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第23話 山奥の祠

 深い山中に、人里離れた廃村があった。その村は、かつては賑やかだったというが、今は朽ち果てた家屋だけが、苔むした石畳に影を落とし、静かに、あるいは不気味に時を刻んでいる。空気は湿り気を帯び、腐葉土と、何か古びた、生臭い、獣のような香りが鼻をつく。吐き気を催しそうになるほどの不快感と、背筋を凍らせるような寒気が同時に襲ってくる。そして、その廃村の奥深く、鬱蒼とした森の中に、ひっそりと佇む祠がある。地元の人々は、その祠を「血染めの祠」と呼び、近づくことさえ恐れていた。その理由は、決して口伝えでは語られない。実際に見た者だけが、その生々しい恐怖を理解するのだ。


 その祠に関する情報は断片的で、曖昧なものばかり。かつて、この村で起きた凄惨な事件。村の娘が、何者かに惨殺され、その遺体が祠の近くに捨てられたという。以来、祠からは、夜な夜な、女性の悲鳴と、何かを噛み砕くような、むしゃむしゃとした音が聞こえるようになり、付近の森では、影が蠢き、不自然な風が吹き荒れるようになったという。 動物の鳴き声すら聞こえない、不自然な静寂が、さらに恐怖を倍増させる。 それは、まるで、息を殺して獲物を待つ獣のような、生きた恐怖だった。


 大学の探検部員である、勇介、美咲、そして先輩の健太の3人は、この廃村と祠を探検することにした。彼らは、地元の古老から、祠に関する恐ろしい話を聞いていたが、好奇心と冒険心の方が勝っていた。しかし、その軽率な決断が、彼らを、想像を絶する恐怖の淵へと突き落とすことになるなど、知る由もなかった。


廃村への道は、険しく、足元は不安定だった。朽ち果てた家屋は、まるで彼らの侵入を拒むかのように、黒ずんだ木造の骨組みをむき出しにし、不気味な影を落としていた。 時折、聞こえる風の音さえ、人間の息遣いに聞こえ、彼らの背筋を凍らせた。 湿った土の匂いと、腐敗臭、そして、かすかに漂う血の臭いが鼻をつき、吐き気がこみ上げた。 足元には、無数の虫が蠢き、彼らの肌を這う感触が、さらに恐怖を煽った。


 祠にたどり着いた時、3人は言葉を失った。祠は、想像をはるかに超える惨状だった。 朽ちかけた木造の建物は、まるで生き物のように、ひび割れ、歪み、崩れ落ちそうだった。 祠の表面には、無数の傷があり、ところどころに、黒く焦げた跡が残されていた。 その焦げ跡からは、まだ焦げ臭さが漂っていた。 そして、祠の周囲の地面は、不自然なほどに赤く染まっていた。 それは、乾いた血痕ではなく、まるで、まだ生々しい、濡れた血のように、鮮やかな赤色だった。 その血の臭いは、想像を絶するほど強烈で、3人の吐き気を誘った。


 勇介が、祠に近づこうとした瞬間、冷たい風が吹きつけ、彼の肌を刺すように冷やした。 その風は、まるで、怨念を帯びた刃物のように、彼らを切り裂こうとしていた。 空気は、重く、澱んでおり、呼吸をするのも困難だった。 そして、祠の奥から、かすかな、しかし、明らかに人間の悲鳴のような声が聞こえてきた。 それは、絶望と恐怖に満ちた、魂の叫びであり、同時に、何かを噛み砕くような、むしゃむしゃとした音が混ざり合っていた。 その音は、人間の肉体が、何かによって貪り食われているような、生々しい音だった。


 美咲は、恐怖に慄き、勇介の腕にしがみついた。彼女の指先が、冷たく、震えていた。 彼女の瞳孔は開ききり、恐怖で充血していた。 健太は、懐中電灯を祠の奥に向けた。 光が当たった瞬間、3人は、その光景に言葉を失った。 血で染まった古い布きれが、無造作に散乱し、その上に、人間の骨の一部が散らばっていた。 しかし、それは、ただの骨ではなかった。 骨の一部には、まだ肉片が付着しており、その肉片は、異様な色をしていて、腐敗の進行具合から、つい最近のものだと推測された。 その光景は、あまりにも凄惨で、3人は、嘔吐しそうになった。


 さらに、彼らは、祠の奥に、鉄製の古びた木箱を発見した。 その木箱は、まるで、何百年もそこに放置されていたかのように、錆びつき、腐食していた。 木箱の表面には、無数の傷があり、ところどころに、血痕のような赤い跡が残されていた。 鍵はかかっていなかった。 勇介が木箱を開けると、中には、人間の指の骨と、血で染まった日記帳が入っていた。 日記帳の紙は、脆く、触れると崩れそうだった。 しかし、その日記には、惨殺された娘の、恐怖に満ちた最期の言葉が、血のように赤いインクで綴られていた。 そのインクは、まるで、まだ生々しい血のように、鮮やかで、粘り気のある液体だった。 それは、想像を絶する残虐な行為の記録であり、同時に、犯人の狂気と、娘の絶望が、鮮やかに描かれていた。


日記を読み終えた時、突然、激しい地震が起きた。祠は激しく揺れ、壁が崩れ落ちた。その崩れた壁の隙間から、何かが飛び出してきた。それは、血まみれの女性の姿だった。彼女は、鋭い眼光で、彼らを見据え、悲痛な叫び声をあげた。


3人は、恐怖に慄きながら、逃げ出した。しかし、その女性は、執拗に彼らを追いかけてきた。森の中は、暗く、彼らの足元は、不安定だった。彼らは、必死に逃げ続けたが、女性の足音は、すぐ後ろに聞こえた。


彼らは、なんとか廃村から脱出したが、その女性の呪いは、彼らの心に深く刻まれた。そして、彼らは、二度と、その「血染めの祠」には近づかなかった。


 3人は、大学を卒業後、それぞれの人生を歩んだ。しかし、彼らの心に、その夜の恐怖は、消えることはなかった。勇介は、精神的に不安定になり、治療に通うようになった。美咲は、トラウマから、夜になると眠れなくなった。健太は、事件の真相を解明しようと、独自に調査を始めたが、結局、何も分からなかった。


「血染めの祠」の物語は、今もなお、語り継がれている。そして、その祠には、今もなお、悲しみの声が響き渡っているという。

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