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第24話 次の取材のネタ

 前回の合宿から一週間が過ぎた。

 学校では期末テストが終わり、本格的に夏休み直前へと差し掛かっている。

 布姫、水麗、唯織ちゃんのおかげで、今回は一つも赤点を取ることもなく、余裕の気持ちで夏休みを迎えられる。

 ……今考えてみると、この三人による勉強の強化合宿は、まだ補習を受けた方がマシだったんではないかと思えるほど苛烈なものだった。

 ただ、過ぎてしまった今ではやはりあの勉強会はしてもらって良かったと思える。

 補習なんて受けない方がいいし、中年のおっさんからよりも、現役の女子高生から勉強を教えてもらう方が遥かにマシだ。

 ……若干、今の言い回しが、自分でもおっさんぽく感じたのは置いておくことにする。

 とにかく、補習を免れたということで、軽い足取りで部室へと向かう。

 廊下にいる生徒たちも、どこか浮かれているように見える。

 時折、「夏休み、どうする?」なんて言葉も聞こえてくるから、浮かれているように見えるのは僕の心情のせいだけじゃないのは確かだろう。

 夏休み、どうする、か。

 この一週間、耳にタコができるほど聞いたフレーズだ。

 そう考えると少しだけ部室へ向かう足取りが重くなってくる。

 っと、あれ?

 部室が見え始めたとき、僕はある生徒が我が新聞部の部室の中をドアの隙間から覗いているのを見つける。

 ウェーブのかかったショートカットの女の子。華奢な体にかなりの童顔で、可愛らしい。

 一年生だろうか。

「もしかして、入部希望者?」

「ひゃんっ!」

 僕が声をかけると、その女の子は飛び跳ねるようにして後づさる。

「ご、ご、ごめんなさい!」

 その女の子はペコペコと頭を下げて、走り去っていった。

 ……しまった。驚かせてしまったか。

 うーん。せっかくの入部希望者だったかもしれないのに。

 落ち込みながらも、部室のドアを開けようと取っ手に手をかける。

 そのとき、ふと、甘い花のような匂いがすることに気づいた。

 ……香水?

 もしかしたら、さっきの女の子が香水をつけていたのかもしれない。

 香水っておしゃれさんだな、と思いながらドアを開ける。

「絶対に海!」

「あら、暑い日の温泉というのも格別だと思うわよ」

「……夏は肝試し……が定番かと……」

 まるでデジャブかと思うような、そんな光景。

 昨日から延々と、まるでループしているかのようにまとまらない議題を話し合っている布姫、水麗、唯織ちゃんの三人。

 本当は、夏休みの新聞部の合宿内容を話し合っていたはずだが、いつの間にか夏休みに何がしたかに議題がシフトチェンジしていた。

 この暑い中、よくそこまで熱くなれるよな。

 僕が入ってきたことに対し、誰一人、視線すら向けてくれないことに凹みながらも、椅子に座る。

 三人がしている激論に入る気力と、元々発言権がないので終わるまでぼんやりと見ているしかない。

 暑さで自然と額から汗がにじみ出る。まだまだ夏は終わらない……というより、これからが夏本番なのだから当然といえば当然だろう。

 窓から入ってくる風もやっぱりヌルい。

「ワン!」

 ひょっこりと開けた窓から、白い犬の『クロ』が部室内に入ってくる。

 クロは前回の、教室に現れる妖精の犯人……もとい、犯犬だ。

 調べてみたところ、クロは飼い犬ではなく野良だということがわかった。

 記事で取り上げてしまったことにより、保健所行きなどいう話も学校側から持ち上がり、放っておくのも気が引けたので新聞部で飼うことにしたのだ。

 もちろん、放し飼いではなく首輪とリードをしている。ただ、リードは長めで大体四メールくらいは動き回れるようにしてある。

 だからこそ、犬小屋の傍にリードをしていても、新聞部の部室内に入ってこられるのだ。

 クロは僕の顔を見るなり、嬉しそうに尻尾を振り、目の前の机の上に座り込む。

 舌を出し、期待の眼差しで僕を見上げてくる。

 暑苦しいから触るのは嫌だったが、こんな目をされたからにはしかたない。

 僕が頭を撫でてやると嬉しそうに目を細め、今度はお礼とばかりに僕の手をペロペロと舐めてきた。

 クロは唾液が多めなので、僕の手はべっとり濡れる。

 これがあるから、あまり撫でたくないんだよなぁ。

 ちなみに、クロと名付けたのは布姫だ。

「白いからシロというのも安直でしょ?」

 ということらしい。

 だからって、クロにするのもどうかと思うんだけど。

「じゃあ、じゃんけんで決めよう! 三十回勝負!」

「チェスならお相手するわよ」

「……百物語で」

 話は脱線し、今度はどうやって決めるかの勝負内容へ移行したらしい。

 ……唯織ちゃん。百物語は勝負じゃないよ?

「取りあえずさ、次の合宿の取材内容を決めようぜ」

 このまま放っておくと、絶対に議論は終わらないので、僕は新しい議題を放り込むという形で、一旦話を先送りにする。

「確かに、そっちの方が優先すべき問題ね」

「うーん。七不思議の調査かー。結構、ネタ尽きて来た感があるよね。いおりんは何かある?」

「そう……ですね」

 水麗に話を振られ、唯織ちゃんはポケットから小さなメモ帳を出してペラペラとめくり始める。

「最近の噂ですと……赤舐め小僧と、増える鏡くらい……ですかね」

「ん? どっちもあまり聞いたことがない七不思議だな。どんな噂なんだ?」

「は、はい。えっとですね……。赤舐め小僧の七不思議は、朝学校に来ると特定の生徒の特定な物に唾液のようなものがついている、という噂です」

「特定な物? 何かしら?」

「リコーダーです」

「……」

 唯織ちゃんの言葉に、僕と布姫、水麗が沈黙する。

 そのことで、唯織ちゃんは顔色が真っ青になった。

「ふあ? ど、ど、どうかしましたか? あたし、変なこと言いましたか?」

「ああ、いや。七不思議っていうより都市伝説に近いなって思ってさ。本当にやる奴いるんだな」

「ふっふっふー。いおりん。その特定の生徒っていうのは女生徒じゃないかい?」

「ええ? どうしてわかるんですか?」

「うわあ。さっきは聞いたことないって言ったけど、ベッタベタだな」

「は、はい。リコーダーはベッタベタらしいです」

「……いや、そういうことじゃなくて」

 布姫がふう、と大きくため息をついてポンと唯織ちゃんの肩に手を置く。

「唯織さん。その七不思議の調査は必要ないわ。だって、内容も犯人もわかっているんですもの」

「犯人も……ですか?」

「女の子のリコーダーを舐めるなんて下劣なことをする人間は――佐藤くん、あなたしかいないわ!」

 まるで名探偵が最後に犯人に対してするように、どや顔でビシッと僕を指差す布姫。

「……言うと思ったよ」

「否定は無しのようね。唯織さん、やっぱり佐藤くんが犯人よ」

「違う違う! あくまで否定した上での、言うと思っただ!」

 なんだよ、そのトラップのような会話のやり取りは。まったく、油断も隙もあったもんじゃない。

「それで、それで? もう一つの、増える鏡っていうのは、どんな噂?」

 水麗がパッと話題を先に進める。僕と布姫だけだと不毛な会話が続いてしまう為の措置だろう。この辺のソツのなさは、さすが水麗というべきだ。

「はい。文字通り、本当は無いはずの場所に鏡がある、という噂です」

「ふーん。鏡ねぇ。まだ階段が増えるという方が派手だよな。鏡なんて、誰でも置けそうだし」

「……すいません」

 しょぼんと落ち込んでしまう唯織ちゃん。

「うわー、達っちん、最低」

「自分ではネタを出さないのに、他人のをダメ出しするなんて……。人間として、いえ、生物として最下級だわ」

「待て! 僕は別に唯織ちゃんに対してダメ出ししたわけじゃないぞ」

「……うう」

 唯織ちゃんは既に涙目になって俯き、両ひざの上で拳を握って泣き出すのを我慢しているというような雰囲気だ。

「お、面白そうだよな! だって鏡が増えるんだぜ! その鏡で僕自身を映してみたいなぁ。なあ、みんな、今度の合宿のネタはこれにしようぜ!」

「……わざとらしいわね」

「達っちんは絶対に役者にはなれないんじゃないかな」

 布姫と水麗がジト目で僕を見る。

 その突き刺さるような視線が、僕の心をえぐっていく。

「……本当ですか?」

 浮き出た涙をハンカチで拭い、顔を上げる唯織ちゃん。

「ああ。もちろん。調べるの、凄い楽しみだよ」

「ありがとうございます」

 泣き顔から一転、パッと明るい笑顔に変わる。

 このギャップは正直に言って萌えるよな。きっと、唯織ちゃんの隠れファンは多いと思う。

 そんな唯織ちゃんの顔を見て、布姫と水麗が顔をしかめる。

「……油断できないわね、この子」

「天然なのがさらに脅威だね。思わぬライバルの出現かも」

 また二人の間でしかわからないことを話している。

 ただ、なにはともあれ、今週の取材の内容は決まったのだった。

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