月曜日の朝。
いつものように、掲示板に新聞を張り出すと登校してくる生徒たちがパラパラと立ち止まって見て行ってくれている。
今回の記事は教室で起こる妖精の悪戯の七不思議だけの記事にしておいた。
どう頑張ってもがしゃ髑髏抜きで走り回る人体模型の七不思議を書けなかったのだ。
妖精は犬だった、というのは分かりやすくて記事も書きやすかったし、読んでいる方もほどほどに納得している。
ただ、どうやって校内に忍び込んでいたかは謎にしておいた。
「あの……達也さん」
「ん?」
不意に制服の背中の部分をクイクイと引っ張られる。
振り向くと、そこには唯織ちゃんが恥ずかしそうに俯いていた。
「少し、お話があるのですが……」
何か思いつめたような表情。
もしかして、土曜日の合宿で本物の妖怪を見たから怖くなったんだろうか?
それで、入部はやっぱり取りやめるとか? くそ、せっかくの新入部員だったのに。
「……ここでは……その……」
「ああ、じゃあ、部室に行こうぜ」
僕がそう提案すると、唯織ちゃんは素直にコクンと頷いた。
部室へ着くまでの間、唯織ちゃんは僕の制服の裾を掴んだまま、後ろを着いてくる。
相当な恥ずかしがり屋っぽいが、逆にこの体勢の方が恥ずかしい気がするのだが。
すれ違う何人かが面白そうな表情でこっちを見てくる。
やや早足で部室まで向かう。
部室に到着し、中を覗いてみるが誰もいない。
唯織ちゃんがわざわざ、朝早くから僕に対して用事があると言ってきたのだから、恐らくは僕だけにしか聞かれたくない話なのだろう。
恥ずかしいから三人の前で発言したくないということも考えられるが。
唯織ちゃんと一緒に部室内へと入る。
チラリと窓の方向に視線を送ると、きちんと閉まっていた。
ホッと胸を撫で下ろす。そもそも、今回の妖精の七不思議は犬が犯人だった……いや、犯犬か、とにかく、直接の原因は犬だったが、そもそも窓を開けっ放しにしていたから犬が入り放題になってしまったというのがある。
「そ、それで、話って何かな?」
唯織ちゃんの方へ向き直る。すると、唯織ちゃんの目には涙が浮かんでいた。
「え? 唯織ちゃん?」
僕が慌てて駆け寄ろうとしたが、逆に唯織ちゃんが僕の胸に飛び込んで来た。
さらに僕の胸に顔を埋めてくる。
「え、えっと……」
「達也さん……。私……私……」
ポロポロと涙が頬を伝って落ちる。
「と、とにかく、落ち着いて。な?」
「私……見えませんでした」
「へ?」
「妖怪……見えませんでした」
あふれ出す涙は止まる気配がない。
「い、いや……えーっと……」
「楽しみにしてたのに……。どうして、見えないんでしょうか?」
「んー……」
今、考えてみると確かに唯織ちゃんの反応が微妙だったところがあった。
穴から骨を拾い出したところとか、がしゃ髑髏が出てきたところとか。
合宿が終わって帰るときに元気がなかったのはそういうことだったんだ。てっきり疲れたからとばかり思っていた。
「何か……えっく……特殊な……えっく……儀式がいるんでしょうか?」
嗚咽交じりで必死の眼差しで僕を見てくる。
余程、妖怪が見たいのだろうか。ホラーマニアって話してたからなぁ。
「そんなことはないはずだけど……」
僕も色々考えてみるが、特に変わったことはしていないはずだ。
僕たち三人が見えていたから、てっきり全員が見えるものだと思っていた。
「ふ、ふ、ふえーーーん」
唯織ちゃんが僕の胸の中で泣きじゃくる。
……どうしたものだろうか? これを傍から見られたら……特に布姫や水麗に目撃なんてされたもんなら……。
「ふふふふーん! およよ? ドア、開いてるー。もう、達っちん、窓は閉めたけど今度はドアを開けっ放しかよー!」
「なんで、僕のせいにする! って、ちょっと待て! 水麗、入るなっ!」
「なんだ、達っちん、いるんだ? 朝から珍しい……」
部屋に入ってきた水麗が僕と唯織ちゃんを交互に見る。
「……」
「いや、これはだな」
「処刑だーーーー! そこに直れー!」
「ぎゃーーーーーー!」
「なるほど。ありがとう、水麗さん。私の分を残してくれたのね」
「お前は、僕の顔を見て、まだ痛めつけようっていうのか?」
あれから三十分かけて水麗にボコボコにされ、床に正座されられている僕。
顔はおたふく風邪を遥かに凌駕した面積と熱を持っている。
なるほど。試合後のボクサーはこんな風景なのか。
「私は控えめな性格なのよ。止めを刺せればそれでいいわ」
「余計、タチ悪ぃわ!」
唯織ちゃんはというと、部屋の隅で震えていた。あそこまで水麗が豹変するとは思っていなかったのだろう。
「まさか、新入部員の唯織さんに抜け駆けされるとは思ってもみなかったわ」
「うんうん。油断したねー。絶対に、ないと思ったのになー」
「これは、教育が必要ね」
「ひっ!」
チラリと布姫が唯織ちゃんを見る。
「何をする気だ? 止めろ!」
「悪い子猫ちゃんにはたーっぷり心の芯に刻み込んであげないとね。佐藤くんの変態性を」
「そっちかよ! あ、違った! この突っ込みだと、僕が変態だと認めてしまう形になっちまう」
「絶対に手を出さないどころか、半径百メートルに近づくのも嫌になるくらい、達っちんは変態だって教え込まないと!」
「僕の人権を蹂躙するんじゃねえっ!」
「佐藤くんの人権? ……ぷぷっ!」
何言っちゃってんのこいつ、っていう目で見てくる布姫。
ああ、こういうのが一番傷つくんだよなー。
「まあ、いおりんの教育は次の合宿でするとして、まずは土曜日の結果見に行こうよ」
「教育はするんだな……」
これ以上いたぶられるのも嫌なので、水麗に同意してトーテムポールの場所へ行く。
「おお! ほらほら! 見て見て! 顔が増えてるよー!」
水麗の指さす方向には髑髏マーク……いや、がしゃ髑髏の顔が増えていた。
「それでも、先は長いわね」
「んー。そうだねー」
「ああ、そうだ。唯織ちゃん。このトーテムポールなんだけど……」
僕が説明しようとした瞬間だった。
いきなり、トーテムポールが強い、目がくらむほどの光を発し出した。
まるで、最初に見つけた時みたいに。
「きゃあっ!」
「んんっ!」
僕、布姫、水麗が慌てて目を手で防ぐ。
だが、唯織ちゃんだけはトーテムポールを凝視している。
もしかして、これも見えてないんだろうか? それなら、ちょっと可愛そうな気がする。
「……すごい」
ポツリと唯織ちゃんがつぶやいた。
「え?」
「すごいです! 今、この木の柱、光りましたよ!」
今までにないくらい興奮気味の唯織ちゃんがトーテムポールに近づき、ペタペタと触ったり、裏側を見たりしている。
そういえば、水麗も同じようなことをしていたことを思い出す。
「何も仕掛けがありませんね! これは怪奇現象なんでしょうか?」
「……まあ、そうじゃないかな?」
「うふふふ。そうですか。怪奇現象ですか」
泣きじゃくった顔から一転、満面の笑み。やっぱり、唯織ちゃんは笑顔の方が似合う。
「私、新聞部に入って良かったです!」
太陽の光に照らされ、さながら天使のように光っている唯織ちゃんは可愛かった。
こうして、創部から一年と三か月。我が新聞部に新しいメンバーが増えたのだった。