深い霧が立ち込める某県の山奥。かつてそこにあったという村は、地図にも、記録にも残っていない。ただ、地元の古老たちの間で、断片的に語り継がれる忌まわしい伝承だけが、その存在を
その村は、決して訪れてはならない場所だと伝えられている。深い森に囲まれ、獣道のような細い道しかなく、迷い込んだ者は二度と戻って来られないという。そして、村に入った者は、皆、狂気に染まり、あるいは、魂ごと消え失せてしまうというのだ。
その始まりは、村の青年、政夫の異変だった。彼は、ある晩、満月の夜に、突然狂気に染まった。鋭い眼光、血走った瞳、そして手にしたそれは、先祖伝来の、禍々《まがまが》しい形をした刃物だった。
その夜、村は血塗られた修羅場と化した。政夫は、村人一人ひとりを、
翌朝、村は静寂に包まれた。しかし、その静寂は、死の沈黙だった。家々は、血痕と、壊れた家具、そして、散乱した遺体だけが残り、生きた者の気配は一切なかった。
それからというもの、その村は、まるで地図から消し去られたかのように、存在を忘れ去られた。わずかに残されたのは、村の入り口に立つ、朽ち果てた「立ち入り禁止」の看板と、古老たちの間で
その伝承には、様々な異形が語られる。満月の夜に現れるという、白い着物をまとった女の幽霊。森の奥深くから聞こえるという、子供の泣き声。そして、政夫の魂が、今もなお、村を
その村は、決して訪れてはならない場所。それは、生者の領域ではない、魂を喰らう闇の領域なのだ。 そこに足を踏み入れた者は、二度と戻って来られない。そして、たとえ生きて戻ってきたとしても、その魂は、すでにその村の呪縛に囚われているだろう。