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第21話 意外な正体

 あまり大きな窓ではないので、厳しかった。

 一番苦労したのは水麗だ。胸が引っかかってなかなか通れなかった。

 そこで僕は「胸、抑えておこうか?」というつもりが「胸、揉もうか?」と言ってしまうという痛恨の間違いを犯し、布姫の拳によって、僕の右頬がパンパンに腫れた状態になっている。

 ちなみに、布姫は全く引っかかることなく、スムーズに通り抜けたと考えていると、左頬を拳で打ち抜かれた。

 今、僕の顔は国民的アイドル、あんこが入ったパンのヒーローのように、つやつやと膨れ上がっている。これで、ちびっ子たちの人気は絶頂になるだろう。

 消しゴムを咥えた犬は校舎の裏へと回り、誰も通らないような場所で立ち止まる。

 前足で穴を掘り、消しゴムをポイと中に入れ、今度は後ろ足で穴を埋めていく。

 一連の動作が終わると、再び、新聞部の部室の方へと駆けて行った。

 犬が去った後、掘った穴の部分を掘り返してみる。

 すると、出てくる出てくる。

 大量の盗品。

 チョーク、消しゴム、ペン、スマホのケース、小銭入れ、ストラップ、絵の具、イヤホン。そして……パンティ。

 その全てが白い物だった。

 あ、いや、パンティは今、僕の手によって赤く染まってしまっている。

「……達っちん。パンツ握りしめて、鼻血噴くなんて、変態さんっぽいよ」

「水麗さん、今さら何を言っているの? 前から変態じゃない」

「あ、そっか」

「納得するなよ!」

 違うんだよ。たまたまなんだ。たまたま、僕がパンティを握った瞬間に、暑さのせいで鼻血が出ただけのこと。

 いやー。偶然って怖いね。

「おや? これって、なんだろ?」

 穴の中を物色していた水麗が、一メートルほどの白くて細長い物体を抜き出していた。

「象牙……かしら?」

「そんなの学校に持ってくる奴いるか?」

「なんかの骨……かなぁ?」

「にしてはデカすぎないか?」

「だよねー。多分、人間の肋骨っぽいんだけど、この大きさだと二メートル以上はありそうなんだよなー」

「一本だけじゃないみたいよ」

 布姫も穴を掘り返し、水麗が見つけた物と同じのを数本出している。

「一瞬、標本の骨かと思ったけど、こんなにデカくないからなー。唯織ちゃんはどう思う?」

「え? あ、その……骨、ですか?」

 急に話を振られたせいか、戸惑ったような表情をする唯織ちゃん。

「ああ、ごめんごめん。別に無理やり意見を言う必要はないんだ」

「こうやって見て見ると、結構、色々な物が埋められているわね。お金とかないかしら?」

「白くないから無いだろーし、仮にあっても持ち主に返さんとダメだろ」

「あ、そっか。この穴に入ってるのって、返した方がいいのかな?」

「んー。そうだな。中には大切な物とかもあるかもしれないし。部室から袋とか持ってきて、回収しようぜ」

「……それより、原因を突き止めないと、ここで回収しても繰り返されるだけじゃないかしら?」

 ポツリと布姫がつぶやく。

 確かに、布姫の言うように犬自体をなんとかしないと、また物が無くなると言うことが繰り返されるだろう。

 僕と水麗、唯織ちゃんが、うんうんと頷く。

「私にいい考えがあるのだけど」

「ほう。嫌な予感しかしないが、言ってみてくれ」

「犬鍋にするのよ」

布姫はニヤリと笑ってビッと右手の親指を立てる。

「発想が怖いんだよ!」

「あら、犬を美味しくいただく国もあるのよ」

「冗談よ、と言って欲しかった!」

 僕が頭を両手でガシガシと掻きむしって絶叫しても、布姫は前言を撤回することはなかった。

「あ、あの……。とにかく、犬が学校に入ってきている原因は、新聞部の窓が開けっぱなしだったからですよね……? それを閉めればいいだけかと……」

「!」

「!?」

「っ!」

 僕、布姫、水麗が同時に絶句する。

 数秒後、三人はちらちらと互いを見て、口を尖らせる。

「……お、おいおい。誰だよ、窓を開けっぱなしにして帰ってるの」

「……わ、わたしは違うよ。窓閉め係りでもないしさ」

「……最後の戸締りチェックは部長の役目じゃないかしら?」

「こういうときだけ、部長扱いするなよ!」

「はい! わたしは昨日、一番に帰りましたっ!」

「二番目は私ね」

「嘘を付くなっ! 僕の方が早い! 帰るとき、お前が本を読んでいるのを、僕は見た!」

「残像よ」

「なんだとっ!? あとで、残像の出し方を教えてくださいっ!」

「大体、部長が部員より、先に帰っていいと思っているのかしら?」

「あ、お前、今、昨日、最後に帰ったって認めたなっ!」

 部室の窓を開けっぱなしなのを、他人のせいにする三人。

 ……唯織ちゃんの目にはどう映っているのであろうか? 新聞部の心証がドンドン悪くなっていくのはマズい。ここは部長の腕の見せどころだな。

「まあ、待て待て。こんな不毛な争いをしていても仕方ない。今までのことは忘れて、これからの対策を考えよう」

「開けた人が閉めるたらいいんじゃないかな?」

「窓の開け閉めは全部、佐藤くんに任せると言うのはどうかしら? 一番下っ端なんだし」

「部長だよ! 一番偉いよ!」

「はい! チェック表を作るというのはどうかな?」

「ダメよ。初日から忘れる自信があるわ」

「いや、せめて三日くらいは頑張れよ!」

「やっぱり、佐藤くんが全部やるのがいいと思うわ」

「面倒くさいことを人に押し付けるなっ!」

「四人でローテーションにしたらどうかな?」

「いいわね。じゃあ、佐藤くん、佐藤くん、佐藤くん、佐藤くんの順番でどうかしら?」

「ふざけんなっ!」

 なぜ、この三人で議論をすると、ただの言い争いになるんだ? まあ、主な原因は布姫なんだろうけど。

 お互いの意見を主張し続け、三人が肩で息をし始める中、再び犬が白い容器に入った修正液を咥えて戻って来た。

 僕たちがいるのに、何事もないように穴を掘って修正液を埋める犬。

「とにかく、一旦、部室に戻って窓をしめよう」

「……そうね」

 言い争いで疲れたのか、全員が素直にコクンと頷く。

 部室に戻り、窓を閉める。

 すると白い犬は閉められた窓を前足で、カチャカチャと引っ掻く。

「ふう。これで、入って来れなくなったんだよな?」

「もしかしたら、もう一つくらい、抜け道があるかもしれないよ?」

「そうだな。……そうだと願いたい」

 物が消える、妖精の七不思議の原因が我が新聞部のせいと考えると心が沈んでくる。

 ぜひとも、もう一つくらい抜け道があって、そこから出入りしていたと思いたい。

「少し、様子を見よう」

 十分もすると、犬はクーンと小さく鳴いてから、どこかに行ってしまった。

 さらに十五分ほど耳を澄ませるが、特に犬が校内に入ってきたような音は聞こえては来ない。

 ……やっぱり、うちが原因か。

 はあ、やれやれとため息をつく。

 と、同時だった。それは突然、起こった。

 ダダダダダダッ!

 何かが物凄い勢いで廊下を走るような音が聞こえてくる。

「な、なんだ? この音?」

「……犬かしら?」

「それにしては、音が大きすぎないか?」

「この音の間隔は二本足だと思う」

 水麗の二本足の言葉に、唯織ちゃんがハッとしたような表情をする。

「もしかしたら……もう一つの七不思議かもしれません……」

「もう一つ?」

「……はい。最近流行りの七不思議は、妖精の他に、あるものが走り回ると言うのがあります」

「……うん? あれ? 廊下を走る話か……。なんか、聞いたことがあるような気が……」

 足跡が部室の方へ迫ってきているので、思わず、僕はドアを開けて走る者の正体を覗き見る。

 顔を覗かせた瞬間、走っている者と……いや、物と言った方がいいだろうか。

 とにかく、そいつと目が合った。

 それは――人体模型だった

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