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第12話 日本兵の亡霊

 私の祖母は、いわゆる「見える人」だった。幼い頃から、不思議な体験を何度もしていたらしい。何もないところでつまずいた人を見ると、

「そこに横たわっている人につまずいたの?」と、周囲を驚かせるようなことを平然と言っていたという。その祖母が、戦後間もない頃、親戚が営む大衆食堂を手伝っていた時の話だ。


 当時はまだ貧しく、大衆食堂といっても、今のようないろいろな料理があるわけではなかった。貴重な米や卵を使った料理、シンプルな煮物などが中心だった。若い祖母は、注文を聞いたり、お茶を出したり、厨房が忙しくなると手伝いに駆けつけたりと、忙しく働いていた。


 ある日、二人の客が食堂にやってきた。しかし、祖母にはその二人の後ろに、さらに二人の姿が見えたのだ。そのため、祖母は思わず

「4名様、さあ、こちらどうぞ!」

と声をかけた。先に入った二人は、不思議そうに顔を見合わせ、戸惑っている様子だった。


祖母は厨房にいる親戚にこっそり声をかけた。「お客さん、何人?」

親戚は

「二人だよ!」

と答えた。祖母はもう一度よく見てみた。すると、二人の客の後ろに立っている二人の男性は、明らかに軍服を着た日本兵の姿をしていたのだ。


 その日以来、祖母は「見えないもの」を意識するようになった。一人で行動することは避け、誰かと一緒に行動することを心がけるようになったという。祖母は、その日本兵たちが、何らかの未練を抱えてこの世に留まっているのだと感じていたらしい。もしかしたら、戦死した兵士たちで、故郷に帰りたい、あるいは、家族に会いたいという思いが残っているのかもしれない、と祖母は考えていた。


 祖母が見たという日本兵の姿は、いつも同じではなかった。時には若い兵士、時には年老いた兵士、時には負傷した兵士など、様々な姿の兵士たちが、祖母の前に現れたという。彼らは、決して祖母に危害を加えることはなかった。ただ、静かにそこに立っているだけだった。しかし、彼らの存在は、祖母にとって大きな負担になっていたことは間違いない。


 祖母は、その体験を誰にも話すことはなかった。戦後間もない時代、そんな話をしても、誰も信じてくれないだろうと分かっていたからだ。しかし、時折、私の前で、その話をぽつりぽつりと話すことがあった。それは、まるで、長年抱え込んできた重い秘密を、ようやく打ち明けてくれたかのような、そんな感じだった。


 祖母の話には、いつも不思議な空気感が漂っていた。それは、恐怖というよりは、哀愁のような、切ない感情だった。日本兵たちの姿は、祖母にとって、単なる「怖いもの」ではなかったのだ。彼らは、戦争という悲劇の犠牲者であり、今もなお、苦しみの中にいる存在だった。祖母は、彼らを哀れみ、そして、彼らの安らかな眠りを願っていたのだと思う。


 祖母は、晩年、その「見える力」が弱まってきて、日本兵の姿を見ることはなくなったという。しかし、戦争の悲劇、そして、その犠牲者たちの魂の安らぎを願う気持ちは、生涯持ち続けていた。


 ある日、祖母は私に言った。

「戦争は、本当に恐ろしいものだ。二度と繰り返してはいけない。」

その言葉は、単なるいましめではなく、祖母自身の深い経験と、亡霊たちへの哀悼の念が込められた、重みのある言葉だった。


 祖母が亡くなってから、私は時折、あの日本兵たちのことを思い出す。彼らは、今もなお、どこかで彷徨さまよっているのだろうか。それとも、祖母が願ったように、安らかな眠りについたのだろうか。私は、彼らの魂の安らぎを、心から願わずにはいられない。


そして、祖母の話から、私は戦争の悲惨さを改めて痛感した。戦争は、人々の命を奪うだけでなく、多くの人の心に深い傷を残す。そして、その傷は、時が経っても、簡単に癒えるものではない。祖母が見た日本兵の亡霊は、戦争の悲劇の象徴であり、私たちに、二度と戦争を起こしてはならないという、強いメッセージを伝えているように感じている。


 この物語は、祖母の実体験を基に、ホラー要素を加えて創作したものです。実際には、祖母が見た光景は、もっと曖昧あいまいで、言葉で表現できないものだったかもしれません。しかし、この物語を通して、戦争の悲惨さ、そして、亡くなった人々の魂の安らぎを願う祖母の姿を伝えたいと思いました。

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