「うちの娘さぁ。もう今年から中学生なんだけど、いまだに『パパ、パパ!』なんだよな。親離れできてなくて困るんだよ……」
圭亮の言葉に、同じチームの後輩である
「いや、天城さん。その顔、全然困ってませんよね?」
慌てて緩んでいたらしい表情を引き締める圭亮に、彼は呆れたように笑った。
◇ ◇ ◇
「パパ! こんなとこで寝ないで! もう、お酒臭いよ。やだぁ」
職場の歓送迎会から帰宅した圭亮が、ソファに腰を下ろしてつい身体を横に倒した途端、真理愛の苦言が飛ぶ。
「あ! あー、ゴメン」
「ほら、早くお風呂入って! 絶対ここで寝ないでよね!」
「はいはい。真理愛はもう入ったのか?」
「もうみんな入ったよ。あとパパだけだから」
実際、圭亮も真理愛と暮らし始めて以来、外で飲むこと自体がほとんどなくなった。もともと、特別酒や飲みの席が好きなわけでもないので困らないのだが。
泥酔時の入浴は危険だというが、圭亮は量自体はたいして過ごしていない。
しかし、このままここにいると本当に眠ってしまいそうで、圭亮は立ち上がって風呂場へ向かった。
「……昨夜さぁ、久し振りに飲んだからかソファで寝そうになったら娘に怒られちゃって。ちょっと前まで『パパ大好き~』だったんだよ。なんかこのままだらしないオヤジだって嫌われたら、俺どうしたらいい?」
翌朝のオフィスで、圭亮の泣き言に達大が冷静に答える。
「だらしないところ見せなきゃいいんじゃないでしょうか」
「いや、その通りだけど。ま、でもそうだよな。カッコいいパパで居たいよなぁ」
「天城さん、娘さんはちゃんと親離れできてるんじゃないですか? むしろ天城さんが子離れできなさそう……」
彼が遠慮がちに、それでもズバリ指摘して来た。
「……言ってくれるなよ。自分でも心配してるんだから」
痛いところを突かれ、圭亮は弱々しく呟く。
「でも、僕の娘も『パパあっち行って!』とか言うようになるんでしょうか。今は『パパだいすき!』なんですけど。超可愛いんですけど」
我が身に置き換えてみたのか、急に不安になった様子の達大が零した。
「若林くんの娘さんてかなり小さいだろ?」
「四歳です」
「それならまだまだ! ──あー、だけど周りの話聞いてると、早い子は小学校の低学年くらいでもそんな感じらしいね」
「小学校、ってもうあと何年かじゃないですか……」
圭亮の台詞に彼が悲痛な声を出す。
「いや、だから個人差大きいから。うちの娘は俺の悪いとこビシビシ注意はするけど、『嫌い』とか『あっち行け』とかは言わないし」
「でも、天城さんて僕らが傍から見てるだけでも、娘さんのために凄い努力してる感じでしたもんね。やっぱ結局は、そういう積み重ねなんだろうな」
感心した風な達大に、圭亮は茶化さず真剣に返す。
「それは君も含めて、ここのみんなが協力的だったからってのも大きいよ」
「そうですね、僕も実感してますよ。正直、独身の頃はわかってなかった部分もあったんですけど。……うち共働きですし、保育園のお迎えとかで融通利かせてもらえて助かってます」
彼が声に力を籠めるのに、圭亮も頷いた。
「俺はもう娘も大きくなったし、これからは返して行く方だから。こういうのって順送りだろ。君もそう思って、今は甘えてればいいんだよ。今はね」
「はい、ありがとうございます。僕も、お返しできるように頑張ります」
「まーでも、べったりして来てくれるうちに十分堪能しとけよ。どんなに可愛がったって、いやでも離れて行くよ、子どもは」
冗談めかした圭亮の台詞に、達大は苦笑で応えた。
真理愛が懐いて来てくれるのは嬉しい。
本音を言えば、いつまでも己の手の中にいて欲しいとさえ考えている。けれど娘の成長を思えば、それでは駄目なのも理解していた。
達大の言葉通り、真理愛は徐々に親離れしているのだ。それを寂しく感じるのは、父として無理はないとも思っているのだが。
圭亮に必要なのは、心の準備なのだろう。
いざというときに、すんなり手を離してやれるように。掌から羽ばたく姿を、笑って見送ってやれるように。
……真理愛の重荷にだけはならないように。
誰よりも真理愛が大切で、愛しているからこそ。
~END~