天井から吊るされたガラスの球体が、柔らかな光を放ちながらゆっくりと色を変えていく。「フューチャーテーブル」の店内は、未来的で洗練されたデザインでありながら、どこか温かみを感じさせる空間だった。光の色は顧客ごとに異なり、それぞれの気分や体調を反映している。AIがリアルタイムで解析し、最適な照明を演出しているのだ。
「いらっしゃいませ。」
エントランスではホログラムのスタッフが、柔らかな声で顧客を迎え入れる。その瞬間、わずかなノイズが混じったことに気づいた者はほとんどいなかった。
店内に一歩足を踏み入れると、空調に組み込まれた香りのシステムが作動し、来店者の嗅覚に合わせたアロマがほのかに漂う。テーブルは透明で、ほのかな発光を伴いながら、各座席の前にはホログラムディスプレイが浮かび上がる。
「本日のコースは、お客様の現在の状態に基づき最適なバランスでご提供いたします。」
ディスプレイには、各料理がもたらす感覚的な効果や、選ばれたワインとの相性が細かく表示されていた。
「今日はどんな料理が出てくるのかな?」
若いカップルの女性が目を輝かせながらホログラムを操作する。
「AIが私たちの好みに合わせて、最適なコースを組み立ててくれるんだって。」
彼女の隣に座る男性も興味津々で画面をのぞき込んでいた。その間も、AIは彼らの会話のトーンや表情を解析し、最適なメニューをリアルタイムで調整している。
一方、常連の中年男性は、ワイングラスを傾けながら1品目のアミューズを口に運んでいた。シルキーな舌触りとほのかなハーブの香りが広がる。
「やっぱり、ここは格別だな……。」
彼は満足げに呟き、次の料理を待っていた。しかし、彼の目の前のディスプレイが一瞬ちらついたことに気づく。
**――キッチン内、異常発生。**
バックヤードのホログラム画面には、無数のエラーコードが表示され、赤い警告ライトが点滅していた。
「システム異常発生。料理提供順序アルゴリズムがランダム化されています。」
AIアシスタント「ソーテン」の冷静な声が響く。
「ランダム化?」
フロアマネージャーのユリカは眉をひそめた。
「具体的にどういうこと?」
「料理の提供順序が、本来のコースの流れを維持できない状態になっています。」
ユリカは息をのんだ。この店では、料理の順序は単なる提供の流れではなく、顧客体験の核となる要素だ。アミューズが食欲を引き出し、スープでリラックスし、メインディッシュで感動を味わい、デザートで幸福感を残す。その順序が崩れることは、フューチャーテーブルの存在意義そのものが揺らぐことを意味していた。
「フロアはどうなってる?」
「すでに複数のテーブルからクレームが入っています。メインディッシュが最初に運ばれたり、スープの後にデザートが出たりしています。」
報告を聞いたユリカの表情が険しくなる。
「分かった。ソーテン、至急原因を突き止めて。私はスタッフを集めて対策を指示する。」
「……処理中……情報を解析しています。」
一瞬の沈黙の後、ソーテンが続きを話した。ユリカはその『間』が妙に気になった。
「了解しました。」
店内では、顧客たちの困惑が広がりつつあった。
「え? なんでデザートが?」
「まだメインも食べてないのに……。」
「順番がめちゃくちゃじゃないか!」
完璧な評判を誇ったフューチャーテーブルは、このままでは崩壊しかねない。
ユリカは店内を見渡し、深く息を吸い込んだ。
「私たちにできることを、すべてやるしかない。」
未来の食卓を救う戦いが、今始まろうとしていた。