「真理愛、セーラー服似合うな! ちょっと古くさ、──いやいやクラシックで、お嬢様学校っぽい。……こんな普通の家の子が『お嬢様』ってのもなんだけどさ」
仕上がって来たばかりの新しい制服を披露した真理愛を、父が褒めてくれる。一言多いけれど。
「ありがと、パパ。あたし、この制服にも憧れてたからすごく嬉しい」
「清花女子は別にお嬢様学校じゃないでしょ。以前から進学校よ」
祖母の冷静な言葉に、父は慌てて弁解した。
「いや、進学校なのは知ってるよ、もちろん。真理愛の志望校だからいろいろ調べたし、一緒に学校見学にも行ったしさ。でも、俺が学生の頃は『清花のお嬢様セーラー』って言ってた、ような」
「今風のお洒落な制服と違って、昔ながらの伝統的なセーラー服だからじゃないの? 学費も高くないし、そういう意味ではむしろ庶民的な学校だと思うわよ」
「二人でごちゃごちゃ何言ってんだ。真理愛ちゃん、よく似合ってるよ。可愛いなあ」
「ありがとう、おじいちゃん」
「ほら、ばあさん、圭亮も。写真撮ろう、家の前がいいか?」
祖父はいつの間にか愛用のカメラを手にしている。
四歳九か月までの写真がまったく存在しない真理愛に、何ということもない日常風景も
デジタルカメラなのにわざわざプリントした写真は、もうアルバム何冊分にもなった。
◇ ◇ ◇
「真理愛ちゃん、おはよー」
「おはよう、
駅を出たところで、
中高一貫の女子校に入学して、そろそろ一か月。澪は、真理愛が最も親しくしている友人だ。
「真理愛ちゃん、英語の宿題やった? すごい多くなかった?」
「多かったよね。もう必死」
「学校着いたら答え合わせしない? ちょっとわかんないとこあったんだ」
澪の問い掛けに真理愛も神妙に頷く。
「いいよ。あたしも、これどうかな~ってとこあったから」
駅から学校までは五分ほどで着く。
二人は教室に入り、出席番号順に決められた前後の席に座って課題を見せあった。
「天城さんて、もしかしてハーフ?」
「違うよ~。祖母がこういう顔、ってか目なの。ホント、
ホームルームで、予告されていた席替えが行われた。
新しく隣席になったクラスメイトの
「そうなんだ。いきなりゴメンね。でも本当に、すごいきれいな目だよね」
「ん〜、ありがと。なんかさ、『すっごい
冗談めかした真理愛の台詞に、希実も笑って返した。
「あー、なんかわかる気もする。確かに目力強そう。……ね、私も『真理愛ちゃん』て呼んでいい?」
「もちろん。あたしは何て呼んだらいい? 『希実ちゃん』?」
「うん、それでいい」
昼休み。
今までは、澪も入れて席の近い数人で集まって昼食を取っていたのだが。席替えをして、いつものメンバーはバラバラになってしまった。
「真理愛ちゃん、お弁当一緒に食べない? 他の人と約束してる?」
どうすればいいのだろう、と思い掛けた真理愛に、希実が声を掛けてくる。
「あ、ううん。まだ全然何も……」
「真理愛ちゃん、高尾さん、あたしも入れて! いいかな?」
澪だった。人懐こい彼女に、希実もあっさり笑って承諾する。
「いいよ~。朝倉さんもお弁当?」
「そうだよ。あ、名前で、澪でいいから」
「わかった。じゃあ澪ちゃん、私も希実って呼んでね」
机を動かしながらの澪の台詞に、希実が頷く。
「真理愛ちゃんのお弁当、いっつもキレイで美味しそうだね。すっごい」
自分の弁当を箸で口に運びながら真理愛の弁当箱に目をやり、口の中のものを飲み込んで澪が感心したように言う。
「えー、普通でしょ。祖母と一緒に作ってて祖母は料理上手だけど、あたしの作ったこの玉子焼きとか色もいまいちだし」
真理愛が謙遜ではなく答えるのに、希実が何気なく問い掛けて来た。
「真理愛ちゃんち、お母さん忙しいの?」
「うち、母はもう亡くなってるから。祖父母と父と四人家族なの」
真理愛の言葉に、希実はさっと顔色を変える。
「ご、ごめ、……ごめんなさ、い。私、あの──」
「別に気にしてないよ。希実ちゃんが悪気とかないくらいわかってるし、全然平気」
「……ホントにごめんなさい。私、考えなしだって叱られるの、こういうとこなんだよね」
しょんぼりしてしまった希実に、澪が素知らぬ振りで話題を戻した。
「でもさぁ、自分で作るだけでも偉いよ。一部だけでも。あたしも親に、『文句つけるんなら自分で!』って怒られるから、中身には何も言えないんだ」
「……うーん。だけど、文句あるなら自分で、ってのはわかるよ」
真理愛の言葉に、澪も特に反論はしない。
「まー、そうなんだよね。毎日自分で作るなんて無理だもん。感謝はしてんのよ」
「……自分で全部作ってる子っているのかな? お料理できる子はいるみたいだけど」
少し気を取り直したらしい希実が呟く。
「どうかなあ。毎日じゃなくて時々ならいるんじゃないかな」
「うん、それならいるよ。
会話が弾み始めて、微妙な雰囲気もどうやら払拭されたようだ。真理愛は安堵の溜め息を吐く。
真理愛にとって、母が居ないことはもう完全に日常なのだ。
今更、周りに気を遣われるとかえって戸惑ってしまうほどに。