「真理愛、どれがいい?」
特設売り場にずらりと並んだ、色とりどりのランドセル。壮観だ。
「真理愛ちゃん、ピンクが好きでしょ? これなんかどう?」
「いや、それは派手じゃないか? ピンクならこっちの色の方が可愛いだろう」
好き勝手なことを言い合っている圭亮の両親に、娘の真理愛はどう答えていいのかわからないようで戸惑っている。
「真理愛に選ばせてやろうよ。六年間背負っていくの真理愛なんだし」
呆れを含んだ圭亮の言葉に、父と母はハッとしたように口々に詫びた。
「あ! ああ、そうよね。ごめんなさいね、真理愛ちゃん。おばあちゃん、つい夢中になっちゃって」
「本当だな。真理愛ちゃん、おじいちゃんたちは、もう黙って見てるから。パパとゆっくり選ぼうか」
両親の言葉に、真理愛はこくんと頷いた。
「真理愛、とりあえず全部見てみよう」
圭亮は真理愛を連れて、売り場を一周する。
同じピンクやブルーでも、どれも微妙に色が違う。デザインも同じように見えて差があるようだ。自分が入学する際は選びに来た記憶もないので、圭亮は今どきの事情に驚きの連続だった。
「パパ。まりあ、これ……?」
真理愛が少し遠慮がちに、棚の中段のひとつを指差す。赤に近いピンク色で、蓋の隅に小さな飾りがついたランドセル。
「どれでも真理愛の好きなのでいいよ。ああ、可愛いな。なあ父さん、母さん」
「うん、いいじゃないか。これ、背負ってみてもいいのか?」
父の疑問に、確かに鞄は見た目だけでは決められないと気づいた圭亮が動く前に、母が少し離れたところにいた店員を呼んだ。
「こちらのコーナーはどのお品も軽量で、肩ベルトもお子様に負担が少なくなるように工夫されています。どうぞ、お手にとってご覧くださいね。長く使うものですから、納得の行くものをお選びください」
にこやかな店員の勧めに、圭亮は礼を述べてそのランドセルを真理愛に背負わせてみる。
小柄な娘には、思った以上に巨大に映る背中の鞄。しかし、サイズや重量はどれもたいして変わらないようだ。実際、売り場の宣材写真のモデルの子どもたちを見ても、真理愛より少体格はいいもののランドセルが不釣り合いに大き過ぎるのは同様だった。
「これに教科書とか色々入れたらそりゃ重いよなあ。俺のときってどうだったっけ、覚えてないよ」
「最初はやっぱり『重い』って言ってたわよ。でも慣れたら、帰るなり玄関先に投げ出して何回叱っても全然聞かなくて……」
「か、母さん! よしてくれよ、こんなとこで」
母が昔を思い出して恨みがましく告げるのに、圭亮は慌てて小声で抗議する。店員ももちろんだが、何より娘に己の子ども時代の恥など知られたくない。
焦って振り向くと、真理愛は父と二人で背中から下ろしたランドセルを間に笑顔を見せている。どうやら圭亮の『父の威厳』は守られたようだ。そんなものがあるのなら、だが。
「真理愛、じゃあそれでいいか? もっと他も見る?」
「これがいい」
圭亮の問いに、真理愛は小さな声で、それでもはっきりと答えた。
「すみません、これいただきます」
圭亮は店員に申し出て、揃ってレジに移動する。
支払いは母がするため、圭亮は父と真理愛と一緒に邪魔にならないようにレジの少し後方で待つことにした。
事前に、両親には入学祝としてランドセルは買いたいと言われていたのだ。
「いいのよ。ランドセルはじじばばが買うものなんだって相場は決まってるから」
「離れて住んでたらそうかもしれないけど、うちは違うじゃん。普段から世話になりっ放しなのに」
圭亮が固辞するのも、特に母がどうしても承知せず、結局は根負けして甘えることにしたのだった。
「母さん、ありがとう。俺持つよ」
「おばあちゃん、おじいちゃん、ありがとう」
圭亮がランドセルの大きな箱を受け取るのに、横から真理愛が嬉しそうに礼を言う。
「いよいよ小学生なのねぇ。楽しみね、真理愛ちゃん」
「うん」
まだ半年以上先ではあるが、真理愛にとって初めての集団生活が始まるのだ。
正直、喜びより心配の方が大きいのは否めない。しかし、こちらが動揺してしまい真理愛に不安感を抱かせるのは良くないだろう。
そういうわけで、三人とも努めて「入学は嬉しい、楽しいこと」だと伝えるようにしていた。
出逢って一年近く。
真理愛は会話も随分スムーズになった。多少人見知りはするが、無条件で他人を怖がるようなことはない。
このまま同年代の子どもと楽しい時間を過ごして欲しいというのが、圭亮と両親の願いだ。
~END~