「おやつは一万円までと勝手に決め打ちしてしまったのですが、宜しかったでしょうか?」
「あー、うん。確実に桁一つ間違えてると思う」
十八時五十分。つまり、集合時間の十分前。
静まり返った学校の裏門に、自分の体よりデカいんじゃないかと思うほどの巨大なリュックを背負った唯織ちゃんが、既に立っていた。
待ち合わせ時間前に誰かがいるなんてことは初めてだったので、ちょっと新鮮だったりする。……布姫も水麗もいつもギリギリ……というか普通に五分は遅刻するからなぁ。
唯織ちゃんの服装はノースリーブ型の白いワンピースだった。
存在感が希薄なせいか、夜の暗がりに見ると幽霊に見えるかもしれない。
まあ、背負っているリュックがあるので今はそんな心配をする必要もなさそうだ。
「そうですか……。こういうのは初めてなので、張り切ってお小遣いを前借りしてきてしまったんですけど……かえって迷惑をかけてしまいましたね」
しょぼんと俯いてしまう唯織ちゃん。
「ああ、いやいや。迷惑なんかじゃないよ。逆に、ありがたい! みんなお菓子大好きだしさ。余ったのは、部室に置いておこうぜ。後で部費から金を出すよ」
五千円か……。年間の部費を全投入しても足りないな。後で、布姫や水麗と三人でカンパし合うしかないな。
「あ、ありがとうございます……」
なんとかフォローしたつもりだったが、唯織ちゃんの表情は曇ったままだった。
もっと励まそうと色々考えたが、いい言葉が思いつかない。
唯織ちゃんは人見知りかつ、無口っぽいので自然と沈黙になってしまう。
一旦、こういう空気になってしまうと、今度は普通の話題を振ろうと思っても「こんな話題で切り出すのもな」となってしまい、なかなか話せないでいた。
そして、そのまま十五分が過ぎた頃、ようやく布姫と水麗がやって来る(やはり普通に五分遅刻している)。
「おおう! いおりん、凄いデカいリュック持ってきたね! これなら山籠もりだって平気じゃないかな?」
「い、いえ……。中身、全部お菓子……です」
水麗の言葉に、恥ずかしそうに俯いて聞き取るのがやっとなくらいの小さな声を出す。
「もちろん、チー鱈は入っているわよね?」
「なんでお前の好物は知ってて当然な言い方をする? 僕だって、お前が、チー鱈が好きなんて初めて知ったぞ。大体、チー鱈はお菓子なのか?」
落ち込んでいる唯織ちゃんに対して、これ以上お菓子の話題を振るのも気が引けるので、僕は早々に部室へ移動することを促す。
「いやー。いつ来ても夜の学校って言うのは、良い雰囲気を醸し出してるねぇ」
「夜の学校……浪漫ですよね」
「お? いおりん、なかなか分かってるねぇ! もしかして、結構、ホラー好きだったりする?」
「はい。寝る前にいつも、ホラー映画を見てます。このあたりの心霊スポットも、制覇しています」
「おお! こりゃ、本格的だねぇ! そうだ、新聞部の中でホラー同好会でも作ろうか?」
「是非」
前を歩く水麗と唯織ちゃんが楽しそうに会話をしている。元気が出てなによりだ。
にしても水麗。新聞部の中でホラー同好会って……。普通に部を作ればいいじゃねーか。
それでなくても、雀の涙以下の部費しかもらってないのに、その中からさらに同好会費を取る気なのか……?
「佐藤くん、ホラー同好会なんて、断固拒否よ。叩き潰すのに協力しなさい」
「心配しなくても、んなもんは作りたくても無理だ。……って、なぜ、既に腕を組んでいる?」
いつもは学校内を探索する際に、僕の両隣に布姫と水麗がいて腕を組んでくるのだが、今日は学校に入る前から僕の隣で腕を組んでいた。
「今日の取材のテーマはなに?」
「あ、言われてみたら決めてないな。って、普通に僕の質問は無視だとっ!?」
よくよく思い出してみれば、学校に入るまでは布姫は水麗にくっついて歩いていた気がする。
そう考えると、布姫って怖がりなのに取材に付き合ってくれているんだよな。部の為にそこまでしてくれるのは、正直嬉しい。
「……布姫。ありがとうな」
「何に対してのお礼かしら? 心当りが多すぎて、絞り込めないわ」
「僕はそこまでお前に借りは作っていない」
などと他愛もない話をしているうちに、部室へと到着した。
何度も侵入しているせいか、油断している気がする。こういうときに見つかるのがオチだったりするので気を引き締めていこう。
水麗と唯織ちゃんが部室に着くまでずっと話していたが、部室に入って振り向いた瞬間、僕と布姫を見て固まった。
そして、ハッとして布姫の前に来てムーっと下唇を噛む。
「ずるいずるいずるいずるい! 抜け駆け禁止っ!」
「ふふん。甘いわね。戦場で敵に背中を見せているのが悪いのよ」
「うがーーー! 例えが上手いのが、また腹立つーーー!」
頭をくしゃくしゃと指で掻く水麗。
前々から気になっているんだが、一体、二人は何を争っているんだろうか?
「むー! 達っちん! この埋め合わせはちゃんとしてもらうからね!」
「なぜ、僕が巻き込まれる!?」
理不尽極まりない。
……もう慣れたけど。
「今日は……何を取材するのでしょう?」
わずかに頬を赤らめ、指をモジモジと絡ませながら唯織ちゃんが問いかけてくる。
やや興奮気味なのかもしれない。さっきもホラーが好きと言っていたし。
新聞部に入ったのも、七不思議についての記事を見たからなのかも。
「さっきも布姫との話題で出たんだけど、ぶっちゃけ、決めてなかったんだよ。布姫、水麗、なにかあるか?」
「……そうねぇ」
「うーん……」
珍しく布姫も水麗も、パッと出て来なかった。もちろん、僕も、二人に聞いたくらいだから何の宛もない。
いつもであれば、このまま部室で話して終わりでも全然良いのだが今日は唯織ちゃんがいる。せっかく楽しみにしていたのに、取材しないでずっと部室で話して終わりというのも可哀そうな気がするしなぁ。
こうなったら、部長である僕がネタを提供するしかない。
脳内の情報を全速力で検索していく。友達との会話を再生していく。
……あ、僕、最近、布姫と水麗としか話してないや。
ネタが思いつかなかった上に、軽く凹んでしまった。
……あ、いや、どっかで……ごく最近、七不思議についての噂を聞いたような気がするんだが……。ダメだ。まったく、思い出せない。
「あ、あの……よ、よかったら、その……調べたい……事案があるのですが……」
おずおずと手を上げる唯織ちゃん。
「そいつは助かる。布姫、水麗、特にないなら唯織ちゃんの案でいいよな?」
「おうよ! 合点承知の助だ!」
「意味がわからんが、オッケーってことでいいんだよな? 布姫はどうだ?」
「内容によるわね。あまりグロイのはちょっと……」
「いや、学校の七不思議でグロはないだろ」
「佐藤くんのグロならいいけど」
「なんでだよ!」
何も決めていない僕たちが選り好みできるわけもなく、今回の取材は唯織ちゃんの案を採用することにした。
「それで? どんな七不思議の調査をしたいのかな?」
「えっと……学校に出る妖精さんの不思議です」
「妖精?」
妖精と聞いて、ぱっと思いついたエピソードは二つあった。一つは寝ている間に仕事をしてくれる、というものだ。是非とも、そっちであってほしい。
もう一つと言えば……。
「はい。物が消えるのは妖精の仕業……というのです」
「やっぱり、そっちか。けどさ、妖精の話って大体家の中ってイメージだけどな」
「うん。そうだねー」
「捕まえたら、どこかの県で二千万、貰えるんだったかしら?」
「それはツチノコだ。お前ら、ツチノコ好きだな」
「ツチノコじゃなくて、お金が好きなのよ」
「色々残念だよ、お前」
いつものように話が脱線し始めたので、大人しく唯織ちゃんの話を聞くことにする。
唯織ちゃんは少し緊張気味にも、興奮気味にも見える。
「学校に出る妖精は、ある特定の場所……教室に出ることが多いそうです」
「へー。その教室が拠点なのかな。で? その妖精が出ることが多いっていう教室って?」
「一階にある、一年五組の教室です」
「一年五組か……。どのへんだっけ?」
「おいおい。達っちん、正気かい? 我々が知らないわけ、あ、ないじゃあーないかー」
なぜか歌舞伎のように頭を一回、回した後、右手を広げて右足を踏み込む水麗。
「え? なんでだ?」
僕の反応に布姫までも、ため息をついて額に指を当てて、やれやれといった具合に首を振る。
お前ら、なんでそんな身振りが大げさなんだ? そこまでして僕を精神的に追い詰めるのが楽しいのだろうか?
布姫はどや顔でこっちを見る。
「ここの隣よ」