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Friends~お友達~

「子どもが髪の毛染めちゃいけないんだよ!」

 休み時間。

 席に座って、最初にできた友人の伊藤いとう 由良ゆらとお喋りしていた真理愛は、突然横から髪を引っ張られた。


「痛い! やめて、……違う」

西川にしかわさん、やめなよ! 真理愛ちゃん、ほんとにもともとの色だよ!」

 由良が抗議するが、西川 竜太りゅうたは手を引かずツインテールに結んだリボンが解けてしまう。

 素早くリボンを持って逃げた彼を、吉村よしむら たくみが机の間で待ち構えていた。背の高い彼は、上から竜太の持つリボンを取り上げる。


坊主ボウズにリボンいらないだろ!」

 咄嗟にリボンを奪い返そうとした竜太は、仲のいい匠から浴びせられた罵声ばせいにショックを受けたらしい。うずくまって泣き出してしまった。


「何を騒いでるの? 先生に教えてちょうだい」

 クラスメイトが呼びに行っていた担任教師が、教室に入るなり皆を見渡して声を掛ける。


「西川さんが天城さんの髪引っ張って、リボン取りましたー!」

「天城さんに髪染めてるって! 天城さん、染めてないと思います」

「それでぇ、吉村さんが『坊主にはいらない』っていったら、西川さんが泣いたー」

 口々に説明するクラスメイトに、担任はだいたいの事情を把握したらしい。二人を呼び寄せて、事実確認した上で𠮟責する。


「西川さん。もし天城さんが髪を染めてたとしても、引っ張っていいことはないでしょう。それに、天城さんは生まれつきそういう髪の色なのよ。西川さんも『坊主』って言われて嫌だったんじゃないの? お友達とは仲良くしましょう」

「は、はい……。ごめ、んなさい。もう、しませ、ん」


 まだしゃくり上げている竜太が謝るのに頷いて、担任は匠に顔を向けた。

「吉村さん。天城さんのためにやったのはわかるわ。でも、人の見た目のことを言っては駄目です。それは西川さんも同じですね」

「……はい。先生、ごめんなさい」

 完全に納得はしていない表情ではあるものの、匠海は真剣な声で謝る


「……吉村さん、ありがとう」

 担任から解放されて席に戻ろうとする匠に、真理愛が歩み寄って礼を告げる。


「ぼく、髪の毛天然パーマだから。保育園のときから、『パーマ、パーマ』って言われていやだったからさ」

 匠が緩くカールした髪に触れながら説明するのに、真理愛もようやく笑みを浮かべた。


「天城さん、ごめんなさい。たっくんも」

 そこへ竜太がやって来て、素直に謝る。


「……いいよ。でも、もうしないでね」

「竜ちゃん、ぼくも坊主って言ってごめん」

 涙目で何度も謝る竜太に、真理愛もそれ以上責める気にはならなかった。



    ◇  ◇  ◇

「ただいまぁ」

「真理愛ちゃん、今日学校で苛められたんですって!?」

 学校から帰宅した真理愛に、玄関まで駆け足で迎えに出た祖母が必死の形相で問い掛けて来る。


「おばあちゃん、なんで知ってるの?」

「先生からお電話あったのよ」

 そのまま、祖母に肩を抱くようにしてリビングルームに連れて行かれた。ソファの前のテーブルに、祖父がお菓子を並べている。


「真理愛ちゃん、おかえり。髪の毛を引っ張られたんだって? ……リボンは?」

 祖父の言葉に初めて気づいたようで、祖母が慌てて真理愛の髪を確認した。

「あら、本当! どうしたの? 取られて返してもらってないの?」


「ちゃんとあるよ。結べないから」

 ランドセルから二本のリボンを出した真理愛に、祖父母はホッとした様子だ。


「そうね。真理愛ちゃんはまだ蝶結びできないから、解けちゃったら困るわよね。明日からはあの輪っかになったのにしましょうか」

「うん。シュシュなら取れてもつけられる」

 祖母の提案に、真理愛は笑って頷いた。


「ねぇ、真理愛ちゃん。もし苛める子がいて嫌なら、学校はお休みしてもいいのよ」

「ううん、もう仲直りしたから」

 ソファに座って心配そうに切り出す祖母に、真理愛はあっさり首を左右に振る。


「由良ちゃんも『やめて』って言ってくれたし、吉村さんがリボン取り返してくれたの」

 真理愛は、学校へ行きたくないわけではないと説明する。祖父母の不安を取り除くためにも。


「吉村さんって女の子か?」

「男子だよ。吉村 匠さん」

「そうか。今どきは男の子も『さん』づけらしいな」

 感心したような祖父に、祖母が答える。

「小学校では多いみたいよ。名簿も男女混合だし。圭亮のときもそうだったかしら?」


「真理愛ちゃん、今度そのお友達に遊びに来てもらったらどうだい?」

「……いいの?」

 祖父の提案に、真理愛が遠慮がちに口を開いた。


「もちろんよ。ただ、他所のお家に行っちゃ駄目っていうところもあるかもしれないから。由良ちゃんたちにもちゃんと確かめてからね」

「明日、訊いてみる」

 真理愛は家に友人を招いたことはない。

 自分から積極的に声を上げる方ではないので、向こうから「行きたい」と言われなければ誘うこともなかったからだ。


 夜に帰宅した父は、祖母に学校での『事件』を聞かされて烈火のごとく怒った。

 真理愛は、父に頭ごなしに怒鳴られたことなど一度としてない。それどころか、父が声を荒げる姿をの当たりにしたのも初めてだった。

 もちろん、日常生活の上で注意を受けることくらいはあるけれど。


「誰だ? パパが行って文句言ってやる! ……母さん、名簿どこ!?」

「パパ、やめて」

 普段とまるで様相の違う父に戸惑いながらも必死に止める真理愛に、祖父母も加勢してくれる。


「圭亮! お前がひとりで熱くなってどうすんだ」

「真理愛ちゃんがもういいって言ってるから。あなたが口出しすると余計にややこしくなるでしょ! それに、今は名簿ないのよ。電話連絡網だけ」

「パパ、ほんとに大丈夫。西川さん、ごめんなさいしてくれたし。ちゃんと助けてくれるお友達もいるから」

「……わかった。でも、ちょっとでも嫌なこととか困ったことがあったら、絶対パパに言えよ!」

「うん。約束する」

 不承不承でも何とか納得したらしい父に、真理愛は真剣に頷いた。


 翌朝、真理愛は登校するなり竜太につかまった。

 少し警戒しながらも応じた真理愛に、彼は頭を深々と下げて謝って来る。竜太の家にも担任から連絡が行き、彼は帰宅して事情を知った父親にこっぴどく叱られたそうだ。

 しかしそれ以上に、母親に泣かれたことが何よりこたえたらしい。

 もともと竜太は明るく元気ではあったが、特別悪い意味で目立つようなことはなかった。どちらかというと、笑いの中心にいるお調子者の印象が強かったのだ。真理愛自身も経験はないが、誰かに意地悪をしたという話も聞いたことがない。

 だからこそ、あまりに突然の豹変に驚きも大きかったのだが。

 竜太の説明によると、一昨日の夜に両親が「小さい子の髪を染めるのは、あまりよくないんじゃないか」と話していたという。それが彼の中に『子どもが髪を染めるのは悪いこと』とインプットされてしまい、真理愛への攻撃に繋がったようだ。

 昨夜叱られた際に理由を訊かれてその話をしたところ、染めている子が悪いのではなく「薬剤を使うのに」という心配からだったと聞かされたらしい。


 数日後、由良と匠が真理愛の家を訪れた。

 彼らとはその後も互いの家を行き来し、他の友人も交えて小学校時代はよく遊んだのだ。

 竜太ともきちんと和解して、ごく普通のクラスメイトとして接することができていた。

 何よりそれをきっかけに匠と仲良くなったし、由良ともより親しくなったので、後を引くようなことにはならなかったのは幸いだったのだろう。

 中学校進学で、少なくとも真理愛と匠は他の皆とは別になってしまったのだけれど。



    ◇  ◇  ◇

「天城さん!?」

 真理愛の高校入学を控えた週末。

 圭亮が真理愛と二人で買い物に行こうかと駅へ向かう道中だった。何気なく擦れ違った背の高い少年に名を呼ばれて、真理愛が振り向く。


「え、え? あ、匠く、え、っと」

 顔を見た途端、記憶を探るまでもなく真理愛には相手がすぐにわかったらしい。


「うわ、久し振りだね~」

「……なんで『天城さん』よ。あたしも『吉村さん』て呼んだ方がいいのか、って迷っちゃったじゃない」

「あー、いきなり名前で呼ぶのもどうかなと思ってさ。でも確かにそうだよな。真理愛ちゃん」

「……真理愛、えーと、──」

 二人が偶然の出会いに盛り上がっているところに、圭亮はおずおずと口を挟んだ。


「すみません、御無沙汰してます。僕、吉村 匠です。真理愛さんと小学校で一緒だったんですけど」

 匠が恐縮したように頭を下げるのに、真理愛が言い添える。


「パパ、何度も会ってるでしょ? 忘れちゃった?」

 その言葉で、圭亮の頭の中に浮かんだ『匠くん』のぼんやりした像が、目の前の大人びた彼の姿と重なった。

幼いころから礼儀正しかった少年。

 ただただいい子というわけでもなく、正義感が強くて周りと衝突することもあったらしいのだが。それこそ、真理愛と仲良くなった発端ほったんではなかったか。

 当時から背が高く、可愛らしい巻き毛の──。


「思い出したよ。その天パ、……あっ! いや、ごめん。その」

「パパ! 失礼じゃん!」

 思わず口を滑らせた圭亮に、真理愛が慌てている。匠は気にするなという風に軽く頭を振って笑った。


「卒業以来だね。えーと、三年振り?」

「そっか、もう三年なんだ。匠くんも高校受験はなかったんだよね?」

「一貫校だからね。真理愛ちゃんもそうだろ?」

「うん」

 笑顔で近況報告をし合う二人を、圭亮は黙って見守る。


「由良ちゃんは西高行くって」

「あ、それは聞いてる。時々会うの」

 小学校時代最も親しかった友人の進路は、真理愛も既知らしい。


「竜太は向大付属だってさ。野球の強い高校で決めたらしいよ」

「そうなんだ、知らなかった。竜太くん『野球一筋』って言ってたもんね」

「あ、じゃあ僕、そろそろ──」

 圭亮たちが出掛けようとしている空気を読み取ってか、匠が不意にこの時間の終わりを告げた。

 挨拶を交わして、彼と別れたあと。


「真理愛、久し振りに会ったんだろ? よかったのか? パパと買い物ならいつでも行けるんだし──」

 圭亮が話し出すのを止めるように、真理愛が言葉を被せて来た。


「あたし、今日はパパと一緒がいいの! 二人きりなんて滅多にないもん。匠くんとは、会いたかったらまた会えるよ。近くに住んでるんだし」

「そ、うか」

 真理愛の台詞に、頬が緩むのがわかる。

 彼の方に行ってもいいというのは、紛れもない本音だった。親より友人を優先するのが当然の年頃なのだから。……この先は、彼氏も加わるかもしれない。

 けれど、自分を選んでくれた娘を嬉しく思ってしまうのもまた、圭亮の正直な気持ちなのだ。

 真理愛は圭亮の表情を見て、悪戯っぽく笑う。


「ほら、早く行こう! ……何買ってもらおうかなぁ」

 そして、わざとらしく甘えるように圭亮の腕を引いた。


  ~END~



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