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第26話 謝る女

 私がまだ小学生だった頃、忘れられない出来事があった。それは、真夏の夜のことだった。蒸し暑くて眠れない夜、私は布団の中で目を覚ました。時計を見ると、午前2時を回っていた。


部屋は真っ暗で、窓の外から聞こえる虫の音だけが、不気味に静寂を破っていた。ぼんやりと天井を見上げていると、視界の端で何かが動いたような気がした。目を凝らしてみると、部屋の隅に、青白い光が漂っているのが見えた。


最初は、月の光が窓から差し込んでいるのかと思った。しかし、光は窓の方向とは反対側にあり、しかも、何かが動いているように見えたのだ。じっと見ていると、光が次第に形を現してきた。それは、女性の姿だった。


女性は、白い着物のようなものを着て、床に跪いていた。そして、誰かに向かって、何度も何度も頭を床に打ち付けているのだ。その姿は、まるで深く罪を犯したかのように、必死に謝罪しているようだった。


私は、恐怖と好奇心で体が震えた。一体、何が起きているのだろうか?この女性は、誰に謝っているのだろうか?そして、この青白い光は、一体何なのだろうか?


しばらくの間、私はその光景をじっと見つめていた。女性は、頭を打ち付けるたびに、小さな悲鳴のような声を上げていた。その声は、私の心に深く突き刺さり、恐怖を倍増させた。


やがて、女性は頭を打ち付けるのをやめた。そして、ゆっくりと私の方を向いた。その瞬間、女性の顔は、先ほどまでの悲しげな表情から一変した。鬼のような形相で、私を睨み付けてきたのだ。


その目は、血走っていて、まるで生き物のように光っていた。口元はゆがんでいて、鋭い歯が覗いていた。私は、全身が凍り付いた。この女性は、人間ではないのではないだろうか?


女性の視線は、私を離れなかった。まるで、私の魂を奪おうとするかのように、鋭く突き刺さってきた。私は、恐怖で声を上げることも出来なかった。ただ、じっと女性の顔を見つめ、逃げ出すことも出来ずにいた。


女性は私を睨み付けていた。そして、突然、消え去った。青白い光は、まるで霧のように、ゆっくりと消えていった。


私は、布団の中で震えながら、目を閉じた。何が起きたのか、さっぱり分からなかった。しかし、女性の鬼のような形相は、私の脳裏に焼き付いて離れなかった。


 翌日、私は祖母にこの出来事を話そうとした。しかし、言葉が出てこなかった。あまりにも恐ろしい経験だったため、祖母に話せるような状態ではなかったのだ。


それから何年も経ったが、私はあの夜の出来事を忘れることが出来ない。あの女性は、一体何だったのだろうか?今でも、時々、あの青白い光と、女性の鬼のような形相を思い出してしまう。そして、あの夜、私は一体、何を見たのだろうか?と自問自答する。


あの女性は、もしかしたら、私の家の過去に関係している存在なのかもしれない。あるいは、単なる悪夢だったのかもしれない。しかし、あの女性の鬼のような形相は、現実だったと私は信じている。


 今でも、真夏の夜になると、あの夜の出来事を思い出してしまう。そして、あの女性が再び現れるのではないかと、恐怖に慄く。あの夜、私は、本当に恐ろしいものを見たのだ。そして、その恐怖は、私の人生に深い影を落とした。


 あの夜の出来事以来、私は、暗い場所を歩くのが怖くなった。そして、夜になると、必ず明かりをつけたまま眠るようになった。あの女性の顔は、私の心に深く刻み込まれ、消えることはないだろう。

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