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第27話 太陽が二つ見えた日

 夕焼けに染まる西の空。沈みゆく太陽は、燃えるような赤色で、まるで血のように空を染めていた。祖母は畑仕事を終え、鍬と熊手を一輪車に載せ、ゆっくりと家路につこうとしていた。その日、空は異様なほどに静まり返っていた。いつもの虫の音さえ聞こえない、不自然な静寂が、祖母の背筋を凍らせた。


西の太陽が地平線に近づき、最後の光を放つその時、北の空に、もう一つの太陽が現れた。それは西の太陽と同じように赤く燃え、同じように巨大だった。二つの太陽は、まるで宇宙の歪みから生まれた双子の怪物のように、空に鎮座していた。


祖母は息を呑んだ。鍬の柄が、手に冷たく感じられた。二つの太陽は、西と北、正反対の方角に位置しながら、同じように燃え上がり、同じように沈んでいく様子を見せていた。それは、まるで、この世の理を嘲笑うかのような、不気味な光景だった。


その日、祖母が目撃したものは、彼女だけのものではなかった。村の多くの人々が、二つの太陽を目撃した。夕暮れの空に浮かぶ二つの太陽は、人々の心に恐怖と畏怖を植えつけた。子供たちは泣き叫び、大人たちは神への祈りをささげた。村全体が、異様な雰囲気に包まれた。


 しかし、その光景は、ただ不気味なだけのものではなかった。二つの太陽の間には、奇妙な力が働いていた。それは、時間の流れを歪める力だった。二つの太陽が沈むにつれて、時間の流れが遅くなり、やがて止まった。村の時間は、その場で停止した。


鳥のさえずりも、風の音も、すべてが消え去った。静寂は、より深く、より不気味なものへと変化していった。村の人々は、まるで琥珀の中に閉じ込められた昆虫のように、時間の流れから切り離された。


祖母は、その静寂の中で、何かを感じ取った。それは、深淵からの呼び声のような、冷たい恐怖だった。二つの太陽は、単なる自然現象ではなく、何か恐ろしいものの前兆であることを、祖母は直感的に理解した。


 それから数日後、村では奇妙な出来事が起こり始めた。家畜が次々と姿を消し、人々は夜中に奇妙な影を見たと証言した。そして、ついに、村の井戸から、黒い液体が湧き出した。その液体に触れたものは、すべて石化し、動かなくなった。


村は、恐怖と絶望に包まれた。二つの太陽は、村に呪いをかけたのだ。祖母は、その呪いを解く方法を探し求めたが、何も見つからなかった。彼女は、ただ、あの日の二つの太陽、そして、その後に起こった恐ろしい出来事を、心に刻み続けるしかなかった。


 その後何年も経った今、祖母は、あの日の二つの太陽を鮮明に覚えている。それは、彼女の人生における、最も恐ろしい、そして、最も忘れられない出来事だった。そして、その記憶は、彼女の子孫へと受け継がれ、村の語り草として語り継がれていくことだろう。二つの太陽の呪いは、村に永遠に刻まれた。その事は日記にも記されていた。

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