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第14話 廃屋の中から

 かつて、私の祖母の家から程近い場所に、一人暮らしをしていたミヨおばあさんがいました。穏やかで優しい人でしたが、数年前に静かに息を引き取りました。親族は相続を放棄し、ミヨおばあさんが住んでいた家はそのまま放置され、廃屋と化しました。彼らは新しい土地へ移り住み、誰もおばあさんのことを覚えていないかのように、彼女の存在は消え去ったかのようでした。


 しかし、祖母は時折、その廃屋の前を通るたびに、奇妙な出来事を経験するようになりました。それは、かすかな、しかし明らかに人の声のような

「うー…。うー……。」

といううめき声です。最初は風の音や動物の鳴き声だろうと片付けていましたが、そのうめき声は、廃屋のすぐ近くでしか聞こえない、明らかに苦しんでいるような声だったのです。


祖母だけでなく、近所の人々も同様の体験をするようになりました。中には、夜中に廃屋の窓から、何かが動いている影を見たという者もいました。その影は、はっきりと人の形をしていたという証言もありました。噂は瞬く間に広がり、廃屋は「ミヨおばあさんの家」として、村の子供たちにとっての肝試しスポットとなりました。


 ある日、勇気を出して廃屋に近づいてみた私は、その異様な雰囲気に圧倒されました。朽ち果てた木造の建物は、まるで巨大な牙をむいた獣のように、私をにらみつけているようでした。窓ガラスはほとんど割れており、そこから見える室内は、埃と闇に覆われていました。


「うー…。うー……。」


再び、あのうめき声が聞こえました。今回は、今まで以上に近く、はっきりと私の耳に届きました。恐怖に震えながら、私はゆっくりと廃屋から離れていきました。


その夜、私は奇妙な夢を見ました。夢の中で、私は廃屋の暗闇の中にいました。埃っぽい空気が私の肺を満たし、どこからともなく漂う、生臭いような匂いが私の鼻を突きました。そして、私の目の前に、ミヨおばあさんが現れました。しかし、夢の中の彼女は、生前の穏やかな姿とは全く違っていました。彼女の顔は青ざめ、目は虚ろで、体はまるで糸で吊るされた人形のように、不自然に揺れていました。


「助けて…。」


彼女はかすれた声で、そう呟きました。その声は、日中私が聞いたうめき声と全く同じでした。私は彼女に近づこうとしましたが、彼女の体は次第に透明になり、最後は消え去ってしまいました。


 私は目が覚めると、全身汗でびしょ濡れになっていました。夢の内容があまりにもリアルだったため、私は廃屋に再び近づいてみることにしました。しかし、今回は一人で行くのではなく、村の若者数人と一緒に行きました。


私たちは、懐中電灯を手に、廃屋の中に入っていきました。埃っぽい空気と、何とも言えない不気味な静寂に包まれた室内は、予想以上に広大でした。私たちは、部屋の中を注意深く探しましたが、何も見つかりませんでした。


しかし、その時、一人の若者が、古いタンスの引き出しから、一枚の写真を見つけました。それは、若い頃のミヨおばあさんの写真でした。彼女は、写真の中で幸せそうに笑っていました。その笑顔を見て、私は初めて、ミヨおばあさんの魂が、この廃屋に閉じ込められているのではないかと感じました。


もしかしたら、彼女は自分の死を受け入れられず、今もなおこの家で苦しんでいるのかもしれません。彼女は、誰かに助けを求めているのかもしれません。


私たちは、その写真を持ち帰り、ミヨおばあさんの供養をすることにしました。そして、廃屋を解体し、彼女の魂を安らかに眠らせることにしました。


 それからというもの、うめき声は聞こえなくなりました。ミヨおばあさんの魂は、ついに安らかな眠りについたのかもしれません。しかし、時折、私はあの廃屋を思い出し、彼女の穏やかな笑顔と、苦しそうなうめき声を同時に思い出します。そして、あの廃屋が、永遠に私の記憶の中に残ることを確信しています。

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