「真理愛! 真理愛、どうした⁉」
布団を
「ゆ、め……?」
「夢? また怖い夢見たのか?」
後ろから追い掛けて来た何かに、髪を掴んで引っ張られた。そのまま腕を掴まれた。食べられる! と思った。
あれは夢の中の出来事? 喉が張り裂けんばかりに叫んだのは……。
真理愛は両手をそっと首に当てる。喉が、痛い。本当に叫んでしまったらしい。
「パパ。まりあ、また大きな声出しちゃった?」
恐る恐る口にした真理愛を、父はただ
「そんなの、気にしなくていいっていつも言ってるだろ。怖かったんだな、可哀想に。さ、まだ朝じゃないからもう一度寝なさい。パパがずっとついてるから。……手、繋ぐか?」
「うん。パパ、ありがと」
真理愛は今年、小学校に入学した。
それに合わせて、ずっと父と二人同じベッドで寝ていたのを、別の部屋に移るか尋ねられたのだ。
「真理愛ちゃんのためのお部屋はちゃんとあるのよ。パパと一緒がよかったらそれでいいけど、もし一人のお部屋が欲しくなったらいつでも言ってね」
父も、祖父母も。
真理愛が時々、悪夢を見て叫んで飛び起きるのを知っている。そのことで、心を痛めてくれている。父が一緒に眠っていれば、すぐに手を握って落ち着かせてくれるのだが。
それでも少しずつ大きくなる真理愛に、いつまでもこのままではいられないことも、家族は皆わかっているのだ。
真理愛は幼稚園にも保育園にも行ったことがない。
大人たちはいろいろ考えてくれてはいたようだが、結局見送ることになったのだ。代わりに、児童館に祖父母と一緒に遊びに行っていた。並行して、医療や福祉の相談にも継続的に通っていた。
同年齢の子どもは大抵就園しているので、児童館に来るのはもっと幼い子たちばかりだった。身体も年齢の割に小さかった真理愛は、年下の子と少しずつ交流する中で、子ども同士のコミュニケーションの仕方を学んで行ったのだ。
もちろん、最初のうちは子ども同士で遊ぶことなどできなかった。
主に祖母が横にぴったり張り付いて、その場所や玩具の遊び方を教えてくれた。そしてだんだんと慣れて来ると、会話を介さずとも他の子どもたちと少しずつ遊べるようにもなって行く。単に同じ場所で並んで同じことをしているだけに過ぎなくても、それ自体が進歩だったのだ。
僅かずつでも言葉が操れるようになってくると、真理愛の世界はぐんと広がった。「かして」「いいよ」だけでも、言葉があるとないとでは大違いだからだ。
根気良く付き合ってくれた祖父母には感謝しかない。
そして、無事に小学校入学を迎えた。
祖父母も父も、就学前の友人関係のない真理愛を心配していたようだが、幼稚園や保育園にははっきり決まった校区的なものがないため、意外と新入生の出身園はばらばらだった。中には、入学に合わせて転居して来る家庭もあるので余計なのだが。
その頃には、お喋りというほどではなくとも特に無口でもなかった真理愛は、大人が心配するよりもすんなり周りに溶け込むことができた。おとなしい部類ではあったかもしれないが、それなりに友人もできて学校生活を楽しんでいる。