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第7話

 聞くとグェスさんは俺と同い年の二十六歳で、つい昨日までノベールの町のレストランでコックとして働いていたのだそうだ。

 道理でいかにも美味しそうな料理を作れるわけだ。

 グェスさんは今俺の目の前で自分の作ったオムライスを食べ進めていた。

「クロクロさんもよかったらどうですか?」と訊かれたが俺はさっき朝ご飯を済ませてきたばかりなので遠慮しておいた。

「それで家事の分担とかどうしますか?」

 口元を隠しながらグェスさんが俺の方を向く。

「そうですねー、俺自慢じゃないですけど何も出来ないんですよね」

 一人暮らしの期間こそそれなりに長かった俺だが食事にしても掃除にしても自分ではやっていなかった。

 そのため家事に関してはまったく自信がない。

 この世界にも家事代行業があればいいのだが。

「クロクロさんってお金はいくらか持ってます?」

「え? ええ、まあ」

 昨日ノベールの町のお祭りで手に入れた金貨の残りがまだ八枚ある。

 カレンの話ではこの村で暮らしていくには充分すぎる額らしい。

「じゃあものは相談なんですけど家事は私がすべてを担当するのでクロクロさんは生活費を負担するっていうのはどうですか?」

「……あー、なるほど」

「ちょっと図々しいお願いですかね?」

 グェスさんは申し訳なさそうに俺の顔を覗き込んでくる。

「いや、そんなことはないですよ。むしろありがたい申し出です」

「ほんとですかっ?」

「はい」

 俺は生活費を払うだけでグェスさんが家事すべてをやってくれるなんて願ってもないことだ。

 無駄にお金が余っていて家事の出来ない俺にとってはこの上ない交換条件だろう。

「生活費ってどれくらい渡せばいいですか?」

「う~んそうですね、クロクロさんと私の二人分なので月々銀貨二枚くらいですかね~」

「銀貨二枚……あのすいません、金貨一枚って銀貨何枚分ですか?」

「え?」

 呆気にとられた顔をするグェスさんだったがすぐに気を取り直し、

「あ、そういえばクロクロさんって記憶喪失だったんでしたね。金貨一枚は銀貨十枚分ですよ」

 と優しく教えてくれた。

「そうですか。じゃあ俺今金貨しか持ってないんでとりあえず五か月分ってことで金貨一枚渡しておきます」

「あ、ありがとうございます。たしかにお預かりします」

 グェスさんは俺から一枚の金貨を受け取ると大事そうに自分の財布の中にそれをしまう。

「ところでクロクロさんはこれからどうするつもりですか? ちなみに私はお手入れをしていなかった庭の野菜をまた一から作り直してみようかと思っているんですけど」

「あー、そうですね……俺はどうしようかな」

 家事は全部グェスさんがやってくれるみたいだし、三、四年遊んで暮らせるだけのお金はあるし。

 日がな一日家でのんびりしていたいけど、そんなこと言ったらグェスさんに呆れられるかなぁ……?

「村の守り神がいいよっ!」

 するとそこへ家に入ってくるなりカレンが口にした。

 カレンは今の今までイリーナさんのところに行っていたのだった。

「おう、おかえりカレン。で、なんだ? 村の守り神って」

「クロクロはすっごく強いんだからずっと村にいて何かあったら村のみんなを守るのっ。だから守り神っ」

 カレンは元気よく答える。

「カレンちゃん、クロクロさんって強いの?」

「うんっ。Sランク冒険者くらい強いよっ、ねっ、クロクロっ?」

「いや、俺に訊かれても……」

 俺はそのSランク冒険者とやらに会ったことがないから判断のしようがない。

「それにずっと村にいればわたしと毎日遊べるもんねっ」

「そっちが本当の狙いだろ」

「えへへ、バレた~?」

 可愛らしく顔をほころばせるカレン。

 だがカレンの提案自体は悪くないかもしれない。

 村の周りには聖水が撒かれているから弱い魔物は近付けないし、言っちゃ悪いがこんな辺鄙な村を襲う価値なんてないから盗賊みたいな輩もやってこないだろうし。

 カレンは適当に一人で遊ばせとけば俺は結果的に毎日村でのんびり出来るってわけだ。

「村の守り神か……カレンが言うなら考えてみるかな」

 そう言いながら俺は既に心の内ではカレンの案に乗っかることを決めていたのだった。


 グェスさんが皿洗いをしているのをよそに俺はカレンと家を出た。

「ねぇクロクロ、何して遊ぶ?」

 隣を歩くカレンが見上げてくる。

「カレンは普段一人で何してるんだ?」

「う~んとね、かけっこでしょ、それからかくれんぼでしょ、木登りに~、あとたまに村のみんなの畑仕事のお手伝いとかかなぁ」

 かけっことかくれんぼは一人でやって楽しいのだろうか……?

「ふーん、そうなのか」

「あ~あ、わたしも早く学校行きたいなぁ~」

 カレンがつぶやく。

 この世界にも学校はあるみたいだが十歳からなので八歳のカレンはまだ通えない。

「おやカレン、クロクロさんとお散歩かい?」

 村の中を歩いていると前からクワを持った年配の女性がやってきた。

 俺たちの前まで来ると立ち止まる。

 名前はたしか……ミルズさんだったか。

「うん、おはようミルズさん」

「おはようございます、ミルズさん」

 カレンに倣って俺も挨拶をする。

「おはよう二人とも。仲がよさそうで何よりだね」

「えへへ。これからクロクロと遊ぶんだ~」

「そうかい。それはよかったねカレン」

「うんっ」

「じゃあまたね」ミルズさんはそう言うと立ち去っていった。

「なあカレン、この村には何人くらいの人が住んでるんだ?」

「う~んどうだろう、百人くらいかな~」

「だったらこれから村の人たち全員と顔を合わせておきたいんだけどいいかな?」

「わかった、いいよ~。じゃあ今日は一日かけてわたしがクロクロを村のみんな全員に紹介してあげるねっ」

「ああ、頼むよ」

 百人くらいなら一日あれば充分だろう。

 俺はそう思いカレンとともに再び歩き出した。


 カレンのおかげで俺は村人たち全員と挨拶を交わすことが出来た。

 人口百人の小さな村だ、俺のことを知っておいてもらって損はない。

 ちなみに挨拶の際俺はこれまで通り記憶喪失を貫き通した。

 異世界から来たなんて言ったらせっかくのいい関係が崩れてしまいかねないからな。

「今日はありがとうなカレン。さてと、じゃあそろそろ帰るか?」

 夕日で頬を朱く染めたカレンに声をかける。

「まだだよ、あと一人紹介したい人がいるもん」

「そうなのか?」

「うん、だから早く行こっ」

 カレンは俺の手を取ると引っ張り出した。

 しばらくカレンに手を引かれ歩いているとカレンが村の外に出ようとする。

「ん? 村の外に行くのか? 外には出ちゃ駄目ってパトリシアさんが言ってただろ」

「だってあと一人は村の外にいるんだもん」

 とカレン。

 それはもうベータ村の住人ではないのでは……。

「大丈夫だよ。クロクロが一緒ならお母さんに怒られたりしないから」

「本当か?」

「うん、信じてっ」

 満面の笑みで口にする。

「まあそれならいいけどさ」

「やった。じゃあ行こっ」

 こうして俺はカレンに連れられ村を出る。


 村を出てすぐ近くの小高い丘の上にそれは立っていた。

「カレン、それって……」

「うん、わたしのお父さん」

 カレンは墓標を前にして口を開いた。

「わたしのお父さんこの丘が好きだったからお母さんがここにお墓を作ってあげたの」

「そうだったのか……」

「お父さん聞いて。この人はクロクロ、わたしの命の恩人なんだよ。ベータ村で暮らすことになったんだ」

 カレンは墓標に向かって語りかける。

「クロクロは記憶喪失なんだって。だからお父さんもクロクロの記憶喪失が早く良くなるように天国で祈ってあげてね」

 それだけ言うとカレンは俺を見上げた。

「じゃあ帰ろう、クロクロ」

「ああ……いや、ちょっと待ってくれ。俺もカレンのお父さんに挨拶させてくれないか」

「うん、いいよ」

 俺は墓標の前に立つと、

「カレンのお父さん、はじめまして。俺は黒岩蔵人といいます。みんなからはクロクロって呼ばれていますけど」

 苦笑いしながら言葉を投げかける。

 そして心の中で「すみません……記憶喪失っていうのは嘘で本当は違う世界から来たんです」とささやいた。

「これからしばらくベータ村でお世話になります、よろしくお願いします」

 頭を下げると、

「クロクロ、わたしお腹すいた~。お母さんももうお仕事終わってるだろうしおうちに帰ろっ」

「ああ、そうだな」

 俺はカレンと二人丘をあとにするのだった。


 ベータ村での生活はのどかで穏やかな毎日だった。

 朝は八時くらいに起きて、グェスさんの用意してくれた朝ご飯をグェスさんと一緒に食べる。

 それからカレンが迎えに来てくれるので俺はカレンと家を出て村の見回りをする。

 昨日お母さんとどうした、こうしたというカレンの話を聞きつつ村の人たちと挨拶を交わしていく。

 昼になると家に戻ってグェスさんと昼ご飯を食べる。

 カレンも自宅に戻ってパトリシアさんと昼ご飯だ。

 それを済ませるとカレンが再び家にやってくるのでしばらくは二人して昼寝をする。

 時折り村の人がやってきて畑仕事を手伝ってほしいと頼まれるので、その時は二人で引き受ける。

 そのお礼に野菜などを貰うこともしばしばある。

 夕方になるとカレンを家に送ってから俺はグェスさんの待つ自宅へと戻っていく。

 そして晩ご飯をグェスさんと食べてその後お風呂に入り、夜十時頃には就寝する。

 この世界は俺がいた世界より文明が遅れているらしくテレビや車などはない。

 電気はあることにはあるがベータ村には通っていないので自然と寝る時間は早くなる。

 だが生前とんでもなく忙しい毎日を送っていた俺からしたら、文明が遅れていようが電気がなかろうがそんなことはどうでもいい。

 俺はのんびり暮らせるこの村での生活が何より気に入っていたのだった。


 そんな生活が続いて二週間がたった頃ベータ村に一匹の白い犬がふらっとやってきた。

 お腹を空かせていたらしいその犬にカレンはすぐにご飯を食べさせてあげた。

 すると犬はカレンに懐きカレンもその犬を気に入ってパトリシアさんにお願いして自宅で飼うことになった。

 カレンはその犬にシロと名付け毎日シロと遊ぶようになったので俺はいつの間にかお役御免になっていた。

 それまでしょっちゅう俺と一緒にいたカレンが寄りつかなくなったことに若干の寂しさを覚えながらも俺は一人の時間を満喫できる喜びをかみしめていた。

 グェスさんからは「やせ我慢してるんじゃないですか?」と言われたがそんなことは決してない。

 俺はただのんびりと自由気ままに暮らしたかったのだからまったく問題ない。うん。


「クロクロさん、いるー?」

 とある日の朝方玄関から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 俺が玄関まで行くとそこにはパトリシアさんが立っていた。

「あ、おはようございますパトリシアさん。どうしたんですか?」

「うん、実は薬がいくつか切れちゃってねノベールの町まで買いに行きたいんだけどよかったら一緒に行ってくれないかね。ゴブリンクラスの魔物ならあたしでもなんとかなるんだけど用心に越したことはないからね」

「別にいいですよ、特に予定もないですし」

 医者として忙しいパトリシアさんと違って俺は毎日が休みみたいなものだからな。

「ほんとかいっ? ありがとうクロクロさん、助かるよ」

 安堵の表情を見せるパトリシアさん。

「じゃあ早速で悪いけど今から行けるかい?」

「はい、もちろん。あ、ちょっと待っててくださいグェスさんに一言断ってきますから」

 俺はそう言うと庭にいたグェスさんに声をかける。

「わかりました、気をつけて行ってきてくださいね」と返事を貰った俺はパトリシアさんのもとへ。

「じゃ行きましょうか」

「ええ、よろしく頼むよクロクロさん」

 こうして俺はパトリシアさんの護衛役としてノベールの町まで同行することになった。


「カレンったら毎日夜遅くまでシロとつきっきりで遊んでるのよ」

 パトリシアさんとノベールの町まで向かう道中パトリシアさんが話しかけてくる。

「この前まではクロクロ、クロクロってずっと言ってたのにね」

「そうですね。でも新しい友達が出来たみたいでよかったですよ」

「はははっ、そうだね。さすがに八歳のお守りを毎日するのは大変だものね。今まであの子に付き合ってくれてありがとうねクロクロさん」

「いやあ、別に……」

 ノベールの町まで薬を買いに行くパトリシアさんに護衛役として同行することになった俺は現在ベータ村とノベールの町の中間地点辺りまで来ていた。

 馬車という交通手段もあるのだが「お金がもったいないわ」というパトリシアさんの一言で俺たちは砂地を突っ切って歩いている。

 砂地にはサンドウルフが出てくることがあるのだが俺なら追い払えるので特に問題はない。

 そう思っていたまさにその時、

『グルルルル……』

 サンドウルフが隠れていたのだろうか、砂の中から突然姿を見せた。

『ウオオォォォーン』

 と遠吠えをすると仲間のサンドウルフたちがどこからともなく集まってくる。

 俺とパトリシアさんはあっという間に五体のサンドウルフに取り囲まれてしまった。

「クロクロさん、これ大丈夫っ?」

 不安そうに目線を俺に向けてくるパトリシアさん。

 さすがに五体のサンドウルフ相手ではまずいと思ったのだろう。

「俺は多分平気ですけど囲まれちゃってますからね、パトリシアさんのことを守り切れないかもしれません」

 俺ならサンドウルフが何体襲ってこようがおそらく大丈夫だろうがパトリシアさんを守りながらとなると難しい。

「パトリシアさんは自分の身を守ることだけを考えてください」

 そう口にした瞬間だった。

『ガオオォォッ!』

『ガオオォォッ!』

『ガオオォォッ!』

『ガオオォォッ!』

『ガオオォォッ!』

 五体のサンドウルフが同時に襲いかかってきた。

 三体は俺に二体はパトリシアさんに飛びかかってくる。

 俺は素早く両腕を広げてわざとサンドウルフに腕を嚙ませるともう一体の攻撃を背中で受けながらパトリシアさんに向かってきていたサンドウルフのうちの一体を思いきり蹴飛ばした。

『ギャインッ……!』

 俺の蹴りをまともにくらったサンドウルフが後方に吹っ飛んでいく。

 残るもう一体のサンドウルフをパトリシアさんが護身用の剣で迎え撃つ。

 剣を体の前に構えてなんとかサンドウルフの牙を防いでいた。

 俺は両腕を思いきり振って二体のサンドウルフを振り払うと背中に噛みついていたサンドウルフの頭を掴んでパトリシアさんに襲いかかっている個体めがけて投げ飛ばした。

 二体のサンドウルフが激突し地面に倒れる。

 俺はその隙にさっきまで両腕に噛みついていたサンドウルフたちを一発ずつ殴って地面に沈めるとすぐさまパトリシアさんの前に立った。

「大丈夫ですか、パトリシアさん」

「ええ、なんとかね」

「あと二体だけなんで待っててくださいね」

 そうパトリシアさんに言い残し俺は二体のサンドウルフのもとへ駆けていく。

「おおりゃあぁーっ」

 今まさに起き上がった二体のサンドウルフを俺はまとめて殴り上げた。

 天高く宙に上がったサンドウルフたちはその後地面に真っ逆さまに落ちて頭が砂に埋まった。

「ふぅ~……怪我はないですか?」

 パトリシアさんに訊ねる。

「え、ええ、あたしは平気だけどクロクロさんはどうなの? 両腕噛まれてたみたいだけど……」

「あー、大丈夫ですよ。ちょっと痛かったけどなんともないです」

「そ、そう。それにしてもクロクロさんって強いのね、カレンが言ってたからなんとなくあたしよりちょっと強いくらいかなぁって思ってたけど全然思ってたよりすごかったわ。クロクロさんがいなかったら命がなかったかもね、馬車をケチったりしなければよかったわね」

「あはは、とりあえずパトリシアさんに怪我がなくてよかったです」

 パトリシアさんに何かあったらカレンに合わせる顔がないからな。

 ――こうして砂地を通った甲斐あってこの後俺たちはノベールの町にだいぶ早く到着することができたのだった。


「あたしはすぐに薬を仕入れてくるからさ、それまでクロクロさんはどこかで休んでてよ」

「わかりました」

 ノベールの町に着くやいなやパトリシアさんは俺を置いて駆けていく。

 俺はその後ろ姿を眺めたあとで近くにあったベンチに腰を下ろした。

 ノベールの町に前回来た時は年に一度のお祭りの日だったのでとても賑やかだったが今はその余韻が多少残ってはいるものの落ち着いた雰囲気が漂っている。

 まあそれでもベータ村に比べたら人の数もお店の数も段違いなのだが。

「おう、クロクロじゃねぇかっ」

 とそこへ聞き覚えのある声が。

 振り向いて見るとそこにいたのはノベールの町で道具屋を営んでいるケッペルさんとその息子さん。

「あ、どうもお久しぶりです」

「今日はどうしたんだい? クロクロ」

 ケッペルさんの問いに俺は知人の護衛役で町までついてきたことを伝えると、

「そうかそうか。クロクロが護衛についてくれてたら怖いもんなしだもんな」

 ケッペルさんは破顔しながら返した。

「もし気が向いたらうちの店にも顔出してくれよ、おまけするからさっ」

「はい、ありがとうございます」

 会話を交わすとケッペルさんは「じゃあな」と息子さんと一緒に立ち去っていく。

 俺は二人に会釈をしてから、

「はぁ~……それにしてもいい天気だ」

 雲一つない空を見上げ一人つぶやいた。


 十分ほどしてパトリシアさんが戻ってきた。

「ごめんね、待たせたねクロクロさんっ」

 両手にはパンパンに膨らんだ手提げ袋を二つ持っている。

「いえ、全然待ってないですよ。気持ちよかったんでうとうとしていたところです」

「そうかい。それならよかった」

「あ、俺持ちますよ」

 ベンチから立ち上がると俺はパトリシアさんの持っていた手提げ袋を代わりに持ってあげた。

 中身は薬だから全然重くない。

「悪いねクロクロさん」

「いえ、用事は済んだんですか?」

「ああ、もうこれでオッケー。さ、村に帰ろうか」

「はい」

 パトリシアさんが言うので俺たちはノベールの町を出てもと来た道を戻っていく。

 帰りも砂地を通ったが今度はサンドウルフに遭遇することもなく無事ベータ村へとたどり着いた。

 その足で、

「ありがとうねクロクロさん、助かったよ」

 パトリシアさんは待っているであろう患者さんのもとへと急いで向かっていく。

 俺はというと少し遅めの昼ご飯を自宅に戻って食べることにした。


 昼ご飯のあとしばらく昼寝をしていると玄関のドアを叩く音が聞こえた。

 グェスさんはお風呂場の掃除をしていたので俺が玄関に向かう。

「はい、どなたですかー?」

「……」

 返事がなかったので気のせいかとも思ったが念のためドアを開けてみた。

 するとそこには一輪のバラを持った背の高い男性がポーズを決めて立っていた。

「あの、どちら様ですか?」

「そういうきみこそ誰なんだい? ここはグェスちゃんの家のはずだろう」

「グェスさんの知り合いの方ですか? でしたらちょっと待っててください、今呼んできますから」

 俺が見たことのない男性だから村の住人ではない。

 おそらくはグェスさんがノベールの町で知り合った人なのだろう。

 俺はお風呂場までグェスさんを呼びに行く。

「グェスさん、知り合いの男性が訪ねてきてますけど」

「男性ですか……? 誰だろう……」

 言いながらグェスさんは掃除の手を止め玄関へと向かった。

 俺も一応あとをついていく。

 万が一グェスさんも知らないただの不審者だったら困るからな。

 廊下を進んでいき男性の顔が目に入った途端グェスさんが、

「ドラチェフさんっ!?」

 驚いた様子で声を上げた。

「やあ、グェスちゃん久しぶりだね」

「ドラチェフさん、な、なんでここにっ……」

「決まっているだろう、きみと結婚するためさっ」

 グェスさんにドラチェフさんと呼ばれた男性は涼しげな顔で言い放った。

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