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第4話

「ここがベータ村で~、こっちがノベールの町だよ」

 テーブルに広げた地図をカレンが小さな手で指差す。

 俺はこの辺りの土地勘がまったくないのでノベールの町への行き方をカレンに教えてもらっていた。


「それでね、ノベールの町に行く途中には広い砂地があるんだけどそこにはサンドウルフっていう強い魔物が出るからいつもイリーナおばさんはそこを避けて遠回りしてるみたいなんだ~」

「ふーん、そうなのか。でも冒険者っていう人を連れてるんだろ。それでも遠回りするのか?」

「うん。冒険者にはランクがあってね、強い人ほど雇うのにうんとお金がかかるの。だからイリーナおばさんはいつもランクの低いあんまり強くない冒険者を雇っているんだよ」

「へー」

 イリーナさんがお金に対してシビアなのかそれともベータ村にあまり経済的な余裕がないからなのかはわからないがそうやって冒険者に払うお金を出来るだけ節約しているようだな。


「でもクロクロなら大丈夫だよ、だってゴブリンを素手で簡単に倒しちゃったんだもんっ」

「そうか? でもサンドウルフってゴブリンと違って強いんだろ。だったら俺も遠回りした方がよくないか?」

「でもでも遠回りするとすごく時間かかっちゃうよ。今日中には帰ってこれないかも」

 とカレンは俺を見上げて言う。


「それにクロクロくらい強ければサンドウルフなんてへっちゃらだよ、きっと」

「本当か?」

「うんっ」

 何を根拠にしてか、カレンは力強くうなずいた。

 だがまあカレンの言うことも一理ある。

 俺は神様によって重力が十分の一の異世界に生き返らせてもらったから神様曰はく俺はこの世界では超人なのだそうだ。


 ゴブリンを倒した時も実は全力を出してはいなかったしな。

 サンドウルフとやらがどの程度強いのかは知らないが俺は一刻も早く自分の家が欲しい。

 心穏やかにのんびり暮らすにはまず自分専用の落ち着ける場所がないとな。


「じゃあカレンの言う通りにしてみるかな」

「うん、それがいいよっ」


「それじゃ行ってくる」

「は~い、いってらっしゃいクロクロっ」

 俺はカレンに見送られカレンの家をあとにするとそのままベータ村を出た。


 さっき見て覚えた地図を頭に思い浮かべながら草原を歩く。

 気持ちのいい朝。

 時折り涼しい風が頬を撫でていく。

 俺は広い草原を意気揚々と突き進んでいった。


しばらく歩いているといつの間にか太陽が真上に昇っていた。


「少し休憩するか」

 俺は日陰を探して大きな木の下に身を寄せる。


「ふぅ~」


 木陰に腰を下ろしてなんとはなしに周りを眺めてみた。

 辺りには建物は一切見えずただ草原が広がっているだけ。

 俺はそよぐ風を肌で感じながらポケットの中の金貨を指で転がしつつ雲一つない空を見上げていた。


「はぁ~、いい天気だなぁ」

 すると、

 がさがさっ。

 何やら物音が聞こえた。


「ん?」

『ピキー!』

 音のした方を振り向くとそこには青色の小さな魔物がいた。

 俺を威嚇するように体をぷるぷると揺らしている。


「あれ? こいつってもしかして、スライムか……?」

 RPGの序盤でお世話になる最弱クラスの魔物、スライム。

 そのスライムが今まさに俺の目の前に姿を現していた。


『ピキー!』

「そんな警戒するなよ。俺はお前には用はないよ」

 ゴブリンとは違ってかなり可愛らしい容姿をしているスライムを倒す気にはなれない。

 俺はスライムを追い払うように「しっしっ」と手を振る。


『ピキー!』

 だが俺の言うことが理解できていないのかスライムは今にも飛び掛かってきそうなほど興奮していた。


「まいったな」

『ピキーッ!』

 と次の瞬間スライムが座っている俺に向かって体当たりをしてきた。

 俺は条件反射的に手でばしっと払いのける。


『キュ~……』

 スライムはその一発で地面に倒れてしまった。


「まったく……まあいいや、ある程度休んだし行くか」

 俺は倒れたままのスライムを横目に立ち上がるとその場をあとにする。


 目指すはノベールの町。

 俺とノベールの町の間にはサンドウルフが出るという広大な砂地が待ち構えているのだった。


「ここがカレンの言ってた砂地だな」

 俺の目の前には辺り一面砂地が広がっている。


「確かにこれを遠回りするとなるとかなり時間がかかりそうだ」

 俺は急いでいたので砂地を突っ切っていくことにした。

 ざっざっと砂を踏みしめながら歩いていく。

 太陽も真上に位置しているのでまるで砂漠にいるかのような錯覚に陥りそうになるも俺は額の汗を手で拭ってひたすら先へと進んだ。


 一時間後、幸いにもカレンが話してくれたサンドウルフとやらは一体も現れることなく砂地を抜け出ることに成功した俺はその足でノベールの町にたどり着く。


「ノベールの町にようこそっ」

 町に一歩足を踏み入れると町の入り口にいた女性が話しかけてきた。


「今日はノベールの町の年に一度のお祭りなんです。ぜひ楽しんでいってくださいねっ」

「へー、そうなんですか」

 ものはついでなので道具屋の場所を訊ねてみる。


「ちなみに道具屋ってどこですかね」

「道具屋ならここを真っ直ぐ行った突き当たりにある青い屋根の建物がそうですよ」

「ありがとうございます」

 俺は女性に頭を下げると教えてもらった通り町の中を歩いていく。

 ノベールの町はお祭りというだけあってとても賑わっていた。

 町のあちらこちらに出店があって道行く人たちはみな笑顔で陽気な音楽とともに踊っている人たちも見受けられた。

 俺はそんな楽しそうな様子を微笑ましく眺めながら道具屋へと向かう。


「青い屋根の建物……ここだな」

 俺は道具屋に着くと早速中へと入った。

 道具屋の中には若い男性が一人いて俺に気付くと「あ、いらっしゃいませ……」とやや小さめな声で出迎えてくれた。


「あの、聖水が欲しいんですけど」

「聖水ですか……聖水は今は在庫がなくて……すみません」

「えっ、聖水ないんですか? 一つも?」

「はい……すみませんが」

 男性はうつむき加減で答える。


「まいったなぁ。うーん……」

 勢い勇んで出てきたのにイリーナさんになんて言えばいいんだ。

 聖水が一つもないだなんて思ってもいなかったぞ。

 ここまで来ておいてさすがに手ぶらでは帰れない。

 するとそんな俺を見てか、男性は控えめな口調で話しかけてきた。


「じ、実は今ぼくの父親が聖水を仕入れに行ってるんですけどまだ帰ってこないんです。本当ならもうとっくに戻ってもいい頃なんですけど」

「仕入れにってどこに行ってるんですか?」

「すぐ近くにあるロレンスの町です」

「もしかしてそこに行けば聖水買えたりしますか?」

「え、ええ、まあ」


 そういうことなら話は早い。

 俺が直接ロレンスの町とやらに行って聖水を買えばいいだけのことだ。

 もしその道中でこの男性の父親に出会えたらその時は売ってもらえばいい。


「すいません、ロレンスの町への行き方を教えてもらえますか?」

「あ、はい、いいですよ」

 俺は男性にロレンスの町までの行き方を教えてもらうときびすを返す。

 そしてお祭り騒ぎのノベールの町をあとにした。

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