一階というか、僕らの部室である用務員の隣にある物置部屋。
隣は用務員室だが、逆隣りは一年生の教室になる。
部室に来るのはいつも放課後だから、隣が教室だからと言ってうるさく感じることもなかったので、大して気にしていなかった。
とにかく、隣ということですぐに一年生の教室に行ってみる。
なんの変哲もない、普通の教室だ。
他の教室とも差異は見つからない。
一応、四人で教室を見て回る。
が、案の定というか、やはり何も変わったところを見つけることはできなかった。
「そういえばさ、どんな物が無くなるんだ……いや、妖精の仕業なら盗まれるか」
「あなたの心です」
布姫がにやりと笑いながら僕を見る。
「止めろ! お前の発言は色々危険なんだよ!」
水麗が机の上にちょこんと座ったかと思うと、足を組み、拳を額に当てる。
いわゆる『考える人』のポーズだ。
「どんな物が盗まれるんだい? 報告してくれたまえ、いおりんくん」
まるでどこぞの名探偵かのように、落ち着いた口調の水麗。ホームズかな? きっとワトソンくんと、いおりんくんをかけたんだろう。若干、似てなくもないし?
「よく無くなるのはチョーク、上履き、靴下、ペンとかですね。他にはスマホのイヤホンとか、スマホのケースが無くなるなんてことあったみたいです」
「随分とマニアックなものを持っていくんだな。その妖精は」
「まるで規則性もなさそうね」
「いおりんくん。苛め、もしくは悪戯という線は皆無かね?」
「ないと思います。苛めの噂も聞かないですし、特定の人の物がなくなるわけじゃないみたいですから」
「ふむ……」
考え込む水麗。未だに、考える人のポーズを崩さない。
そこで僕も何となく、考えてみる。
まず、本人のうっかりで失くしてしまった、というのはなさそうだ。上履きとか靴下をうっかり失くすって、どんなうっかりさんだよ。
そして、水麗が懸念していた悪戯や苛めの線も無くはないが、可能性は低そうだ。
そこで、ふとある考えが浮かぶ。
……なんで、そんなものを盗むのか?
上履きや靴下は、わかる。そういうマニアがいるかもしれないし。
けど、チョーク? チョークなんて盗んで、何に使うんだ?
いや、待て。その前に、なんでチョークが盗まれたってわかる?
教室のチョークの数を把握している奴なんているんだろうか。恐らく、先生だって分からないはずだ。なぜなら、チョークは教室に置いてある共通のものを使う。
ボキボキとチョークを折る先生だっているから、消費量だってバラバラだ。
なのに、どうしてチョークが無くなったとわかったのか?
……全部、持ってったとか? それなら、一目で分かる。一目瞭然だ。
そこで僕は黒板のところへと向かう。
全部持って行ったんだとしたら、既に補充されているかもしれないけど、一応見て見ることにした。
チョーク入れを引いて中を見てみる。
そこにはチョークが数本入っていた。
……やっぱり、補充されてるか。まあ、全部無くなってるなら当たり前だよな。授業にならなくなる……ん?
そのとき、僕は何か違和感を覚えた。
チョークは確かに入っている。入っているけど、なんかおかしい。
んー。なんだろ?
何気なく、一本、チョークを手に取ってみる。
黄色いチョーク。何も変わったところはなさそうだ。
次に赤いチョークを手に取ったところで、ハッと気づく。
もしやと思って、隣のチョーク入れも引いて中を見る。
隣と同じように、チョークが数本入っている。――入っているが。
やっぱり……。
「どうしたのかしら?」
布姫が僕の肩越しから、顔を出してくる。
「これ、見てくれよ」
僕がチョーク入れを指さす。
「……見たわよ。それで?」
「なになに?」
「……?」
水麗や唯織ちゃんもやって来た。
布姫と同じように、二人もチョーク入れを見る。
すると、やはり最初に気づいたのは水麗だった。
「白のチョークがない」
「そう。そうなんだよ」
チョークで一番使うであろう色は白だ。
それなのに、この教室のチョーク入れには白が一つもなかった。
「この教室の先生が、白否定派なんじゃないのかしら?」
「そんな派は存在しない」
なんだよ、白否定派って、全部黄色とか赤とかで書かれたら、どこが重要とかわかんねーし。
「いやいや、布布。この教室で授業する先生は一人じゃないから、その線は薄いと思う」
「佐藤くんは死ねばいい」
「八つ当たり!?」
絶対にないであろう、自分の推理をまっとうな意見で否定されたからって当たるなよな。
「どうして、白のチョークだけ、持って行ったんだろうね?」
「そうなんだよな。大体チョークなんて、何に使うんだ?」
腕を組んで不機嫌そうに顔をしかめる布姫の横で、僕と水麗は首をひねる。
そんな中、唯織ちゃんが黒板消しを置くスペースに顔を近づけて、ジッと見始めた。
「どうかしたのか、唯織ちゃん」
「……こんな物が」
唯織ちゃんが何かを掴んで、手のひらに載せてこちらに見せてくれた。
「毛?」
白く、短い、明らかに人間のものではなさそうな毛だった。
「犬の毛かな?」
水麗が毛を摘まみあげて、マジマジと見ている。
相変わらず物おじしない奴だ。
ヤバい毛だったら、どうするんだよ! ……ヤバい毛ってなんだって話だけど。
「犬? なんで、教室に犬の毛なんかあるんだよ。大体、学校に犬なんていない……」
そこで僕は今日の放課後の、部室でのことを思いだす。
――いた。
確か、あのとき見た犬は白かった。
でも、どうしてあの犬が教室に?
と、そんなことを考えている、そのときだった。
カラカラと教室のドアが開く。
ヤバい! 用務員のお姉さんか!
一瞬、身構えたがドアを開けたのは、あの白い犬だった。
器用に前足と鼻でつついてドアに隙間を作り、そこに前足を入れて器用にドアを開いたようだ。
その白い犬は僕たちを見て、ビクンと一度震えたが、すぐにトコトコとこっちの方へ歩いてくる。
そして、黒板消しを置く場所にピョンと飛び乗ると、チョーク置きのところまでやってきた。
顔を突っ込み、チョークをガサゴソと漁るが、目当てのものがなかったのか、キューンと小さく鳴いてから黒板消しを置く場所から飛び降りる。
今度は机の上に乗り、机の中に顔を突っ込み始めた。
僕たち四人は呆然と犬のやっていることを見守る……というかあっけにとられて見ていることしかできない。
「……何してるのかしら?」
「机の中を漁っているんじゃないか?」
「そんなの見ればわかるわよ!」
「じゃあ、聞くなよ」
「何のためにあんなことをしているのかって、意味で聞いたのよ!」
「いや、それはこの場にいる全員が思ってるんじゃないか?」
水麗も唯織ちゃんも、ただジッと犬のすることをポカンと見ている。
犬は順番に机に飛び乗っては、中をガサガサと荒らしていく。
五個目の机を漁っていると、犬が何やら細長いものを咥えて顔を出した。
白いシャープペンだ。
犬はペンを咥えたまま机を飛び降り、教室から出て行ってしまった。
「なんか、ペンを持って行ったわよ?」
「……そうだな」
僕は狐につままれたような感覚に陥った。……って、なんで化かされることをつままれるっていうんだろうか?
「あっ! わかった! あの犬が妖精なんだ!」
ポンと手を叩く水麗。
「え? 犬は犬だろ?」
「違う違う。この教室で物が無くなる、妖精の七不思議のことだよ」
「ああ……。なるほどな。あの犬が物を持って行ってるから、物が消えてたのか。被害者がランダムなのも頷ける」
「でも、なんで、物を持っていくんだろうねぇ?」
「それより、そもそもどうやって入ってきているのかの方が気になるわ」
「……追った方が、いいんじゃないでしょうか?」
ポツリと唯織ちゃんがつぶやく。
「あ、そうだな! 行こう!」
僕たちは慌てて教室から出る。
すぐに廊下を歩く犬の後姿を見つけた。
ゆっくりと気づかれないように後をつける。
すると……犬は新聞部の部室に入って行った。
「あれ? どういうことだ?」
「さあ? わからないわ」
「行ってみればわかるんじゃない?」
水麗に言われた通り、そーっと部屋の中を覗いてみる。
だが、犬はいなくなっていた。
「……どこ行ったんだ?」
パッと見渡してみても、犬の姿は見えなかった。
この部屋は物が乱雑に置かれているから、もしかしたら隠れているのかもしれない。
「ちょっと、手分けして探してみよう」
四人は散らばって、部屋の中を捜索してみるが、やっぱり見つからなかった。
「きっと、犬の形をした妖精なのよ」
したり顔の布姫が何を言うのかと思ったら、案の定、斜め上の発言だった。
僕はもちろん、水麗や唯織ちゃんでさえ、それはないだろと思ったであろう。
「もしかしたら、トリックを使ったとか? ドアの裏側に隠れてて、私たちが犬を探している間に出て行ったとか……」
「ふふふ、水麗さん、なかなかメルヘンな考えね。でも、さすがにそれはないんじゃないかしら」
肩を震わせて笑う布姫。
いやいや、お前の犬の形をした妖精説の方がよっぽど無いし、メルヘンだろ。
「窓から……出て行ったという可能性はないでしょうか?」
唯織ちゃんがオズオズと開けっ放しの窓を指さす。
「え?」
「ん?」
「うむ?」
三人が同時に窓を見て、声を出す。
確かに全開だから、あの大きさの犬なら自由に出入りできるだろう。
「……」
僕たち三人は顔を見合わせた後、肩を落として、俯く。
なんで、そんな単純なことに気が付かなかったのかと、布姫も水麗も思っているはずだ。
「え? あ、ごめんなさい。あたし、変なこと言ってしまいましたか?」
あせあせと、手をバタバタと振る唯織ちゃん。
「いやいや。実に優秀な新入部員だと思ってさ」
「うんうん。記者として、目の付け所はいいと思うよ」
「次期、部長として考えてあげてもいいくらいだわ」
……なぜか上から目線な発言の僕たち。
実に格好悪い。
さらに、唯織ちゃんの推理を裏付けるように、窓から犬が顔を出した。
犬は僕たちがいるのも構わずに、部室内へと降り立つ。
夜だから大丈夫だとでも思ってるんだろうか。堂々と、僕たちが立っている間をすり抜けるように颯爽と歩いていく。
「戻って来たわね」
「さっきのペンはどこかに置いてきたってことだよね?」
「ああ、そうだな」
確かに再び現れた犬はペンを咥えていなかった。
僕たちは再度、犬の後をつけていく。
さっきと同じように教室に入っては、机の中を荒らしている。
今度は白い消しゴムを咥えて、教室を出て行く。
やっぱり、白い物だった。
新聞部の部室に入り、窓から外へと出て行く。
何とか、僕らも身を縮めて外へと出たのだった。