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Girl③

「真理愛、セーラー服似合うな! ちょっと古くさ、──いやいやクラシックで、お嬢様学校っぽい。……こんな普通の家の子が『お嬢様』ってのもなんだけどさ」

 仕上がって来たばかりの新しい制服を披露した真理愛を、父が褒めてくれる。一言多いけれど。


「ありがと、パパ。あたし、この制服にも憧れてたからすごく嬉しい」

「清花女子は別にお嬢様学校じゃないでしょ。以前から進学校よ」

 祖母の冷静な言葉に、父は慌てて弁解した。


「いや、進学校なのは知ってるよ、もちろん。真理愛の志望校だからいろいろ調べたし、一緒に学校見学にも行ったしさ。でも、俺が学生の頃は『清花のお嬢様セーラー』って言ってた、ような」

「今風のお洒落な制服と違って、昔ながらの伝統的なセーラー服だからじゃないの? 学費も高くないし、そういう意味ではむしろ庶民的な学校だと思うわよ」

「二人でごちゃごちゃ何言ってんだ。真理愛ちゃん、よく似合ってるよ。可愛いなあ」

「ありがとう、おじいちゃん」

「ほら、ばあさん、圭亮も。写真撮ろう、家の前がいいか?」

 祖父はいつの間にか愛用のカメラを手にしている。

 四歳九か月までの写真がまったく存在しない真理愛に、何ということもない日常風景もことごとく写して形に残してくれる家族。

 デジタルカメラなのにわざわざプリントした写真は、もうアルバム何冊分にもなった。



    ◇  ◇  ◇

「真理愛ちゃん、おはよー」

「おはよう、みおちゃん」

 駅を出たところで、朝倉あさくら 澪と顔を合わせた。

 中高一貫の女子校に入学して、そろそろ一か月。澪は、真理愛が最も親しくしている友人だ。

「真理愛ちゃん、英語の宿題やった? すごい多くなかった?」

「多かったよね。もう必死」

「学校着いたら答え合わせしない? ちょっとわかんないとこあったんだ」

 澪の問い掛けに真理愛も神妙に頷く。


「いいよ。あたしも、これどうかな~ってとこあったから」

 駅から学校までは五分ほどで着く。

 二人は教室に入り、出席番号順に決められた前後の席に座って課題を見せあった。


「天城さんて、もしかしてハーフ?」

「違うよ~。祖母がこういう顔、ってか目なの。ホント、おんなじだよ。そっくりって言われてる」

 ホームルームで、予告されていた席替えが行われた。

 新しく隣席になったクラスメイトの高尾たかお 希実のぞみに訊かれ、真理愛は笑って否定する。この質問自体は、小学生の頃からすっかり慣れたものだ。彼女からは悪意も感じないので、気にもならない。


「そうなんだ。いきなりゴメンね。でも本当に、すごいきれいな目だよね」

「ん〜、ありがと。なんかさ、『すっごい目力メヂカラ!』とか言われるよ。普通にしてても『にらんでんの?』とか」

 冗談めかした真理愛の台詞に、希実も笑って返した。


「あー、なんかわかる気もする。確かに目力強そう。……ね、私も『真理愛ちゃん』て呼んでいい?」

「もちろん。あたしは何て呼んだらいい? 『希実ちゃん』?」

「うん、それでいい」


 昼休み。

 今までは、澪も入れて席の近い数人で集まって昼食を取っていたのだが。席替えをして、いつものメンバーはバラバラになってしまった。


「真理愛ちゃん、お弁当一緒に食べない? 他の人と約束してる?」

 どうすればいいのだろう、と思い掛けた真理愛に、希実が声を掛けてくる。


「あ、ううん。まだ全然何も……」

「真理愛ちゃん、高尾さん、あたしも入れて! いいかな?」

 澪だった。人懐こい彼女に、希実もあっさり笑って承諾する。


「いいよ~。朝倉さんもお弁当?」

「そうだよ。あ、名前で、澪でいいから」

「わかった。じゃあ澪ちゃん、私も希実って呼んでね」

 机を動かしながらの澪の台詞に、希実が頷く。


「真理愛ちゃんのお弁当、いっつもキレイで美味しそうだね。すっごい」

 自分の弁当を箸で口に運びながら真理愛の弁当箱に目をやり、口の中のものを飲み込んで澪が感心したように言う。


「えー、普通でしょ。祖母と一緒に作ってて祖母は料理上手だけど、あたしの作ったこの玉子焼きとか色もいまいちだし」

 真理愛が謙遜ではなく答えるのに、希実が何気なく問い掛けて来た。


「真理愛ちゃんち、お母さん忙しいの?」

「うち、母はもう亡くなってるから。祖父母と父と四人家族なの」

 真理愛の言葉に、希実はさっと顔色を変える。


「ご、ごめ、……ごめんなさ、い。私、あの──」

「別に気にしてないよ。希実ちゃんが悪気とかないくらいわかってるし、全然平気」


「……ホントにごめんなさい。私、考えなしだって叱られるの、こういうとこなんだよね」

 しょんぼりしてしまった希実に、澪が素知らぬ振りで話題を戻した。


「でもさぁ、自分で作るだけでも偉いよ。一部だけでも。あたしも親に、『文句つけるんなら自分で!』って怒られるから、中身には何も言えないんだ」

「……うーん。だけど、文句あるなら自分で、ってのはわかるよ」

 真理愛の言葉に、澪も特に反論はしない。


「まー、そうなんだよね。毎日自分で作るなんて無理だもん。感謝はしてんのよ」

「……自分で全部作ってる子っているのかな? お料理できる子はいるみたいだけど」

 少し気を取り直したらしい希実が呟く。


「どうかなあ。毎日じゃなくて時々ならいるんじゃないかな」

「うん、それならいるよ。しおりちゃん、たまに自分で作ってるって言ってた。クッキング部だし趣味なんじゃない?」

 会話が弾み始めて、微妙な雰囲気もどうやら払拭されたようだ。真理愛は安堵の溜め息を吐く。

 真理愛にとって、母が居ないことはもう完全に日常なのだ。

 今更、周りに気を遣われるとかえって戸惑ってしまうほどに。



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