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第6話

 日が沈む前に無事ベータ村に帰りついた俺はまずイリーナさんのもとに向かった。

 そこで聖水と一枚の金貨とケッペルさんからの届け物を経緯を説明しつつ手渡す。

「なるほどね、ケッペルをデスアントラーから助けたのかい。そりゃあいいことをしたねクロクロさん」

「いえ……」

「聖水も届け物もありがとうね。お金も浮いたしクロクロさんにお願いしてよかったよ」

「あの、それで家の方なんですけど……」

「ああ、もちろん住んでいいよ。クロクロさんさえよけりゃずっとただで住まわせてあげるよ」

「本当ですかっ、ありがとうございます」

 イリーナさんは初対面の時の反応が嘘のように俺に優しく微笑みかけてくれた。

 俺はイリーナさんに深く頭を下げるとその報告をカレンとパトリシアさんにすべくイリーナさんの家をあとにする。

「おかえりクロクロっ」

 カレンの家に戻った俺にカレンが待ってましたとばかりに抱きついてきた。

「ただいまカレン」

「どうだったっ? 聖水買えたっ?」

「ああ、そのおかげでグェスさんが住んでいた空き家に住めることになったぞ」

「わぁ~、よかったじゃんクロクロっ」

 カレンは俺を見上げにこにこと笑う。

「カレンの言う通り砂地を通ってきたから早く行ってこれたよ、ありがとな」

「えへへ~。あ、そうだっ。サンドウルフには遭った?」

「ああ。襲ってきたから返り討ちにしてやったよ」

「やっぱりーっ。クロクロなら勝てると思ってたんだぁ~」

 砂地に現れた大型の狼に似た魔物、サンドウルフ。

 俺はその魔物をパンチ一発でたやすく倒していたのだった。

「パトリシアさんはまだ仕事?」

「うん、お母さんはまだ仕事だよっ」

「そっかぁ……」

 パトリシアさんは村唯一の医者のようだから忙しいのだろう。

「ねぇ、クロクロ。わたしがグェスさんが住んでいた家に案内してあげるよっ」

「いいのか? 悪いな」

「いいっていいって、わたしもやることなくて暇だったし。じゃ今すぐ行こっ」

 そう言うとカレンはたたたっと家を飛び出していった。


 カレンはスキップをしながら上機嫌で村の中を進んでいく。

 俺はそんなカレンの背中を眺めながらあとをついて歩いた。

「そういえばノベールの町って今日お祭りだったよ、知ってたか?」

「えぇーっ、お祭りっ!? だったらわたしも行きたかったなぁ~っ」

 振り返ったカレンは恨めしそうに俺を見る。

「クロクロ遊んできたのっ?」

「遊んだっていうか……力を競う催しがあってそれをやったら優勝したんだよ。それで金貨十枚手に入れたんだ」

「すごーっ。やっぱクロクロは強いんだね。冒険者だったら絶対Sランクだね」

 尊敬の眼差しで俺を見上げてくるカレン。

「Sランクってすごいのか?」

「すごいよっ、だって一番上のランクだもんっ」

「へー」

「そうだクロクロ、来年はお祭り一緒に行こうねっ。約束だよっ」

「ん、ああ、そうだな」

 来年の今頃もこの村にお世話になっているのかどうかはわからないが、そんなことをカレンに言う必要はないので、とりあえず俺はカレンと指切りをするのだった。


「着いたよっ。ここがグェスさんが住んでいた家だよっ」

「へー、ここがそうか」

 俺はカレンに案内されて村はずれの空き家にやってきていた。

 イリーナさんから住んでもいいと既にお墨付きを貰っている。

「立派な家じゃないか」

 それは俺が思っていたよりもずっときれいな木造平屋の一軒家だった。

 大きさも一人で住むには申し分ない。

「でも村からちょっと離れてるから買い物とかは不便かもしれないよ」

「いいさそれくらい。問題ないよ」

 俺はアシスタントディレクターだった前の世界では田舎でのんびり暮らしたいと毎日のように思っていた。

 その夢が叶うのだからこんなに嬉しいことはない。

 しかも俺自身は超人というおまけつきで。

「ねぇクロクロ、早く家の中に入ってみようよっ」

「ああ、そうだな」

 俺とカレンはわくわくしながら目の前の空き家に足を踏み入れた。


 結論から言うとその家は当たりだった。

 外観だけでなく内装も俺好みだった。

 カレンは少しがっかりしていたようだったが、落ち着いた雰囲気で無駄なものは一切ないところも気に入った。

 しかも隣には広い庭があり野菜が育っていた。

 カレンが言うには、おそらく前の住人であるグェスさんが作っていた野菜だろうということだった。

 これなら自給自足で生活していけるかもしれない。


その後、暇を持て余していたカレンに村の中を案内してもらい、俺は生活に必要な品々を買い揃えた。

 さらに庭で育てるつもりで野菜の種や苗なども買った。

 ちなみにこの世界には電気はないので夜はろうそくやランプを使うらしい。

 俺はそういったものもカレンに教えてもらいすべて購入していった。

 カレンが一緒にいてくれたおかげで、店の人たちが値引きして売ってくれたので、俺の所持金はまだ金貨が八枚も残っている。

 カレン曰く、この村では金貨一枚あれば一年は生活できるそうなので、当分お金の心配はいらないようだ。

「そうだ、カレンって学校は行ってないのか?」

「学校? 行ってないよ。だって学校は十歳からじゃん」

 カレンはきょとん顔をみせた。

「え、十歳からなの?」

 俺もつられてきょとんとする。

「そうだよ。そっか、それも憶えてないんだね」

「あ、ああ、憶えてないや」

 そういえば俺は記憶喪失って設定だったな。

 時折り忘れそうになる。

「うーん、じゃあ読み書きとかはどうやって覚えたんだ?」

「お母さんが教えてくれた」

「ふーん。学校ってこの近くにあるのか?」

「ううん、結構離れてるよ。だから学校に行くことになったらお母さんと一緒にノベールの町に引っ越すかもしれないの。まだわかんないけどね」

「そうなのか」

 もしそうなったら村唯一の医者がいなくなってしまうから、ベータ村にとっては一大事だな。

「ねぇクロクロ、その時は一緒に行こうねっ」

「え、ああうん。そうだな」

 断るのも変なので一応そう答えておく。


 辺りも薄暗くなってきて、

「じゃあわたしそろそろ帰るねっ。お母さんが戻ってきてるかもしれないし」

 カレンは言うなり駆け出していった。

「ばいばいクロクロっ」

「じゃあな、カレン」

 走り去っていくカレンの小さな背中をみつめつつ――

 ぎゅるるるる~。

「あっ、そういえば……」

 今日はまだ昼ご飯を食べていないことを俺は今頃になって思い出していた。


 昼ご飯と晩ご飯を兼ねた食事の支度のため庭の野菜をいくつか収穫しようとしていると、

「クロクロさーん!」

 俺を呼ぶ声がした。

 振り向き見るとそこにいたのはパトリシアさんだった。

「パトリシアさんっ」

「クロクロさん、カレンから聞いたわ。その家に住めるようになったみたいでよかったわね」

「はい、ありがとうございます」

「晩ご飯は大丈夫?」

 パトリシアさんは俺のことを心配して来てくれたのだろう、訊いてくる。

「はい大丈夫です。カレンに案内してもらって食糧を買いましたし庭にも沢山野菜がなっているんで」

「そう。でも何か困ったことがあったらなんでも言うのよ」

「わかりました、ありがとうございます」

「じゃあまたね」

 パトリシアさんはそれだけ言うと安心した様子で去っていった。

 パトリシアさんのところにはこっちから出向くつもりだったが、わざわざ来させてしまったな。

 そう反省しながらも俺は庭の野菜に手を伸ばす。

「キュウリにトマトにトウモロコシ、それにゴーヤも……これだけあれば食べるものにも困らないな」

 俺はとりあえずキュウリとトマトとトウモロコシを一つずつ手に取った。

 ……ゴーヤは今日はいいかな。

 それらを持って台所に向かうと、キュウリとトマトは水洗いしてトウモロコシは茹でてみる。

 さらに俺はかまどを使い今日買ってきたお米を炊くことに。

 そして一時間くらいして炊きあがったご飯と切った野菜を持って居間へと移動すると、早速それらを食べてみた。

「……うっ、固いなぁ……あんまり、っていうか全然美味しくないなこれ」

 初めてかまどで炊いたご飯はお世辞にも美味しいとは言えなかった。

 生前はコンビニ弁当ばかりで自炊などしたことがなかった俺にしてみれば当然の結果かもしれない。

 もっと言えば、昨日今日食べたパトリシアさんの手料理が美味しすぎたせいもあって余計にまずく感じる。

 俺はご飯は諦め野菜に箸を伸ばした。

 まずはキュウリ。

 味噌をつけて一口かじる。

「……う~ん、味噌の味でごまかしてる感じだなぁ」

 続いてトマト。

 塩をかけていただく。

「……な、なんかこれも微妙だなぁ」

 最後にトウモロコシ。

 茹でただけのトウモロコシにそのままかぶりついた。

「……あ、味がほとんどしない」

 俺は箸をテーブルに置くと食べかけのご飯と野菜を前にして考え込む。

 これから毎日朝昼晩自炊するのって大変だなぁ、と。

 さらにはよくよく考えると農作業も面倒なんじゃないかなぁ、と。

 丹精込めて何ヵ月もかけて作ってこの味じゃやりきれないぞ。

 やはりパトリシアさんの家に居候させてもらっていた方が楽だったかもなんて後悔の念があふれてくる。

 でも今さらやっぱり居候させてくださいというのも恥ずかしい。

 俺にだってそれなりのプライドはある。

「はぁ~、まいったな~」

 結局俺はこの日それ以上何も口にすることはなく早々に眠りについたのだった。


 自炊や自給自足の生活が思いのほか大変だということに気付いた俺は翌朝村の飯屋まで足を運んでいた。

 飯屋の場所は昨日カレンに教えてもらっていたからすぐにわかった。

「すいません、同じものおかわりください」

「はいよー」

 昨日の晩ろくに食べられなかった分を取り返すかのように二品目の野菜炒め定食を注文する。

 やはりご飯は自分で作るよりプロに作ってもらったものの方が美味しいに決まっている。

 幸いお金には充分余裕もあることだしこれからは毎食ここでお世話になろうかな。

 などと考えていると、

「あークロクロ、やっぱりここにいたーっ」

 カレンがドアをがらがらっと開けて入ってきた。

「カレン、朝からどうしたんだ?」

「それはこっちのセリフだよっ。クロクロのうちに遊びに行ったらいないんだもんっ」

 カレンは店主に挨拶をしてから俺に向き直る。

「お腹すいてるならうちに来ればいいのにっ」

「いやさすがにそれは悪いからさ……」

「そんなことないよ、お母さんだってクロクロのこと心配してたんだから」

「それはありがたいけど俺一応お金も持ってるし、自分の力でなんとかしてみるよ」

「クロクロ頑固~っ」

 この後カレンは俺が食事を終えるまでずっと隣に座って「うちで一緒に住もうよ~」と繰り返し言い続けた。

 それ自体は本当に嬉しかったのだがやはりそれでは二十六歳の男として情けない。

 俺は心を鬼にしてカレンの誘いをきっぱりと断ると店をあとにした。

「ねぇクロクロ、いくらお金があっても毎日ご飯屋さんで食べてたらお金なくなっちゃうよ~」

 俺の後ろからカレンがついてくる。

 パトリシアさんは今日も仕事なのでカレンは暇なのだそうだ。

「そのことなら問題ないよ。ほらカレンが言ってただろ、俺はSランクの冒険者くらいすごいって。いざとなったら俺はその冒険者になればいいんだから大丈夫さ」

「それはそうかもしれないけどさ~」

「ていうかどこまでついてくるつもりなんだ?」

「もちろんクロクロのうちだよっ。一緒に遊ぼっ」

 どうでもいいがなぜ俺はカレンにこんなにも懐かれているのだろうか。

 ゴブリンから助けてやったくらいで他に理由は思い当たらないのだが。

「子どもは子ども同士で遊べばいいだろ。俺二十六歳だぞ」

「だってみんな学校行くために引っ越しちゃったし一番年の近い子でもまだ三歳だよ。年が合わないよ」

「それは俺も同じだろうが」

 この世界では学校は十歳から行き始めるようなので八歳のカレンは毎日が暇でしょうがないのだろう。

 そうこうしていると家に到着した。

「あっクロクロ、おトイレ借りていいっ?」

「好きにしろ」

「じゃあお邪魔しまーす」

 カレンが家に上がると廊下を駆けていく。

 俺は水を飲むために台所に移動した。

 すると、

「えっ!? だ、誰ですかっ!?」

 そこには見知らぬ女性がいて料理をしている最中だった。


「あ、あなた、なんで私のうちに勝手に入ってるんですかっ!?」

 女性は手に持った包丁を俺に向けている。

「私のうちって、いやいやここは俺のうちですよっ」

「何言ってるんですか、あなた誰なんですかっ!?」

「その前にとりあえず包丁置いてもらってもいいですか? 危ないんで」

「だからあなた誰なんですかっ!?」

 女性は俺の言うことなど聞きもせず包丁を両手で握った。

 とそこへ、

「クロクロ、お待たせーっ」

 カレンがのんきにトイレから戻ってくる。

 そして女性を見て、

「あ、グェスさんっ!」

 声を上げた。

「カレンちゃん!」

「グェスさんどうしたの? 町に引っ越したんじゃなかったっけ?」

「そんなことよりカレンちゃん、この人知り合いなのっ?」

 グェスさんと呼ばれた女性は俺を指差して訊く。

 あれ? グェスさんってたしかこの家の前の住人だったはずだが……。

「うん、クロクロだよっ。記憶喪失なんだけどね、わたしのことゴブリンから助けてくれて今はここに住んでるんだよ」

「え、住んでるのっ?」

「うんっ」

「あの、すいません、グェスさんですか?」

 俺は二人の会話に割って入った。

「そ、そうですけど……」

「とりあえず居間で話しませんか? その包丁は一旦置いてもらって」

「あ……は、はい。わかりました」

 グェスさんはまだ警戒しているものの、カレンのおかげで俺の言葉に聞く耳を持ってくれたようだった。


場所は変わって居間にて。

 俺とグエスさんとカレンはテーブルを囲んで座っていた。

「……なるほど、そうだったんですか」

 グェスさんの話を聞くと都会より田舎暮らしの方がやはり自分には向いていると気付いてベータ村に戻ってきたということだった。

 そして村を出ていく際イリーナさんには向こう三か月分の家賃を既に前払いしていたのでまだ住んでもいいものだと思っていたところに俺がやってきたというわけだ。

「うーん、まいったな。せっかく住む場所がみつかったのにまた探さないと駄目か……」

「えっ? ちょっと待ってください。そういうことなら私が出ていきますからいいですよ」

「いやそれは駄目です。先に住んでいたのはグェスさんの方ですから、俺が出ていきますよ」

「いいえ、それはいけません。私が出ていきます」

「いや――」

「いえ――」

 俺とグェスさんが遠慮し合っていると、

「だったら二人で一緒に住めばいいのに」

 カレンがぽつりと言った。

「へ?」

「え?」

 俺とグェスさんは揃ってカレンに目を向ける。

「だってこのおうち二人で住むくらいの広さはあるでしょ。だったら二人とも住めばいいじゃん」

 何を揉めているのと言わんばかりにカレン。

「いやカレン、さすがに見知らぬ男女が二人で住むのはどうかと思うぞ……」

「そ、そうよカレンちゃん。それはまずいんじゃない」

「なんで? 何がまずいの?」

 カレンは純粋無垢な目で俺とグェスさんを見返してきた。

「グェスさん何がまずいの?」

「えーっとね、何がって言われると困っちゃうんだけど……」

「クロクロ何がまずいの?」

「いや、それはその……」

 俺とグェスさんは顔を見合わせ言葉に詰まる。

 八歳のカレンに何と言って説明したらよいのか……。

「だったら問題ないじゃん。じゃあこれからは二人で住むってわたしからイリーナさんに言ってきてあげるよっ」

「あっ、カレンっ……」

「え、カレンちゃんっ……」

 言うなりカレンは家を飛び出していってしまった。

 残された俺とグェスさんの間には気まずい沈黙が訪れる。

 俺はとりあえず何か話そうとするが、

「あ、あの……今この村には他に空き家はないみたいですよ」

「そ、そうなんですか……」

 ……。

 再び沈黙。

 ……。

 しかしそんな静寂を今度はグェスさんが破った。

「あのっ、だったらカレンちゃんが言うように一緒に暮らしてみませんかっ」

 意を決したように言う。

「え? い、いいんですか?」

「は、はい、他に住むところがないですし、それにこの家意外と部屋も沢山ありますから。ク、クロクロさんさえよければ……」

「俺は全然問題ないですけどグェスさんはそれでいいんですか……?」

「は、はい」

 他に住む場所はないしパトリシアさんに大見栄切った手前やっぱり居候させてくれとも言いづらい。

 グェスさんが問題ないというのならそれもありなのかもしれない……うん。

「じ、じゃあよろしくお願いします、グェスさん」

「はい。こちらこそよろしくお願いしますね、クロクロさん」

 こうして俺たちはぎこちない挨拶を済ませると、この家で一緒に住むことを決めたのだった。

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