この村には、古くから伝わる怖い話がある。「歪んだ影」の話だ。夕暮れ時、
私の祖母は、その話をよくしてくれた。祖母は、この村で生まれ育ち、幼い頃から「歪んだ影」の噂を聞いて育ったのだという。
「昔々、この村には、忌み嫌われた男がいたんだ。村はずれの小屋に一人で暮らし、夜な夜な不気味な儀式をしてな。ある日、男は姿を消し、小屋は焼けてしまった。それからというもの、夕暮れ時に、男の歪んだ影が村に現れるようになったんだ…」
祖母の話によると、その影は、人の形をしているようで、そうでない。伸び縮みし、形を変え、まるで意志を持っているかのように動くという。そして、影に近づいた者は、皆、行方不明になったという。村人たちは、夕暮れ時には外に出ないように、子供たちには決して一人で外を歩かないようにと、言い伝えてきた。
私が十代の頃、村に新しい家が建った。その家は、村はずれの、かつて忌み嫌われた男が住んでいた小屋の跡地に建てられたものだった。ある日、友達と、その新しい家に忍び込んだ。好奇心と、少しの悪ふざけ心からだった。家の中は、まだ家具も何もない、空っぽの状態だった。薄暗く、静まり返った空間は、どこか不気味で、心臓が少し早くなったのを覚えている。
窓から夕日が差し込み、私たちの影が壁に伸びた。その時だった。壁の隅に、私たちの影とは明らかに違う、奇妙に歪んだ影が伸びていることに気づいた。それは、まるで、生きているかのように、ゆっくりと、しかし確実に動いていた。
その瞬間、全身を凍りつかせるような恐怖が襲ってきた。息が詰まり、口が乾き、手足が震えた。影は、人間の影とは明らかに異なっていた。それは、細長く伸びた指のようなもの、不自然に曲がった腕、そして、まるで何かを覗き込んでいるかのような、不気味な黒色の塊だった。
心臓が胸の中で激しく鼓動し、まるで今にも飛び出してきそうな感覚だった。冷や汗が噴き出し、全身が震え、意識が
友達は、悲鳴を上げた。その声は、私の恐怖をさらに増幅させた。私たちは、一目散に家から逃げ出した。振り返ると、歪んだ影は、私たちを追いかけてくるように、伸びてきていた。その速度は、驚くほど速かった。
その夜、私は悪夢を見た。歪んだ影に追いかけられ、逃げ場のない暗闇の中を永遠にさまよう夢だった。息苦しさ、恐怖、絶望… 夢の中でも、あの不気味な影の動き、形、そして、その冷たい視線を感じていた。
それからというもの、私は夕暮れ時、外に出ることが怖くなった。村はずれの新しい家の方向を見ると、いつも、あの影の気配を感じてしまう。心臓がドキドキし、息が浅くなり、全身に鳥肌が立つ。
最近、村では、また行方不明者が出ているという。村人たちは、噂話をするのをやめた。みんな、恐怖に怯えているのだ。私も、その一人だ。
私は、祖母から聞いた「歪んだ影」の話が、単なる昔話ではないことを確信している。それは、今もこの村に存在し、人々を恐怖に陥れているのだ。そして、私は思う。歪んだ影は、単なる影ではない。それは、忌み嫌われた男の怨念、あるいは、何かもっと恐ろしいものの化身なのかもしれない。
夕暮れが近づき、山裾に影が伸び始める。私は、窓から外を眺める。村は、静かに、そして不気味に沈んでいく。そして、私の心にも、歪んだ影が忍び寄る。その冷たい、不気味な影が、私の心を蝕んでいく。
私は、この村を離れるべきなのかもしれない。しかし、この村には、私の家族、私の故郷がある。私は、この村を、この「歪んだ影」を、どうすればいいのか、わからない。この村の言い伝えは、今も語り継がれ、そして、人々の心に、歪んだ影を落とし続けるだろう。