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第10話

「クロクロさん、今日って時間ありますか?」

 朝ご飯を食べていると対面に座るグェスさんが訊いてきた。

 やることなど毎日あってないようなものなので「もちろんありますよ」と答える。

「よかったらこのあと私に付き合ってほしいんですけど」

「いいですよ。何するんですか?」

「近くの山に自生しているキノコを採ってきたいんです。とても美味しいんですけど私一人だと魔物が出てきた時ちょっと不安で。それに二人の方がたくさん採ってこられるので」

「わかりました。じゃあご飯食べ終わったら行きましょうか」

「はい、ありがとうございます」

 食事を終えるとお皿を水に浸してから俺たちは家を出た。

 村をあとにしてグェスさんの案内のもと美味しいキノコがたくさん生えているという山へと向かう。

 俺は行ったことのない山へと繰り出すことに少しわくわくしていた。

 というのもスローライフに憧れていた俺だったが実際やってみると毎日が暇で暇で退屈だったからだ。

 アシスタントディレクターとして働いていた目の回るような忙しいブラックな環境だった日々でさえ懐かしく思うくらいだ。

 一日の大半を寝て過ごす生活はとても魅力的なものだったが一か月もするとやはり飽きてくる。

 もしかしたらグェスさんはそんな俺の様子に気付いて今回声をかけてくれたのかもしれない。

 だとしたらお礼を言うのはむしろ俺の方だろう。


 目的の山にたどり着いた俺とグェスさんはあまり離れないようにしつつ山に自生していたキノコを一心不乱に採っていった。

 グェスさんの言った通り山にはたくさんのキノコが生えていたのであっという間に背負っていたカゴがキノコでいっぱいになる。

「ふぅ~、こんなに採ったのに全然減らないですね」

 足元のキノコを見回して口にする。

「はい。すごいですよね自然って」

 グェスさんは額の汗をタオルで拭いながら返した。

「カゴもいっぱいになったのでそろそろ村に戻りましょうかクロクロさん」

「そうしましょう。俺お腹すいちゃいましたよ」

「ふふふっ、私もです」

 俺たちが山を下りようとしたその時だった。

 がさがさっ。

 目の前の茂みが揺れた。

「クロクロさんっ」

「グェスさんは下がっててください」

 俺はグェスさんの前に立ち茂みを注視する。

 すると、

『ギギギ』

『ギギギッ』

 茂みの中から二体のゴブリンが姿を見せた。

 二体とも小さな剣を持っている。

「ゴブリンです。他にもいるかもしれないので一応気をつけてくださいね」

「はいっ」

 俺は後ろにいるグェスさんに声を飛ばすとゴブリンたちを見据えて身構えた。

 ゴブリンとは前にも戦ったことがあるが今回のゴブリンは武器を手にしている。

 とりあえず用心して一体ずつ確実に仕留めるか。

『ギギギ!』

『ギギギッ!』

 ゴブリンたちが剣を振り上げ向かってきた。

 下手に避けるとグェスさんに当たってしまうおそれがあるので俺は避けずに真正面から受けて立つ。

 俺は両腕でゴブリンたちの剣撃を受け止めると一体のゴブリンに前蹴りをくらわし後方に吹っ飛ばす。

 そしてもう片方のゴブリンの剣を奪い取るとそれでゴブリンの胸部を突き刺した。

『ギギャッ……!』

 剣が胸に刺さったままゴブリンが後ろに倒れ込む。

 とそこで、

『ギャギャ――ッ!!』

 先程蹴飛ばしていたゴブリンが大きな鳴き声を上げた。

 まるで仲間を呼ぶように。

 すると――ずしんずしんと大きな足音が響いてくる。

 直後、暗がりから太く長い手が伸びてきたかと思うとその手はゴブリンの頭を掴みそのまま握り潰した。

「「っ!?」」

 次の瞬間、木々の合間から緑色の大きな体を揺らして現れたのは、

『グギギギギッ』

「キングゴブリンっ!?」

 キングゴブリンという名の見るからに強そうな魔物だった。


「キングゴブリンっ? グェスさんあの魔物知ってるんですか?」

「は、はいっ。じ、実際に見たのは初めてですけどたしかゴブリンよりもホブゴブリンよりももっと強いゴブリンだって聞いたことがありますっ」

 グェスさんがおびえた様子で答えた。

 そのキングゴブリンはというと大きなこん棒を持ってずしんずしんとこっちに悠然と歩いてきている。

「クロクロさん、逃げた方がいいんじゃないですかっ」

「グェスさんはいつでも逃げられるようにしておいてください。俺はあいつと戦ってみます」

 言いながら背中に背負っていたカゴを地面に置く。

 ベータ村は今俺たちがいる山からすぐ近くだ。

 ここでこいつから逃げることが出来ても、村にやってこないとも限らない。

 村の周りには聖水が撒かれてはいるがその効果は弱い魔物を寄せ付けないだけなのでこのキングゴブリンには効かない可能性もある。

 だったらここで倒しておきたい。

『グギギギギッ』

「行くぞ、キングゴブリンっ」

 俺は地面を蹴るとキングゴブリンに向かって駆け出した。

 武器などは持っていないのでこぶしでキングゴブリンのお腹を殴りつける。

 決まった!

 渾身の一撃が隙だらけのキングゴブリンのお腹に炸裂した。

『グヘヘヘッ』

「!?」

 だがキングゴブリンは俺の攻撃が効いていなかったのかけろっとした顔で俺を見下ろすと左手で俺の体を掴み上げてそのまま地面に叩きつけてくる。

「ぐあっ」

『グギギッ!』

 さらに続けて、キングゴブリンは地面に倒れている俺にこん棒を思いきり振り下ろしてきた。

 俺はとっさに地面を転がりそれを避ける。

 俺がさっきまでいた地面が振り下ろされたこん棒によって深くえぐれた。

「クロクロさんっ」

 心配したグェスさんが声を飛ばしてくる。

「大丈夫ですっ」

 俺はそう返すと素早く立ち上がった。

 しかし大丈夫とは言ったもののキングゴブリンには俺の攻撃が効かなかった。

 やはり素手だと厳しいのだろうか。

 それとも、あのぼてっとしたお腹には贅肉が多くついていて俺のパンチの威力が消されてしまったのだろうか。

 よし、だったら今度は顔面を狙ってやるか。

 俺はそう思いキングゴブリンの追撃をかわすと跳び上がってキングゴブリンのあごを撃ち抜いた。

『グギギャッ……!』

 お腹への攻撃とは打って変わって手ごたえがあった。

 その証拠にキングゴブリンがふらつきながら後ろに下がる。

「なんだ、やっぱり効くんじゃないか。一瞬俺の攻撃がまったく通用しないのかと焦ったぞ」

 神様は俺を超人だと言っていた。

 その言葉に間違いはなかったようだ。

「おりゃあっ」

 俺は続けざまキングゴブリンの左頬に右フックをくらわせる。

 そして地面に倒れたキングゴブリンの額めがけて「とどめだっ!」パンチを撃ち下ろした。

 俺のこぶしがキングゴブリンの額深くにめり込む。

『グギャーッ……!』

 キングゴブリンは額から血を噴き絶命した。

「グェスさん、倒しましたよ。キングゴブリン」

 振り返ると、

「……クロクロさんっ、大丈夫ですかっ」

 呆然としていたグェスさんがハッとなり駆け寄ってきて自分のタオルで俺の顔にかかっていたキングゴブリンの返り血を拭いてくれる。

「あ、すいません」

「クロクロさんが強いのはわかってましたけどキングゴブリンも素手で倒しちゃうなんて……」

「いやあ、勝ててよかったです」

 俺はキングゴブリンをこの手で倒したその瞬間なんともいえない充実感を覚えていた。

 そしてその思いは言葉となって俺の口から漏れ出る。

「グェスさん。俺決めました」

「え、何をですか?」

「俺、冒険者になります」


「えっ、冒険者ですかっ?」

「はい。俺冒険者になります」

 俺はグェスさんの問いに語気強く答える。

「そ、それはまたいきなりですね」

「はい。でも今の生活のままでいいのかなって思いは少し前からなんとなくありましたよ。家事は全部グェスさんに任せて俺は一日中寝てるか村の中をふらふらしてるだけ、それはいくらなんでも自堕落すぎますからね。グェスさんも本当はそう思ってたんじゃないですか?」

「そ、それは、う~ん……」

 と困り顔のグェスさん。

 嘘が苦手な性格のようだ。

「でも冒険者になるってことは村を出ていくってことですよね?」

 グェスさんが俺の顔を覗き込みながら訊いてくる。

 ベータ村には冒険者ギルドがないからだ。

「そうなりますね。とりあえずはノベールの町に行ってみようかと思うんですけどノベールの町に冒険者ギルドってあるんですか?」

「さ、さあどうでしょう。私ノベールの町に住んではいましたけど冒険者ギルドにかかわりがなかったものですから」

「そうですか。まあ一応ノベールの町に行ってみますよ」

 もしノベールの町に冒険者ギルドがなかったらその時はロレンスの町とやらに行ってみればいいさ。

「……カレンちゃんが悲しむでしょうね」

「まあ、カレンにはシロもいるしグェスさんたち村のみんながいるから大丈夫ですよ」

 最近はカレンはシロにつきっきりだしな。

「よいしょっと……」

 俺はカゴを背負うと、

「じゃあ一旦村に戻りますか」

 グェスさんに顔を向けた。

「クロクロさん、いつ村を出発するんですか?」

「そうだなぁ……昼ご飯食べながら考えます」


 そして翌早朝、俺はグェスさんとパトリシアさんとカレンに見送られる形で村を出ることに。

 シロを抱きかかえたカレンは「絶対遊びに来てねっ。約束だよクロクロっ」と指切りを要求してきた。

 パトリシアさんは「いつでも村に帰っておいで」と優しい言葉をかけてくれた。

 そしてグェスさんは「さようなら、クロクロさん……」目を潤ませながらそう言った。

 みんなの思いに触れて不覚にも熱いものがこみ上げてきた俺は「行ってきます」とただ一言だけ言うとその場をあとにしたのだった。

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