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第20話 妖精の正体

 一階というか、僕らの部室である用務員の隣にある物置部屋。

 隣は用務員室だが、逆隣りは一年生の教室になる。

 部室に来るのはいつも放課後だから、隣が教室だからと言ってうるさく感じることもなかったので、大して気にしていなかった。

 とにかく、隣ということですぐに一年生の教室に行ってみる。

 なんの変哲もない、普通の教室だ。

 他の教室とも差異は見つからない。

 一応、四人で教室を見て回る。

 が、案の定というか、やはり何も変わったところを見つけることはできなかった。

「そういえばさ、どんな物が無くなるんだ……いや、妖精の仕業なら盗まれるか」

「あなたの心です」

 布姫がにやりと笑いながら僕を見る。

「止めろ! お前の発言は色々危険なんだよ!」

 水麗が机の上にちょこんと座ったかと思うと、足を組み、拳を額に当てる。

 いわゆる『考える人』のポーズだ。

「どんな物が盗まれるんだい? 報告してくれたまえ、いおりんくん」

 まるでどこぞの名探偵かのように、落ち着いた口調の水麗。ホームズかな? きっとワトソンくんと、いおりんくんをかけたんだろう。若干、似てなくもないし?

「よく無くなるのはチョーク、上履き、靴下、ペンとかですね。他にはスマホのイヤホンとか、スマホのケースが無くなるなんてことあったみたいです」

「随分とマニアックなものを持っていくんだな。その妖精は」

「まるで規則性もなさそうね」

「いおりんくん。苛め、もしくは悪戯という線は皆無かね?」

「ないと思います。苛めの噂も聞かないですし、特定の人の物がなくなるわけじゃないみたいですから」

「ふむ……」

 考え込む水麗。未だに、考える人のポーズを崩さない。

 そこで僕も何となく、考えてみる。

 まず、本人のうっかりで失くしてしまった、というのはなさそうだ。上履きとか靴下をうっかり失くすって、どんなうっかりさんだよ。

 そして、水麗が懸念していた悪戯や苛めの線も無くはないが、可能性は低そうだ。

 そこで、ふとある考えが浮かぶ。

 ……なんで、そんなものを盗むのか?

 上履きや靴下は、わかる。そういうマニアがいるかもしれないし。

 けど、チョーク? チョークなんて盗んで、何に使うんだ?

 いや、待て。その前に、なんでチョークが盗まれたってわかる?

 教室のチョークの数を把握している奴なんているんだろうか。恐らく、先生だって分からないはずだ。なぜなら、チョークは教室に置いてある共通のものを使う。

 ボキボキとチョークを折る先生だっているから、消費量だってバラバラだ。

 なのに、どうしてチョークが無くなったとわかったのか?

 ……全部、持ってったとか? それなら、一目で分かる。一目瞭然だ。

 そこで僕は黒板のところへと向かう。

 全部持って行ったんだとしたら、既に補充されているかもしれないけど、一応見て見ることにした。

 チョーク入れを引いて中を見てみる。

 そこにはチョークが数本入っていた。

 ……やっぱり、補充されてるか。まあ、全部無くなってるなら当たり前だよな。授業にならなくなる……ん?

 そのとき、僕は何か違和感を覚えた。

 チョークは確かに入っている。入っているけど、なんかおかしい。

 んー。なんだろ?

 何気なく、一本、チョークを手に取ってみる。

 黄色いチョーク。何も変わったところはなさそうだ。

 次に赤いチョークを手に取ったところで、ハッと気づく。

 もしやと思って、隣のチョーク入れも引いて中を見る。

 隣と同じように、チョークが数本入っている。――入っているが。

 やっぱり……。

「どうしたのかしら?」

 布姫が僕の肩越しから、顔を出してくる。

「これ、見てくれよ」

 僕がチョーク入れを指さす。

「……見たわよ。それで?」

「なになに?」

「……?」

 水麗や唯織ちゃんもやって来た。

 布姫と同じように、二人もチョーク入れを見る。

 すると、やはり最初に気づいたのは水麗だった。

「白のチョークがない」

「そう。そうなんだよ」

 チョークで一番使うであろう色は白だ。

 それなのに、この教室のチョーク入れには白が一つもなかった。

「この教室の先生が、白否定派なんじゃないのかしら?」

「そんな派は存在しない」

 なんだよ、白否定派って、全部黄色とか赤とかで書かれたら、どこが重要とかわかんねーし。

「いやいや、布布。この教室で授業する先生は一人じゃないから、その線は薄いと思う」

「佐藤くんは死ねばいい」

「八つ当たり!?」

 絶対にないであろう、自分の推理をまっとうな意見で否定されたからって当たるなよな。

「どうして、白のチョークだけ、持って行ったんだろうね?」

「そうなんだよな。大体チョークなんて、何に使うんだ?」

 腕を組んで不機嫌そうに顔をしかめる布姫の横で、僕と水麗は首をひねる。

 そんな中、唯織ちゃんが黒板消しを置くスペースに顔を近づけて、ジッと見始めた。

「どうかしたのか、唯織ちゃん」

「……こんな物が」

 唯織ちゃんが何かを掴んで、手のひらに載せてこちらに見せてくれた。

「毛?」

 白く、短い、明らかに人間のものではなさそうな毛だった。

「犬の毛かな?」

 水麗が毛を摘まみあげて、マジマジと見ている。

 相変わらず物おじしない奴だ。

 ヤバい毛だったら、どうするんだよ! ……ヤバい毛ってなんだって話だけど。

「犬? なんで、教室に犬の毛なんかあるんだよ。大体、学校に犬なんていない……」

 そこで僕は今日の放課後の、部室でのことを思いだす。

 ――いた。

 確か、あのとき見た犬は白かった。

 でも、どうしてあの犬が教室に?

 と、そんなことを考えている、そのときだった。

 カラカラと教室のドアが開く。

 ヤバい! 用務員のお姉さんか!

 一瞬、身構えたがドアを開けたのは、あの白い犬だった。

 器用に前足と鼻でつついてドアに隙間を作り、そこに前足を入れて器用にドアを開いたようだ。

 その白い犬は僕たちを見て、ビクンと一度震えたが、すぐにトコトコとこっちの方へ歩いてくる。

 そして、黒板消しを置く場所にピョンと飛び乗ると、チョーク置きのところまでやってきた。

 顔を突っ込み、チョークをガサゴソと漁るが、目当てのものがなかったのか、キューンと小さく鳴いてから黒板消しを置く場所から飛び降りる。

 今度は机の上に乗り、机の中に顔を突っ込み始めた。

 僕たち四人は呆然と犬のやっていることを見守る……というかあっけにとられて見ていることしかできない。

「……何してるのかしら?」

「机の中を漁っているんじゃないか?」

「そんなの見ればわかるわよ!」

「じゃあ、聞くなよ」

「何のためにあんなことをしているのかって、意味で聞いたのよ!」

「いや、それはこの場にいる全員が思ってるんじゃないか?」

 水麗も唯織ちゃんも、ただジッと犬のすることをポカンと見ている。

 犬は順番に机に飛び乗っては、中をガサガサと荒らしていく。

 五個目の机を漁っていると、犬が何やら細長いものを咥えて顔を出した。

 白いシャープペンだ。

 犬はペンを咥えたまま机を飛び降り、教室から出て行ってしまった。

「なんか、ペンを持って行ったわよ?」

「……そうだな」

 僕は狐につままれたような感覚に陥った。……って、なんで化かされることをつままれるっていうんだろうか?

「あっ! わかった! あの犬が妖精なんだ!」

 ポンと手を叩く水麗。

「え? 犬は犬だろ?」

「違う違う。この教室で物が無くなる、妖精の七不思議のことだよ」

「ああ……。なるほどな。あの犬が物を持って行ってるから、物が消えてたのか。被害者がランダムなのも頷ける」

「でも、なんで、物を持っていくんだろうねぇ?」

「それより、そもそもどうやって入ってきているのかの方が気になるわ」

「……追った方が、いいんじゃないでしょうか?」

 ポツリと唯織ちゃんがつぶやく。

「あ、そうだな! 行こう!」

 僕たちは慌てて教室から出る。

 すぐに廊下を歩く犬の後姿を見つけた。

 ゆっくりと気づかれないように後をつける。

 すると……犬は新聞部の部室に入って行った。

「あれ? どういうことだ?」

「さあ? わからないわ」

「行ってみればわかるんじゃない?」

 水麗に言われた通り、そーっと部屋の中を覗いてみる。

 だが、犬はいなくなっていた。

「……どこ行ったんだ?」

 パッと見渡してみても、犬の姿は見えなかった。

 この部屋は物が乱雑に置かれているから、もしかしたら隠れているのかもしれない。

「ちょっと、手分けして探してみよう」

 四人は散らばって、部屋の中を捜索してみるが、やっぱり見つからなかった。

「きっと、犬の形をした妖精なのよ」

 したり顔の布姫が何を言うのかと思ったら、案の定、斜め上の発言だった。

 僕はもちろん、水麗や唯織ちゃんでさえ、それはないだろと思ったであろう。

「もしかしたら、トリックを使ったとか? ドアの裏側に隠れてて、私たちが犬を探している間に出て行ったとか……」

「ふふふ、水麗さん、なかなかメルヘンな考えね。でも、さすがにそれはないんじゃないかしら」

 肩を震わせて笑う布姫。

 いやいや、お前の犬の形をした妖精説の方がよっぽど無いし、メルヘンだろ。

「窓から……出て行ったという可能性はないでしょうか?」

 唯織ちゃんがオズオズと開けっ放しの窓を指さす。

「え?」

「ん?」

「うむ?」

 三人が同時に窓を見て、声を出す。

 確かに全開だから、あの大きさの犬なら自由に出入りできるだろう。

「……」

 僕たち三人は顔を見合わせた後、肩を落として、俯く。

 なんで、そんな単純なことに気が付かなかったのかと、布姫も水麗も思っているはずだ。

「え? あ、ごめんなさい。あたし、変なこと言ってしまいましたか?」

 あせあせと、手をバタバタと振る唯織ちゃん。

「いやいや。実に優秀な新入部員だと思ってさ」

「うんうん。記者として、目の付け所はいいと思うよ」

「次期、部長として考えてあげてもいいくらいだわ」

 ……なぜか上から目線な発言の僕たち。

 実に格好悪い。

 さらに、唯織ちゃんの推理を裏付けるように、窓から犬が顔を出した。

 犬は僕たちがいるのも構わずに、部室内へと降り立つ。

 夜だから大丈夫だとでも思ってるんだろうか。堂々と、僕たちが立っている間をすり抜けるように颯爽と歩いていく。

「戻って来たわね」

「さっきのペンはどこかに置いてきたってことだよね?」

「ああ、そうだな」

 確かに再び現れた犬はペンを咥えていなかった。

 僕たちは再度、犬の後をつけていく。

 さっきと同じように教室に入っては、机の中を荒らしている。

 今度は白い消しゴムを咥えて、教室を出て行く。

 やっぱり、白い物だった。

 新聞部の部室に入り、窓から外へと出て行く。

 何とか、僕らも身を縮めて外へと出たのだった。

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