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第4話 夜の学校

 午後八時。辺りは完全に闇に包まれている。

 先生たちも帰り、当直である用務員のお姉さんも今頃は用務員室で酒盛りをしているのだろう。校舎に電気がついている教室は一つもない。

 さらに、この学校は人里離れた場所にあるせいか、街灯はもちろん、車も通らないので全く光が刺さないのだ。

 いまある光と言えば、僕が持っている、部室から漁って見つけた懐中電灯だけである。

「記事なんて、適当にでっちあげればいいじゃない」

「いきなり、新聞の存在意義を否定するなよ。……っていうか、どうして、二人は僕にくっついているんだ?」

 布姫は僕の右腕を、水麗は左腕を、まるで恋人が腕を組むようにしてピッタリと寄り添っている。

「あははー。わたしは怖がりなのだー」

 怖がっていることを微塵も感じさせない笑顔で僕を見上げてくる水麗。

「私は佐藤くんが怖くて逃げださないように、連行しているのよ」

 逆に布姫は青ざめた顔で、軽く震えた声で僕を睨んでくる。

 こっちは本当に怖がっているのかもしれない。

 ……それにしても、だ。

 密着されているせいか、さっきから僕の肘に水麗の柔らかくて暖かい、母性の象徴といえるものが当たっている。

 真夜中の学校の怖さなんて吹き飛ぶほどの感触だ。

 当然、右腕の方からも布姫の胸の感触が――ない。

「痛って!」

「殺すわよ」

 みぞおちに布姫の肘がめり込み、僕は咳き込む。

「普通に僕の思考を読むのは止めてくれ」

「死にたくなかったら、思考を止めなさい」

「……なに、その究極の選択。というか、どこの究極生命体だよ」

「佐藤くんが究極生命体になっても、殺す自信はあるけどね」

「僕を殺すことに究極的な自信を持つなよ!」

 布姫は僕を虐めたことでテンションが上がったのか、体の震えが止まり、顔には笑みが浮かんでいる。

 だが、それで僕の腕を離そうとはしないところを見ると、極度の怖がりなんだろうか。

「それはそうと、達っちん。どこに向かってるの?」

 さらにぎゅっと強く腕を掴んできた水麗が、実に楽しそうな表情で僕を見上げてきた。

 そういえば、水麗はずっとこんな調子だ。そんなに、夜の学校が好きなんだろうか。

「いやぁ。伝説のトーテムポールが不発に終わったからさ。次の七不思議の現場に向かおうって思って」

「……次? なによ、次って?」

「お前が言ったんだろ。園芸部のナスビが盗まれるって」

「あなた……自分で、それは七不思議に入らないって言ってなかった?」

 呆れ顔をして、肩をすくめる布姫。

「うっ! い、いいんだよ! 他にネタがないんだから」

「園芸部か……。帰りによく、野菜もらっていったなぁ」

「野菜泥棒はお前か!」

「ちっ! 違うよ! だって、二、三本しかもらってないもん」

「いや、数の問題じゃないだろ」

「そういえば、あそこの園芸部って、野菜ばかり植えてるわよね」

「別にいいんじゃねーの? 野菜だって植物なんだし」

「普通、園芸って言えば花が咲くものを植えると思うのだけれど」

「隠れて、犬でも飼ってるんじゃないのかな?」

「犬は肉食だ」

 そんな馬鹿なことを話しているうちに、園芸部のビニールハウスに到着した。

 中にはびっしりと植物がところ狭しと並んでいるのが見える。パッと見で、その全てが野菜だということがわかった。

 布姫が言うように、これでは園芸というよりは農業って感じだ。

 普通、園芸と聞くと花壇を連想するんだけどなぁ。

 さっそく中を調査しようと思い、入り口まで進み、ピタリと立ち止まる。

「あ、鍵、かけられてるんじゃねーか? 取材のアポでも取っておけばよかった」

「ううん。鍵はかかってないよ。私が十個くらい壊してから、諦めたみたい」

 僕の腕から離れ、手慣れた動作でビニールハウスに入っていく水麗。

「……もう、あいつが犯人ってことでいいんじゃねーか?」

「それだと、真実味が薄いから、佐藤くんが犯人の方がいいんじゃないかしら」

「新聞は真実味じゃなく、真実を書くもんなんだよ!」

「あら、そうかしら。信じさせればそれが真実になることだってあるのよ。真実は時に、幻想になりさがるものだわ」

「さらりと真理を突くなよ! お前は絶対、ジャーナリストになったらダメだ!」

「記者は社会的に認められた詐欺師よ」

「全世界の記者に土下座しろ!」

 まったく、とんでもない思想の持ち主だ。

「ねー、ねー。野菜採らないの?」

 両手にトマトやにんじん、大根を抱えた水麗がひょいと入り口から上半身を出す。

「完全に目的が変わってる! ってか、止めろ! 僕たちも共犯になる!」

「佐藤くん、自首しなさい」

「主犯にされたっ!?」

 取りあえず、水麗が収穫した野菜はビニールハウス内にあったカゴにそっと入れておく。

 そして、問題のナスビが植えてある区画へと向かう。

 確かに布姫の言うようにナスビは、ほとんど収穫済みだった。

「証拠写真ゲット!」

 カシャリとカメラのシャッターをきる水麗。

 ……一体、なんの証拠になるのだろうか?

「どう? 記事になりそうかしら?」

「……いや。まったく。大体、これって普通に園芸部が収穫しただけかもしれねーし」

「園芸部が、ナスビの盗難のことを話してるのよ? 自作自演ってことかしら?」

「あー、まあ、園芸部じゃなかったとしても、水麗のように内部の生徒の仕業かもしれないしな。こういうのは犯人を捕まえないと記事にはできない。かといって、ここで張り込みしたところで、生徒全員が帰った後だから犯人が現れる可能性は皆無だ」

「それなら、ねつ造するしかないわね。佐藤くん、犯人役をやりなさい。これで記事を書けるわ」

「それは記事じゃなくて、告発文だ!」

 僕たちの横では、テンションの上がった水麗が「いいね! その表情良いよ! もっと大胆にいこうか!」と言いながらシャッターを切りまくっている。ナスビの苗に向かって。

 すると、ピタリと動きを止めた。

「あれ? なんだろ、これ」

「ん? なにがだ?」

 水麗が指を差したのは地面だった。ビニールハウス内ということで、地面は全て柔らかい土になっている。

 当然、僕らが通った後は足跡がついているのだが……。

 一目で人間のものではない足跡がある。

「……アヒル、か?」

 平べったい、扇型の足跡。よーく見ると入り口から一直線にこのナスビの苗に向かっていた。

「アヒルはこんな場所にいないし、ナスビを食べないわよ。仮にも記者を目指しているなら、現実的に考えた方がいいわ。きっと、スキューバーダイビングをした後にここに来たのよ」

「そっちの方が非現実的だ! この辺に海はないだろ!」

「新品を買って、テンションが上がってダイビングスーツを着たのかもしれないわ」

「相当痛々しい奴だな。それに、なぜ、スーツを着てここに入る必要がある?」

 しゃがみこんで足跡をジッと見ていた水麗がふむふむと頷き始める。

「アヒルにしては大きいし、フィン(足ひれ)にしては小さいなぁ。歩幅を見ると、十歳くらいの身長だと思う」

 まさか、水麗が一番まともなことを言うとは。僕は内心、驚いてしまう。

 ……そう言えば、水麗って勉強は学年でもトップクラスだったっけ。普段の言動と行動がアレだから、つい忘れてしまう。

「じゃあ、子供がスーツを着て、入ったんだわ!」

「……」

 布姫も同じくらいの学力なのだが、いざというときは残念な奴だった。

「うむ! ワトソンくん。わかったよ!」

「おお! 犯人が分かったのかっ!」

「うんにゃ。わからないことがわかった。これだけの情報だと、ちょっとねー」

「さいですか……」

 結局、園芸部の取材も空振りに終わった。

 スマホを取り出して、時間を見る。

「げっ!」

 既に時間は十時を回っていた。意外と時間が経つのが早い。

 おかしい。学校という場所は時が止まったかのように、時間が経つのが遅い場所だというのに。

 ……いや、まあ、新聞部の活動時間はすごい短く感じるけど。活動してないのに。

「そろそろ、眠くなってくる時間ね」

「いや、早いだろ。子供か」

 眠くはないにしろ、そろそろ、記事を書き始めないとヤバい気がする。

 なんせ、初めて記事を書くのだ。どのくらいかかるのか、想像がつかない。

 布姫の言うように、この場は部の存続の為、ねつ造記事でも書くしかないか。

「おおぅ! そうだ! 思い出した!」

 パンと胸の前でパチンと手を叩く水麗。

「なんだ?」

「七不思議だよ! この学校で、最近、噂になってる七不思議!」

「……ああ、そっか。そうだった。僕は学校の七不思議を調べているんだった」

 一瞬、水麗が何を言ってるのかわからなかった。

 すっかり目的を見失っていたようだ。

「で? どんな七不思議なんだ?」

「場所は音楽室!」

 ビシッとちょうど上の二階の教室を差す。

 そう。確かにあそこは音楽室だ。

「ベートーベンの目が光るんだよ!」

「ベッタベタだなっ!」

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