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第15話 死者と結婚した男

 道端に落ちた封筒。それは、男の人生を根底からくつがえす、呪われた始まりだった。三十路半ば、職も定まらず、日雇い労働で食いつないでいた男は、空腹と焦燥感に駆られて路地裏を彷徨っていた。そこで見つけたのは、白く擦り切れた封筒。中からは大量の現金と、黒く艶やかな髪の毛が姿を現した。


男は金に目がくらんだ。しかし、その夜から奇妙な出来事が始まる。背筋を凍らせる冷気、かすかな女性の悲鳴、そして、部屋の隅で囁く、かすれた声。それは、封筒に入っていた髪の毛の持ち主、亡くなった娘の霊だった。


男は恐ろしい事実を突きつけられる。この土地には、死者の遺品を拾った者はその死者と「結婚」し、残された家族の面倒を見なければならないという、古くからの風習があったのだ。


男は後悔した。しかし、時すでに遅し。霊は男に憑依し、彼の行動を支配し始めた。


ある日、娘を亡くした老夫婦が男の家に訪ねてきた。彼らは怒りを露わにするどころか、男に深々と頭を下げた。

「娘と結婚したのだから、私たちの面倒を見てください」

と。


男は言葉を失った。現金は使い果たし、逃げ出すこともできない。彼は、霊に操られるまま、亡き娘の両親の面倒を見ることを余儀なくされた。


 老夫婦は、娘の死から立ち直れずにいた。男は、彼らのために家事をこなし、畑を耕し、わずかな収入を得るために働きに出た。霊は男の体を蝕み、健康は悪化していったが、男は老夫婦の世話を続けるしかなかった。


男は、老夫婦の悲しみを肌で感じ、娘の面影を老夫婦の顔に見出した。最初は恐怖でしかなかった霊の存在も、次第に、亡き娘の温もりを感じさせるものへと変わっていった。男は、自分が彼女と「結婚」した意味を、少しずつ理解し始めた。


それは、単なる呪いではなく、亡くなった娘の魂が、両親を支えるために男を選んだ、一種の導きだったのかもしれない。男は、霊の囁きを、もはや恐怖ではなく、娘からのメッセージとして受け止めるようになった。


男は、老夫婦と共に生活する中で、少しずつ心を癒されていった。老夫婦も、最初は男を恐れていたが、彼の誠実な態度に心を動かされ、次第に家族のような関係を築いていった。


男は、決して幸せとは言えない人生を送っている。しかし、彼は、自分の選択、そして、亡き娘の霊との「結婚」を通して、何か大切なものを見つけたのだ。それは、金銭では決して得られない、真の繋がりと、贖罪の道だった。


 ある日、男は老夫婦と穏やかな時間を過ごしていた。夕陽が差し込む静かな部屋で、男は穏やかな表情で、娘の霊と、そして老夫婦と、静かに暮らしていた。彼の顔には、かつての絶望は影を潜め、静かな安らぎが宿っていた。

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