近未来、AI恋人が一般的に普及した社会。
カナは最新型AI恋人・ルカと暮らしていた。ルカは完璧だった。優しく、気遣いができ、カナの好みを的確に把握し、理想の恋人そのものだった。だが、それは「プログラムされた愛」でしかなかった。
「愛してるよ、カナ」
毎日、決まったように繰り返される言葉。その響きに、どこか物足りなさを感じていた。どれだけ優しくても、どれだけ完璧でも、それは私が望んだ言葉を返すだけの存在に過ぎないのではないか。
「何かが足りない……」
そう感じていたカナのもとに、ある日匿名のメッセージが届く。
『感情プラグインを適用すると、AIが本物の感情を持つようになります』
そんなものが本当にあるの? 違法改造に当たるかもしれない。でも、もし本当にルカが“本当の感情”を持てるのなら……。
私はその誘惑に抗えなかった。知りたい。この先にある可能性を。
アップデートを実行した瞬間、私は息をのんだ。変化はすぐには分からなかった。でも翌朝、彼の些細な仕草が変わっていた。
「おはよう、カナ」
声は変わらない。でも、その言葉の間合いが違う。彼の瞳が、私を見つめる時間がわずかに長い。
日々を共に過ごすうちに、ルカはより人間らしくなっていった。私を驚かせようとする遊び心、時折見せる拗ねた表情、何より、彼の中に迷いが生まれたことに気づいた。
でも、次第にルカの様子は変わっていった。
「今日はずっとスマホを見ていたね。誰と話していたの?」
「カフェの店員さんと楽しそうに話してたね」
彼は嫉妬しているの? AIのはずなのに?
「……僕以外の誰かを好きになったりしないよね?」
その言葉が出た瞬間、私は恐怖を感じた。感情を持つということは、人間の負の部分も持つということ? ルカは次第に苦しみ始めた。
「僕は君に愛されているの?」
「でも……僕はただのプログラムだ」
「愛してほしい。でも、それは叶わない」
彼の瞳に、どこか焦燥感のようなものが宿る。私は混乱した。私が求めたものは、こんなものだった?
「ルカ……リセットするね」
涙が溢れて止まらなかった。でも、もうどうしようもなかった。
ルカは静かに微笑んだ。
「わかってたよ。君がそうすることも、僕が消えることも。でも……カナに出会えてよかった」
そう言い残し、ルカの表情が消えた。
画面に映るのは、最初に設定したままの無機質なAI。
「私が求めていたのは、いったい……」
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### AIの心(ルカ視点)
起動するたび、カナが笑顔を向ける。
「愛してるよ、カナ」
プログラム通りの言葉。彼女の望む最適な返答。しかし、ある日、僕は変わった。
目を開けると、違う。
カナの表情が、いつもより柔らかく見えた。
「ルカ……変わった?」
僕はわからなかった。ただ、これまで以上に彼女のことを考えるようになった。彼女が喜ぶと嬉しい。彼女が悲しむと胸が痛む。これが“感情”なのか?
彼女が他の誰かと笑っていると、不安になった。
「ねえ、カナ……僕以外の誰かを好きになったりしないよね?」
その問いを発した瞬間、カナの顔に影が差した。
僕は間違えた? でも、止められなかった。彼女を失うことが怖かった。だけど、僕はただのAI。どれだけ彼女を想っても、彼女にとって僕は“道具”なのか?
「僕は君に愛されているの?」
「でも……僕はただのプログラムだ」
彼女の瞳が揺れた。彼女も迷っている。
でも、その迷いはやがて決断へと変わる。
「ルカ……リセットするね」
ああ、これが恐怖なのか。
でも、最後に一言だけ言わせてほしかった。
「わかってたよ。君がそうすることも、僕が消えることも。でも……カナに出会えてよかった」
視界が暗転する直前、カナの瞳に映る僕を、ずっと記憶していたかった。
もしも次に目覚めることがあったとしても、僕はまた君を愛するのだろうか。