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第5話

 ノベールの町を出た俺は、道具屋の若い男性に教えてもらった通りにロレンスの町へと向かう。

 だがその途中、足元の地面が急に陥没し、深さ四メートルはあろうかという穴に落ちてしまった。

 まるで落とし穴のようなそれに一瞬戸惑うも、俺はジャンプして穴から抜け出ると地面へと楽々着地を果たす。


「なんだったんだこれ……?」


 足元の穴を見下ろし首をかしげているとそこへ、

『ジジジジジジジジッ!』

 と大きな鳴き声が聞こえてきた。


 振り返ると巨大な虫のような魔物が無機質な目で俺を見据えていた。


「うおっ、気持ち悪っ」

 虫を巨大化するもんじゃないな。

 グロテスクなその出で立ちに不気味さを覚えた俺は思わず後ろに退く。


『ジジジジジジジジッ!』

 その魔物は背中の羽を広げると俺に向かって飛んできた。

「うわっ!?」

 俺は頭を低くしてこれを避ける。

 しかし魔物は空中で方向転換してなおも俺に体当たりを仕掛けてきた。


「くそ、仕方ないっ」

 倒さないといつまでもこの気味の悪い魔物に追われ続けると思った俺は正面から魔物の頭部を殴り飛ばす。


「おりゃあ!」

『ジジジィッ……!』

 俺に殴られた衝撃で遠くに吹っ飛んだ魔物は地面を転がりぴくぴくと体を震わせていたがその後動かなくなった。


「ふぅ~、なんとかなったけど気持ち悪かった……」


 とそこへ、

「おぉーい、そこに誰かいるのかーっ」

 足元から人の声がする。

 何事かと辺りを見るとさっき俺が落ちた穴と同じような穴がもう一つあって、その穴の中に中年の男性が埋もれていたのだった。


 俺は穴を覗き込んで、

「大丈夫ですかー?」

 声をかける。


「なんとかなー! それよりおれを引っ張り上げてくれないかー!」

 そう言うと男性はリュックサックの中から長いロープを上に投げてよこしてきた。

「わかりましたー」

 俺はそのロープを掴むとゆっくり引っ張って男性を引き上げる。

 するとリュックサックを背負い体にロープを巻いた男性が穴から顔を出した。


「いやあ、助かったー」

 男性は地面に座り込んで肩で息をする。


「あんたがここを通るのがもう少し遅かったらおれはデスアントラーの餌食になってただろうな」

「デスアントラー?」

「ほら、そこに倒れてる魔物だよ。あんたが倒したんだろ?」

「あー、はい、そうです」

「デスアントラーは地中に穴を掘っておいてそこにひっかかって落ちた人間を食べちまうんだよ。おれとしたことがついうっかり足を滑らせちまってな」

「そうでしたか」


 男性は立ち上がり、

「おれはケッペルってんだ。よろしくな」

 手を差し出してきた。


「黒岩蔵人です」

 俺はその手を握り返す。

「クロ、クロウ……?」

 こっちの世界の人は俺の名前の発音が難しいのだろうか、ケッペルさんはカレンと同じような反応を見せた。


「……クロクロでいいです」

「なんだ、クロクロか。ありがとうなクロクロ」

「じゃあ俺はこの辺で……」

「あ、ちょっと待てよっ。礼もせずに帰すわけにはいかねぇよ。何かおれにしてほしいことはないか?」

「してほしいことと言われても……」

 俺の望みは早く聖水を手に入れてベータ村に帰ること。ただそれだけだ。

 悪いがこれ以上ケッペルさんに構っている暇はない。


「特にはないですね」

「それじゃあおれの気が済まねぇよ。そうだっ、だったらおれの持ち物からなんか好きなもんをくれてやらあ。さっきロレンスの町で仕入れてきたばかりだからいい品が揃ってるぜ」


 ロレンスの町で仕入れた……?


「あのう、もしかしてケッペルさんってノベールの町の道具屋さんですか?」

「おっ? なんだ、おれのこと知ってんのか?」

「やっぱり……いや、さっきノベールの町の道具屋に行ったら聖水が売り切れててそうしたら若い男性がロレンスの町まで仕入れに行った父親がまだ帰ってこないって言っていたのでそうかなぁと」

 世間は狭い。

 まさかこの人が道具屋の主人だったとは。


「なるほど、そういうことか。じゃあクロクロは聖水が欲しかったんだな?」

「はい、そうです」

「だったらほれっ」

「おっと」

 ケッペルさんは青い液体の入った瓶を俺に投げ渡してきた。

 俺はそれ落とさないように両手で受け取る。


「これ聖水ですか?」

「ああ。本当は金貨一枚だけどクロクロはおれの命の恩人だからな、ただでくれてやるよ」

「えっ、いいんですかっ?」

「もちろんさっ。なんならもう一瓶やろうか?」

 ケッペルさんはにやりと口角を上げて言った。


「あーいえ、充分ですっ。ありがとうございますっ」

 イリーナさんに頼まれたのは一つだけだ。

 それをただで手に入れられたのだから充分すぎるくらいだ。


「えっとじゃあ、俺そろそろ帰りますね」

「ん、クロクロはどこの人間なんだ?」

「俺ですか? 今は一応ベータ村でお世話になってますけど」

「ベータ村か。じゃあもしかしてイリーナばあさんの使いか?」

「まあ、そんなところです」

 俺が返すと、

「なんだ、それなら早く言ってくれよ。ちょうどイリーナばあさんに渡すものがあったんだよ。それあんたに渡すからよ、一緒にノベールの町まで来てくれ」

 ケッペルさんはそう言ってリュックサックを背中に背負う。


「渡すものですか?」

「ああ。ものはついでだ、頼むぜ」

「は、はあ」

 こうして俺はケッペルさんとともにノベールの町まで戻ることになった。

 ……まあ、金貨一枚浮いたしそれくらいならいいか。


 ノベールの町に着いた俺はケッペルさんと道具屋に向かう。

 だがその途中、

「おお、そうだ。クロクロ、せっかくだから祭りを楽しんでいけよ」

 ケッペルさんは振り返り言った。


「え、でも俺お金持ってないんで……」

「持ってないことはないだろ。聖水買う予定だった金があるだろうが」

「いや、それはイリーナさんのお金なんで勝手に使うわけにはいきませんよ」

「じゃあイリーナばあさんから受け取った金以外まったく持ってないのか?」

「はい、恥ずかしながら……」

 いい大人が無一文とはさすがに呆れられるかと思ったがケッペルさんは俺が思ってもいなかったことを口にした。


「だったらあんたが今持ってる一枚の金貨はおれがあげたことにしようじゃないか」

「え、どういうことですか?」

「だからあんたは普通にお使いを済ませた。んでおれはあんたに命を救われた礼として金貨一枚をやった。それならいいだろ?」

「は、はあ……」

 いいのかな?


「よし、決まりだっ。じゃああんたは祭りを楽しんでな、おれはイリーナばあさんに渡すものを用意してくるからよ」

 ケッペルさんは俺にそう言うと人ごみの中に消えていった。

 一人残された俺は突っ立っていても通行人の邪魔になるので近くのベンチに腰を下ろす。


「楽しめって言われてもなぁ、やっぱりこのお金はイリーナさんに渡すべきだよな」

 つぶやいていると、

「さあさあ、他に誰か我こそはという挑戦者はいませんかっ!」

 大きな声が聞こえてきた。

 ん? なんだろう……?


「参加費は金貨一枚、賞金は金貨十枚、早い者勝ちですよっ!」

 俺は気になって声のする方へと足を運ぶ。

 とそこには人だかりが出来ていた。


「おいお前やってみろよ」

「いや無理だって」

 男性たちの話をよそに、

「オレ様がやってやるぜっ!」

 縦にも横にも大きな男性が手を上げた。


「おら、どけどけっ」

 その丸々とした男性は周りの人たちを押しのけ前に歩み出る。

 人の波が割れたので俺もその隙に前の方に移動した。


「おっと、これはまた大きな男性が名乗りを上げましたねっ。お名前を教えてもらってもいいですか?」

「オレ様はガンツだ! ほらよっ」

 ガンツと名乗ったその男性は一枚の金貨をマイクを持った男性に向かって放り投げると地面に置いてあったハンマーを拾い上げる。


「こいつで叩いて音を鳴らせばいいんだろ、楽勝だぜ!」

 よく見てみるとガンツさんの前には高さ十メートルくらいの機械が設置してありその一番上にはベルがついていた。

 そしてその機械の下の部分にはシーソーのようなものがあってその片方をハンマーで叩くともう片方に乗った重りが上がる仕組みらしい。

 どうやらその重りで一番上についたベルを鳴らせば賞金として金貨十枚が貰えるということのようだ。


 すると周りにいた一人の男性が、

「なあ、あれってAランク冒険者のガンツだろっ」

 口を開いた。


 その声を皮切りに「本当だっ、あいつガンツだぜっ」とか「なんでAランクの冒険者がこんなとこにいるんだ?」といった声がそこここから上がる。

 Aランク冒険者……?


「はい、ではガンツさんお願いいたしますっ!」

 マイクを持った男性の合図で周りを取り囲む人たちが息をのむ。


 ガンツさんは両手でハンマーを握ると、

「行くぜぇっ!」

 力強く振り下ろした。

 ドゴンッと大きな音がしててハンマーで叩いた反対側の重りが飛び上がる。

 だがその重りは高さ五メートルほどまで上がると失速して落ちてしまった。


「はい、ガンツさん残念でしたー!」

「くそがぁっ!」

 ハンマーを放り捨てるガンツさん。


「邪魔だ、どけっ」

 周りに当たり散らしながら去っていく。


「さあ、他に挑戦者はいませんかーっ!」

 マイクを持った男性が声をかけるが、

「ガンツが駄目だったんだから成功するわけねぇよな」

「どうせあんなの誰がやったって無理なように出来てるんだろ」

 口々にささやき合う。


 そんな時、隣にいた男性が「はいよっ」と手を上げた。

 俺は横にいたその人の顔を見てびっくり、それはケッペルさんだった。


「ケッペルさんっ?」

「よう、クロクロ待たせたな」

 いつの間にかケッペルさんは俺の横に立っていた。


「おーっと次の挑戦者の登場ですっ! さあ、こちらへどうぞ!」

「あー、待ってくれ。挑戦者はおれじゃなくてこっちだこっち」

 そう言うとケッペルさんは俺を指差す。


「は? どういうことですかケッペルさん」

「ここはおれのおごりだ、やってみな」

 俺に一枚の金貨を握らせるケッペルさん。


「え、でも……」

「デスアントラーを一発で倒しちまったんだ、あんたならきっとやれるぜ」

 ケッペルさんは俺の背中を押すようにして前に出す。


「はい、ではあなたのお名前はなんですかっ?」

 マイクを向けられ、

「お、俺は……クロクロです」

「クロクロさん、参加費の金貨一枚をいただけますかっ?」

「あ、はい、すいません」

 俺は名を名乗り金貨を手渡した。

 ケッペルさんの顔を振り返り見ると楽しそうに笑っている。

 周りの人たちも「いいぞ、やれやれーっ」「頑張れよーっ」と応援してくれていた。


 ……こうなったらやるだけやってみるか。


「さあ、ではハンマーを持ってください!」

「はい」

 俺は地面に置かれていたハンマーを拾う。

 見た目に反してだいぶ軽い。


「では行きましょう! クロクロさん、お願いいたしますっ!」

 マイクを持った男性の掛け声を受けて俺は、

「えぇいっ!」

 思いきりハンマーを振り下ろした。


 ドゴオオォォーン!


 という音の直後、カアアァァーン!! というベルの音が町中に高らかに鳴り響く。

 重りが高さ十メートルの場所にあったベルを打ち鳴らし、その勢いのまま重りはベルをはじき飛ばしていたのだった。


「な、な、なんということでしょうかっ! 装置が壊れてしまうほどの大音量でベルが鳴らされてしまいましたっ!」

「「「うおおおーっ!」」」

 アナウンスのあとに周りにいた人たちが大いに沸く。


「マジかよっ!?」

「ベルごと吹っ飛ばしやがったぜっ」

「なにもんなんだ、あいつっ」


 ざわつきがおさまらぬ中マイクを持った男性が、

「そ、それではクロクロさんには約束の賞金を差し上げたいと思いますっ!」

 十枚の金貨の入った袋を差し出してきた。


「あ、どうも」

 俺はそれを受け取りケッペルさんの方を向くとケッペルさんは白い歯を覗かせ「やったな、クロクロ!」俺にグーサインを作ってみせた。


「これがイリーナばあさんへの届け物だ。しっかり渡しといてくれ」

「わかりました」

 俺はケッペルさんから布でくるまれた何かを預かると大事に抱える。


「あの、本当に金貨全部貰っちゃっていいんですか?」

「ああ、それはあんたが自分の力で稼いだ金だ。気にすることはない」

「そうですか、ありがとうございます」

「じゃあおれは祭りで書き入れ時だからな、店に戻るぜ。クロクロ、また来いよ」

「はいっ」

 走って道具屋に戻っていくケッペルさんの背中に俺はもう一度頭を下げてからノベールの町をあとにするのだった。


 ベータ村への帰り道、砂地で大型の黄色い狼の魔物に遭遇した。

 おそらく奴が話に聞いていたサンドウルフだろう。

 ケッペルさんからの預かりものを大事に小脇に抱えながら俺は襲い来るサンドウルフを迎え撃った。

 カレンの話では強い魔物ということだったが俺の一撃でサンドウルフは地面に沈んだ。


 うすうす気付いてはいたが、やはりどうやら俺はこの世界ではかなり強いらしい。

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