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第22話 野焼き

 春の陽射しが、まだ冷たさを残す山里を照らし始める頃。集落では毎年恒例の野焼きが行われる。枯れ草を焼き払い、新しい芽生えを促す、古くからの伝統行事だ。しかし、この山里には、野焼きにまつわる恐ろしい伝承が語り継がれている。


私の祖母は、その伝承を私に語って聞かせたことがある。それは、今から50年以上前の出来事だという。当時、野焼きの責任者だったのは、村で一番腕が立つと言われていた老いた猟師、庄司だった。庄司は、若い頃から山を知り尽くし、火の扱いにも長けていた。そのため、村人たちは彼を信頼し、毎年野焼きを任せていた。


その年、例年以上に乾燥した春だった。枯れ草は燃えやすく、野焼きは予定よりも早く終わった。庄司は、満足げに火を見つめていた。しかし、その時、突風が吹き始めた。今まで穏やかだった風が、まるで生き物のように、勢いよく山肌を駆け上がっていく。


庄司は、慌てて火の勢いを抑えようとしたが、時すでに遅し。突風は、燃え盛る炎を、あっという間に彼のいる場所へと押し寄せた。炎は、あっという間に庄司を包み込み、彼は悲鳴も上げずに、灰と化したという。


村人たちは、恐怖に慄いた。庄司の死は、村に深い悲しみと、野焼きへの恐怖をもたらした。それ以来、野焼きは、村人にとって単なる行事ではなく、危険と隣り合わせの、恐ろしい儀式となったのだ。


それからというもの、野焼きの日は、村全体が異様な雰囲気に包まれるようになった。子供たちは、外で遊ぶことを許されず、家の中でじっと野焼きが終わるのを待つ。大人たちも、普段とは違う緊張感に包まれ、黙々と自分の仕事に励む。


野焼きの煙が、村を覆う頃になると、村のあちこちから、奇妙な音が聞こえてくるようになる。それは、まるで、庄司の亡霊が、村をさまよっているかのような、不気味な音だ。


 ある年、野焼きの最中、私は奇妙な影を目撃した。それは、燃え盛る炎の中に現れた、人影のようなものだった。一瞬のことだったが、その影は、庄司によく似ていた。私は、恐怖のあまり、その場から逃げ出した。


それからというもの、私は野焼きの日に、必ず悪夢を見るようになった。夢の中で、私は、燃え盛る炎に追いかけられ、逃げ惑う。そして、その炎の中から、庄司の顔が現れ、私を睨みつける。私は、恐怖で目を覚まし、心臓が激しく鼓動している。


この悪夢は、私を苦しめるだけでなく、野焼きへの恐怖を、さらに深めている。私は、この山里で生まれ育ち、野焼きの伝統を肌で感じてきた。しかし、庄司の死と、私の悪夢は、野焼きに対する私の考え方を、大きく変えてしまったのだ。


 今では、野焼きは、単なる行事ではなく、危険と、そして、恐怖と隣り合わせの、忌まわしい儀式だと感じている。私は、この恐怖を、いつまでも引きずり続けるのだろうか。そして、この山里に、再び悲劇が訪れることはないのだろうか。


 夜空には満月が輝き、山里全体を照らしている。しかし、その光も、私の心の闇を払拭することはできない。私の心には、今もなお、燃え盛る炎と、庄司の亡霊が、焼き付いているのだ。

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