「真理愛、試験勉強か? あんまり根詰めるなよ。睡眠は大事だぞ」
水を飲もうとキッチンへ来た真理愛は、そろそろ寝ようとしているらしい父と顔を合わせた。
「うん、もうちょっとだけやったら寝る。大丈夫、無理してないから」
「そうか。まあ、真理愛はちゃんと自律できてるもんな」
何かと信頼してくれている父。
「……ねえ、パパ。あたしが大学入ったら、パパももう自由になっていいからね」
軽く、何気ない調子で口にしたつもりだったが、上手くできていないかもしれない。
「どういう意味だ?」
父の
「だからさ、パパは若いうちからあたしのことばっかりだったじゃない? あたしが居たから、結婚もしなかったんだよね? だからもう、自分のこと考えてもいいのに、って」
「パパがずっと、真理愛のために我慢してると思ってたのか? 真理愛にはパパが不幸に見えた?」
怖いくらい真剣な父に、真理愛は慌てる。
「そうじゃないよ! パパ、ホントにそうじゃない。でも──」
「……あのさ、パパもう四十過ぎたんだよ。今更他人と新しい家庭築くなんて面倒なんだ。いま十分幸せなんだし。──いや、こんなの真理愛に言うことじゃないけど」
確かに、娘に対して告げることではないのだろう。
しかし、真理愛にとってはこの台詞は如何にも父らしく、「幸せだ」という言葉に納得がいく気がした。
「結婚、したかったらしてたと思うよ。でも、そんな気にならなかっただけ。パパの一番はいつも真理愛で、そんな奴が結婚して相手を幸せにできるわけないだろ」
これも、きっと父の本音だ。不器用で、──泣きたくなるほど、優しい。
「……しょーがないなぁ。じゃあ、あたしがパパの傍に居てあげるよ」
「いや、いらない! 真理愛の方こそ自由に生きてくれ。真理愛の幸せがパパの望みだからな」
「いらない、ってひどいじゃん……」
十七歳になった真理愛は、父が幼い頃に抱いていた印象通りの
この人はごく普通の、むしろ年より子どもっぽいところさえある平凡な人間、なのだろう。
これから真理愛が大人になるにつれて、父と娘は疎遠になって行くのかもしれない。それでも。
ただ一つだけ、確かなことがある。
父が真理愛に注いでくれた無償の愛は、どれだけ時が経とうとも決して色褪せることはない。
~END~