険者が抜けたのでその穴埋めらしい。

 俺の泊まっている宿屋のすぐ近くの宿屋に泊まっているようなので明日の朝会いに行ってみよう。

「ただいま戻りました」

 俺はチェックインを済ませていた自分が泊まる宿屋に着くと玄関にいた女将さんに挨拶をする。

「はいよ、おかえりクロクロさんっ。晩ご飯の用意は出来てるからねっ」

「ありがとうございます」

 一旦部屋に戻ってから大部屋へと向かい晩ご飯をいただく。

 とても美味しかったので俺はおかわりもした。

 やはりこの宿屋に決めてよかった。

 次からもここにしよう。


 翌朝、俺は朝ご飯を済ませると依頼主のもとへと足を運ぶ。

 フロントでザガリンさんを呼んでもらいしばらく待っていると、

「おーっす、あんたが依頼を受けてくれたっていうクロクロかっ?」

 斧を担いだ浅黒い肌の若い男性が手を上げながら近寄ってきた。

 その後ろにはもう一人浅黒い肌をした若い女性が弓矢片手に歩いてきている。

「はい、そうです。あなたがザガリンさんですか?」

「おうよっ」

「ちょっとお兄ちゃん、敬語使ってよ恥ずかしい。すみませんクロクロさん、兄が失礼な態度をとってしまって」

 そう言って女性が俺に頭を下げてきた。

 どうやらこの二人は兄妹でパーティーを組んでいる冒険者のようだ。

「クロクロあんた年いくつだ?」

「二十六ですけど」

「ほら見なよ、わたしたちより年上じゃない」

「じゃあんたランクは?」

 ザガリンさんは続けて訊いてくる。

「Eランクです」

「ほら見ろ、おれたちの方がランクは上だぞっ」

「だからやめてよお兄ちゃんっ。すみませんクロクロさん」

「いや、俺は別に敬語じゃなくても構わないですよ。実際俺の方がランクは下ですし」

 それに言わば雇用主と雇われ人みたいな関係だからな、タメ口を使われてもさほど抵抗はない。

「駄目ですよ、こういうことはちゃんとしないと。クロクロさんの方が年上なんですからクロクロさんこそわたしたちに敬語は使わないでください」

「はあ……」

「こっちは兄のザガリンです、二十二歳です。そしてわたしは妹のエメリア、十九歳です。わたしたち二人とも一応Dランクの冒険者です。といってもまだなりたてなんですけどね」

 エメリアと名乗った女性は早口で兄であるザガリンさんと自分の紹介をしていった。

「兄が重戦士でわたしは弓使いです。つい最近までもう一人Eランクの冒険者仲間がいたんですけど兄と喧嘩してしまってパーティーを抜けてしまったんです」

「へっ、別にあんな奴こっちから願い下げだぜ」

「お兄ちゃんがそういうこと言うから出てっちゃったのよ、もうっ」

 ガサツな兄としっかり者の妹といった感じだろうか、兄弟のいない俺にとっては少し微笑ましい光景だ。

「それでザガリンさん、俺の――」

「ザガリンでいいぜっ」

「あー、じゃあザガリン、俺の仕事はなんなんだ? 依頼書には荷物持ちって書いてあったけど」

「文字通り荷物持ちだぜ。おれもエメリアも武器を両手で使うから戦闘中は手が塞がってるし背中に重い荷物を背負ってたら戦いづらいだろ。おれたちはこれからホブゴブリンが巣食う洞窟に行くつもりなんだけどそこが山の頂上なんだよ。荷物を減らすわけにもいかないしかといって持ってると邪魔だしよ、だからあんたに荷物を預かっててほしいってわけだ」

「ホブゴブリンは頭がいいから地面に置いておくと盗まれちゃうんです」

 とエメリアが補足する。

「なるほど……」

「あんたは一切戦わなくていいからよ、おれたちの荷物を守っててくれ」

「わかった」

「じゃあクロクロさん、報酬は一日当たり金貨一枚でいいですか?」

「あー……そうなるのか」

 俺はてっきり全部ひっくるめて金貨一枚だと思っていた。

 だが要するにホブゴブリン討伐に三日かかったとすると俺は金貨三枚貰えるってわけだ。

「うん、全然問題ないよ」

「よっしゃ、じゃよろしく頼むぜクロクロっ」

「よろしくお願いしますねクロクロさん」

「ああ、こっちこそ」

 こうして俺はDランク冒険者のザガリンとエメリア兄妹の手荷物を預かると、ホブゴブリンが巣食うという山の頂上の洞窟目指して出発するのだった。

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