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第3話 トーテムポールの伝説

「これがそうだよ」

 水麗に連れられて、やって来たのは校舎の外れにある、ちょっとした中庭のような場所だった。

 中庭というより、整備されていないグラウンドといった方がしっくりくるかもしれない。

 赤茶けた土と砂利が混じった地面に、ところどころ雑草が生えている。

 下手をすると新聞部の部室以上に広い空間のど真ん中に、それはそびえ立つようにして存在していた。

 トーテムポール。

 円柱状の木に様々な模様を彫刻したもの。……の、はずなのだが。

「あら、随分と素敵なトーテムポールね。今まで見たことがないほど斬新だわ。私にはただ、木の柱が刺さっているだけのように見えるのだけど」

 そう。そうなのだ。このトーテムポールは何も掘られていない。布姫が言うように、一見すると、ただの四角い木の柱が刺さっているだけだ。

「でも、この学校に代々伝わる伝説として、今でも語り継がれているんだよ」

「いや、そんな話、初めて聞いたんだけど」

「そうね。一年以上、この学校にいるけど、こんなものがあるのはおろか、こんな場所があることすら知らなかったわ」

「よし! じゃあ、お願いしてみよっと! 良い記事が書けますように」

 水麗が二礼、二拍手、一礼をして一生懸命、お願いしをしている。

 うむ。見ていて、実に可愛らしい。……どうせなら、新聞部が潰れないように祈って欲しかったけど。

「まあ、お願いするのはタダだし、してみても損はないわね。それじゃ、私も軽く……」

 布姫が水麗の横に並び、二礼、二拍手、一礼をする。

 あれ? 確か、トーテムポールってアメリカの先住民が作ってたんだよな? お願いするとき、日本式でいいんだろうか?

「佐藤くんが、この世から消えて、さらに関係者全員の記憶からも抹消されますように」

「全然、軽くねえっ! 色々な意味で物凄く重いよ!」

「え? あなた、誰?」

「願い叶っちゃった!」

 水麗がペタペタとトーテムポール(と言っていいのだろうか)を触っている。

「伝説、本当だったらいいねー」

「いや、この女がとんでもないお願いをしやがったから、是非、嘘であってほしい」

「それで、佐藤くん……じゃなかった、知らない人。これで記事書けそうかしら?」

「お前、その面倒くさそうな設定を続ける気か? 僕は付き合わないからな。あと、さすがにこれだけだと、三行くらいしか書けそうにない」

「いいんじゃない? 三行で」

「そんな新聞があるかっ!」

「取りあえず、撮影ー!」

 カシャリと音を立てて、水麗がカメラのシャッターを切る。

 そのシャッター音にビックリしたかのように、校舎の屋根にとまっていたカラスが羽ばたく。

 そのカラスを何気なく目で追う。空は既に朱色から、闇に変わりつつあった。

 日は長くなってきたとはいえ、まだ六月。六時を過ぎれば、暗くなってくる。

 部活も終わったところが多いんだろう。校舎内で電気がついている教室はごくわずかだ。

「佐藤くんはお願いごと、しないの?」

 隣にいた布姫がジッとこっちを見て、そんなことを言ってきた。

 それに釣られてか、水麗も僕の制服の裾を引っ張りながら僕を見上げてくる。

「あ、わたしも達っちんがどんなお願いするか、聞きたい!」

「僕はこんな非現実的なことは信じないタチなんだ。仮にも、真実を追求する新聞記者志望なんだからな」

「ホントに仮よね。まだ一つも記事を書いてないのに、よくそんなこと言えるわね。片腹痛すぎて、もげそうよ」

「うっ!」

 相変わらず、痛い所をついてくる。

 本当のことを言うと、僕は記者ではなく作家になりたいと思っていた。……いや、まあ、現在も思っているのだが。

 では、記事ではなく小説は書いているのかと言うと、そうでもない。それこそ、三ページ……否、三行で止まっている小説(と言っていいのだろうか)が、僕のパソコンの中に量産されている。

 もっぱら、読むのは好きだが書くのは苦手、というやつだ。それでも、将来なりたい職業もないし、取りあえず小説家を目指しているわけなのだが、これが驚くほど進まない。

 それで、部活でなら書く環境を作れば書けるんじゃないかと思い、この『新聞部』を立ち上げたのだ。

 ……なぜ、『新聞部』なのかというと、小説家を目指していると公言するのが恥ずかしかったから。なんとなく、『新聞記者を目指す』とかだったら格好がつくかと思っただけだ。

「信じる、信じないは別として、お願いごとするくらならいいんじゃない? 初詣にお参りするのと一緒じゃない」

「……僕は毎年、寝正月するというのが定番なんだが、まあ、そうだな。たまにはお願い事するのもいいかもな」

「私を彼女にしたいなんてお願いしたら、殺すけど」

「……お前は自信過剰というか、自意識過剰なんだよ」

 まあ一瞬、有りと思ってしまった自分が悔しい。

「わ、わたしは……その……いいよ」

 布姫とは逆隣にいる水麗が両手の人差し指をくるくると回しながら、顔を伏せて言った。

「え?」

「願うのは自由だもんね」

 顔を上げた水麗の顔には満面の笑みが浮かんでいる。

「さいですか……」

 くそ、ちょっとだけドキっとしてしまった。遠回しの告白かと思っちまったぜ。

 僕は一息溜息をついた後、二人に倣って二礼、二拍手、一礼をする。

 願い事……か。

 ふと、両隣にいる布姫と水麗を見る。そんな二人を見て、思い浮かべたのは願い事ではなく……。

 二人に会わせてくれて、ありがとうございました。

 感謝だった。

 活動らしき活動をしていない、怪しい『新聞部』なんてものに入ってくれた二人。

 一年の時に創部した際、どこから聞きつけたのか、二人が入部してきてくれた。

 同じクラスだったから、僕が先生に入部の話を持ち掛けていたのを見ていたのかもしれない。

 それに、逆に活動しないというスタイルが気に入って、新聞部に居続けているのかもしれないが、とにかく、二人がいてくれたおかげで楽しい一年間だった。

 ……まあ、楽しすぎて、一年間まったく記事を書かなかったのだが。

「それで? どんなお願い事したのかしら?」

「聞きたい、聞きたい!」

「あー……。ほら、えっと、願い事って人に話すと叶わないって言うだろ? だから言わない」

「むー!」

「佐藤くんのくせに生意気よ。あなたの人権は私のものなんだから、教えなさい」

「……お前はどこのガキ大将だ。それに僕の人権は僕だけのものだ」

 僕の発言を聞いて、布姫の右の口端がピクリと上がった。本気でイラついたときに出る癖だ。

 ヤバいと思い、何とかごまかそうとしたときだった。

 突如、眼を開けていられないほどのまばゆい光が、トーテムポールから発せられる。

「きゃっ!」

「あうー! まぶしいっ!」

 僕も反射的に瞼を強く閉じる。

 そして、数秒後。

 目を開くとまるで嘘だったかのように光は消え、何事もなかったように辺りは静まり返っている。

「……なんだったのかしら?」

「ゆーふぉー?」

「もしかして、電灯か何か埋め込まれてる、とかか?」

 トーテムポールを改めて見てみたが、それらしい細工は何もない。

 不気味がってか、布姫と水麗の口数が極端に減っている。そのせいで、静寂がさらに強くなった。

 そんなところに、学校のチャイムが鳴る。

 それにはかなり驚き、三人同時にビクリと体を震わせた。

「……もう、こんな時間か。二人とも、もう帰った方がいいぜ」

「佐藤くんはどうするの?」

「僕はもう少し残っていくよ。っていうか、恐らく泊まることになりそうだ」

 新聞部存続を賭けた記事の締め切りは明日。テスト前でも徹夜したことのない僕だが、あの場所を守りたいという気持ちは布姫と一緒なのだ。今日は寝ずに書こうと思っている。

「……仕方ないわね。親には友達の家に泊まると連絡しておくわ」

「わーい! お泊り、お泊りー!」

「なっ! おい! お前ら、何言ってるんだよ!」

「あのね、佐藤くん。部の存続をあなたに委ねるなんて、宝くじ並みの賭けのオッズに全財産を賭けるようなものなのよ。恐ろしくて、眠れないわ」

「お前、さらりと傷つくこと言うなよ」

「きゃっほー! テンション上がるー! 合宿だー!」

 水麗が笑顔を浮かべて、くるくると回っている。

 ふわりとスカートが舞い上がり太ももがあらわになり、さらに少しすかーの下も見えそうだ。

 ずっと見ていると布姫にバレそうなので顔を逸らす。

 ふう、と一息ついて改めて考えてみる。

 確かに、学校に泊まるなんて日常的じゃない行為は、多少なりともワクワクするものだ。

 だけど、どうだろう? 状況が状況である。

「あー、でも、ほら。若い男女が一晩一緒にいるなんて、やっぱマズいだろ」

「大丈夫よ。私は佐藤くんを信じてるもの」

「……」

 なんとも残酷な台詞だ。そんなことを言われては、指一本触れるわけにはいかないじゃないか。

「佐藤くんが手を出せる度胸なんて無い、チキン野郎だってね」

「そっちかよ!」

 こうして、なし崩し的に、グダグダに学校に泊まることを決めたのだった。

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