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第11話

 ノベールの町に着いた俺は早速冒険者ギルドを探すため道行く人に訊ねた。

 すると親切にも一人目のご婦人に場所を教えてもらうことが出来たので冒険者ギルドへと赴く。

 しかし教えてもらった場所に向かうとそこには冒険者ギルドらしき建物はあったものの人の姿はまったくなくドアを開けようとするとカギが閉まっていた。

 休日かな……?

 俺はその建物に手を当てると顔を近付け中の様子を探る。

 とそこへ、

「あのう、もしかして冒険者になりにきたんですか?」

 後ろから声をかけられた。

 振り返ると十代半ばくらいの少女が不思議そうな顔で俺を見ていた。

「あ、うん、そうなんだけど休みみたいだね」

「いえ、休みではなくてそこのギルドは利用者が少ないとかでついこの間閉鎖してしまったんですよ」

「えっ、そうなの?」

「はい。だから冒険者になりたいんだったらここからずっと先にあるロレンスの町まで行かないと駄目ですよ」

 その少女は北の方向を指差し丁寧に教えてくれる。

「そっか、ロレンスの町か……」

 冒険者ギルドがノベールの町になければロレンスの町に行こうと思っていたからまあいいか。

「ちなみに歩いていくとどれくらいかかるかな?」

「え、歩いてですか? あの、ロレンスの町までは遠いですから乗り合い馬車を使った方がいいと思いますけど」

「乗り合い馬車?」

 乗り合いタクシーみたいなものだろうか。

「は、はい」

「でも俺歩くの結構速いから大丈夫だよ」

「いえあの、それだけではなくて魔物も出るのでやっぱり乗り合い馬車を利用した方が……」

「? 馬車に乗ってると魔物に遭遇しないの?」

「え、ええ。馬車には聖水を振りかけてありますから」

 そうなのか。初めて聞いた。

「あのう、失礼ですけどもしかしてベータ村出身の方ですか?」

 少女が訊きにくそうにしながらも訊いてきた。

 もしかして俺が何も知らないから村の人間だと思われたか……?

 あながち間違いではないが。

「うん、実はそう。ベータ村から来たんだ」

 異世界から来たなんて言っても信じてもらえないだろうし記憶喪失だと言うと心配されるだろうからそう答える。

 すると少女は、

「そうでしたか」

 合点がいったような顔を見せた。

 そして、

「しつこいようですけどやっぱり馬車に乗っていった方がいいと思います」

「馬車はすぐそこの角を曲がったところにありますから」と優しい口調で付け加える。

「うん、わかった。じゃあそうするよ。なんかいろいろありがとうね」

「いえ、どういたしまして」

 俺は少女にお礼を言うと乗り合い馬車とやらに乗るためにその場を離れた。


 馬車の御者さんに金貨を一枚手渡し銀貨を五枚受け取ると俺は馬車へと乗り込んだ。

 馬車の中には俺の他におばあさんとその孫娘らしき幼女と中年男性が乗っていた。

 俺は三人に会釈をしつつ空いていた席に腰を下ろす。

 間もなくして馬がいななくと馬車が動き出した。

 俺は心地よい馬車の揺れに目を閉じ身をゆだねながらロレンスの町へと向かうのだった。


 ノベールの町を出発して街道沿いをしばらく走っていると突然馬のいななきとともに馬車が止まった。

 何事かと馬車の窓から外を見ると馬車の周りを剣を持った男たちが取り囲んでいた。

「おら、馬車の中の奴らさっさと出てこいっ!」

「出てこないとこのじいさん殺すぞっ!」

 おそらく御者のおじいさんが外の男たちに捕まってしまったのだろう。

「なんだっ、何がどうなってるんだっ」

「おばあちゃん、怖いよ~」

 馬車の中にいた中年男性や女の子は思いもよらない出来事にパニックになっている。

 御者のおじいさんが人質に取られている以上、仕方なく俺たちは馬車を降りて男たちの前に出た。

 男たちは全部で四人。

 みんな口ひげを生やしていて粗野な印象だ。

「お前ら、金目のもん出しやがれっ!」

「隠したりしたらただじゃおかねぇからなっ!」

「ほら、早くしろっ!」

 俺たちに剣を向けながら命令する男たち。

 解放された御者のおじいさんと女の子にしがみつかれたおばあさんと中年男性がそれぞれ金貨や銀貨、指輪やネックレスなどを差し出していく。

「おい、てめぇも早くしやがれっ!」

 剣を持った男は怒鳴り声を上げ俺の喉元に剣先を向けた。

 四人か……だったら余裕だな。

 俺は自分に向けられた剣をおもむろに掴むとそれを折り曲げる。

「「「「なっ!?」」」」

 男たちがそれを見てひるんだ。

 その隙を逃さず俺は素早く四人の男たちの懐に潜り込むと連続でパンチを叩き込んだ。

「うがっ」

「ぐあっ」

「ごふっ」

「があぁっ」

 あっという間に四人の男たちが地面に崩れ落ちる。

 俺は足元に転がっている男たちに、

「盗んだものは返してもらうぞ」

 言っておばあさんたちの指輪などを回収した。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう、ございます……」

「お、おう……」

「あ、あんた一体……?」

 驚きの表情を浮かべているおばあさんたちに回収したそれぞれの品を手渡していく。

 その後で俺は御者のおじいさんに、

「それじゃあロレンスの町に向かいましょうか」

 と呼びかけると気を取り直したおじいさんが、

「そ、そうじゃな。こやつらが起きんうちに早いとこロレンスに行くとしよう」

 御者台に乗り「さ、さあ、みなさん乗ってくだされ」と指示を出した。

「お兄ちゃん強いんだねっ」

 馬車に乗りこむと女の子が俺の顔を見て楽しそうに笑う。

「うん、まあね」

「お兄ちゃんが一緒なら強い魔物が襲ってきても盗賊が襲ってきてももう怖くないね、おばあちゃん」

「そうじゃのう」

 孫娘だろう女の子におばあさんが微笑み返す。

「さあて、それでは出発しますぞーっ」

 御者のおじいさんの声が聞こえるとゆっくりと馬車が動き出した。

 俺たちの目的地であるロレンスの町まではあと少しだ。


 ロレンスの町にたどり着いた俺は馬車で一緒だった女の子に手を振って別れると通りすがりの人に冒険者ギルドの場所を訊ねる。

 親切に教えてくれた男性の言葉を頼りに俺はロレンスの町の冒険者ギルドへと向かった。

 ロレンスの町はノベールの町以上に大きな町で人もたくさんいた。

 商店も多く立ち並んでいて町は活気であふれている。


俺がおのぼりさん丸出しで視線をあちらこちらに飛ばしながら歩いていると、

「んっ、きみはクロクロくんじゃないかっ」

 前から歩いてきていた鎧を纏った集団の先頭にいた一人が声を上げた。

 俺は前を向いてその男性の顔をよく見る。

「あ、あなたはドラチェフさんっ」

「どうしてこんなところにいるんだクロクロくんっ」

 俺に話しかけてきたのは前にグェスさんをかけて勝負をしたことのあるドラチェフさんだった。

 そういえばロレンスの町の騎士団長をやっていると言っていた気もする。

「俺は冒険者になりにきました」

「きみが冒険者か、なるほどそれはいい考えかもしれないね。それでグェスちゃんは元気かい?」

 俺に勝負で負けてグェスさんのことは諦めたはずだがまだ未練があるのか訊いてきた。

「はい、元気ですよ」

「そうかい。それは何よりだね」

 ドラチェフさんの後ろには二十人くらいの男性がいる。

 俺とドラチェフさんの会話が終わるのをじっと待っているようだった。

 それを察して俺は、

「あの、ドラチェフさんたち仕事中なんじゃ……?」

 と話題を変えると、

「おっと、いけない。わたしたちは訓練があるからね、これで失礼するよ」

 ドラチェフさんはそう言って部下の人たちを連れて去っていった。

 俺は彼らの後ろ姿を眺めてから、

「……俺も行くか」

 あらためて冒険者ギルドに向かって歩き出した。


「へー、大きいなぁ」

 俺は目の前の建物を見上げ感嘆の声を漏らしていた。

 聞いたところによるとここが冒険者ギルドという施設らしい。

 俺は少し緊張しつつ中へと入る。

 ギルド内には冒険者らしき人が大勢いてテーブルを囲んで、もしくは掲示板の前で話し合っていた。

 受付カウンターに並んでいる人たちもいた。

 そこはさながら携帯のキャリアショップとハローワークを足して二で割ったような空間だった。

 俺が出入り口の前で立ち止まっていると、

「もしかしてギルドは初めてですか?」

 ギルドの職員さんだろうか、きれいな女性が話しかけてきた。

「あ、はい、そうです」

「でしたらまずは受付カウンターにお並びください。そちらで冒険者登録というものを済ませてから掲示板に貼られた依頼書から受けたい依頼をお選びになってまた受付カウンターにお並びくださいね」

「はい、わかりました。ありがとうございます」

 俺はその女性にお礼を言うと一番すいている受付カウンターのもとへと足を運ぶ。

 列に並んでしばらく待っていると俺の順番が回ってきた。

「お次の方どうぞ」

「はい」

 俺は受付カウンターを間に挟んで女性と顔を合わせる。

 女性の胸についていた名札にはミレルと書かれていた。

「冒険者登録をお願いしたいんですけど」

「わかりました。それでは名前と年齢をこの用紙に記入してください」

 ミレルさんは手元から紙を一枚取り出すとペンと一緒に俺の前に差し出してくる。

 俺はペンを取るとその紙に言われた通りに名前と年齢を書き込んでいった。

「クロクロさま、二十六歳、で間違いありませんね」

「はい」

 どうせ黒岩蔵人なんて書いたって不審がられるのがオチだろう。

 だったらクロクロと書いてしまえ、そう思って俺は自らクロクロという名前を名乗ったのだった。

「では登録料として金貨一枚いただけますでしょうか?」

「あ、はい」

 俺はミレルさんに金貨を一枚差し出す。

 これで俺の所持金は金貨と銀貨が五枚ずつだ。

「はい、手続きは完了いたしました。それではこちらをお持ちになってください」

 ミレルさんがそう言って俺に渡してきたものはお店のポイントカードに似た黒色の一枚のカードだった。

「なんですか? これ」

「こちらはギルドカードといってご自身の冒険者ランクを証明する身分証明書のようなものです」

「冒険者ランク、ですか?」

「冒険者には上からS、A、B、C、D、Eとランクがわかれておりまして実績と経験を積むとより上のランクへと上がることが出来ます。ランクが高ければ高いほど難易度が高く報酬の高い依頼を受けることが出来る上にあらゆる施設で優遇されるので冒険者の皆様はより上のランクを目指しているんですよ」

「へー、そうなんですか」

 俺はギルドカードとやらをじっくり見る。

 ギルドカードの表面には大きくEと印字されていた。

「クロクロさまはたった今冒険者になったばかりですのでランクは一番下のEランクとなっております」

「なるほど……」

「それではあちらの掲示板に貼られている依頼書の中からご自身の冒険者ランクに見合った依頼を選んできてください」

「わかりました」

 俺はミレルさんに頭を下げると、ギルドカードを手に意気揚々と掲示板に向かって歩き出す。


 掲示板の前には冒険者たちがたくさん集まっていた。

 俺は人の波を縫うようにして掲示板の前まで移動するとそこに貼り出されていた依頼書を見る。

 そんな俺の目に一番に飛び込んできたのはドラゴン討伐の依頼書だった。

[ギエルナ山に生息しているドラゴンの討伐 一体につき金貨三十枚 必須ランク:A 推奨ランク:S]

「おお、すごいっ。一体倒しただけで金貨三十枚か……」

 でも必須ランクがAってことはAランクかそれより上のSランクの冒険者でないと受けられないってことだよな。

 俺は冒険者になったばかりなのでまだ最底辺のEランク。とてもじゃないが手が届かない。

 そこで俺はEランクの冒険者が受けられる依頼を探すことにした。

 とその時、

「おら、どけっ!」

 人の波を無理矢理かき分けて掲示板の前に大男がやってきた。

「ヤベっ、ゴードンだっ」

「ゴードンってAランクの奴だろ、たしか」

「マジかよ、本物だぜっ」

 口々にゴードンと噂されていたその大男は俺を見下ろし「邪魔だチビがっ!」と押しのける。

 ……チビ?

 俺は日本人の成人男性の平均身長はあるぞ。

 太い腕で強引に押しのけられたこととチビとののしられたことに一瞬ムカっときた俺はそのゴードンとやらをついにらみ返してしまった。

 すると、

「なんだお前、文句あんのかっ!」

 ゴードンは俺の胸ぐらを掴み片手で軽々と俺を持ち上げる。

「ゴードンさま、おやめくださいっ。ギルド内での暴力行為は厳禁ですよっ」

「うるせぇ、知ったことかっ!」

 止めに来たミレルさんをゴードンはもう一方の手ではじき飛ばした。

「きゃあっ」とミレルさんが床に尻もちをつく。

 それにより俺はまた頭に血が上る。

「おい、ゴードンっていったか。俺とミレルさんに謝れ」

 俺は持ち上げられた恰好のままゴードンの右手首を掴んだ。

「ああ? お前自分の立場がわかってねぇのかこらっ」

「いいから謝れ」

 顔を寄せてくるゴードンの言うことを無視して俺はゴードンの手首を握る手に力を込めていく。

 直後、

「なんだこの――痛、痛ててっ、痛ぇっ!? お、折れる折れるっ!!」

 ゴードンは顔をゆがませながら俺の服から手を放した。

 俺はゴードンの手首を掴んだまま床に着地する。

「謝れ」

「ぐああぁ……お前、放せぇっ!!」

 ゴードンはたまらず左手で俺に殴りかかってきた。

 だが俺はそれを微動だにせず額で受け止める。

「謝れ」

「わ、わかったっ! あ、謝るっ! 悪かった悪かったっ、お、あんたにもそこの嬢ちゃんにも悪かったって……!  だから放してくれぇっ!」

 体をよじらせ必死に懇願するゴードンを見て俺はゴードンの手首を放してやった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 すると手首を押さえつつゴードンは俺をにらみつけてくる。

 しかし俺がにらみを利かすと途端に目を泳がせそそくさと立ち去っていった。

 その様子を見ていた周りの冒険者たちが、

「ゴードンを追い返しちまったぞっ」

「なにもんだ、あいつ……?」

「ゴードンはAランクの冒険者じゃぞ、それをまるで赤子の手をひねるようにっ……」

 ざわざわと騒ぎ出す。

 ……やってしまった。

 俺は注目を浴びることに慣れていなかったのでそばに倒れていたミレルさんをすぐさま立たせると何事もなかったような顔をしてギルドをあとにするのだった。

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