「あの女、じっとツクのこと見てた」
ヨミはそう俯いてそう言った
恋人から浮気を疑われてると感じたツクは、嬉しいと思うよりも、困惑した
ヨミの言っている「あの女」とは、先ほど入ったお店の店員さん
年は親子ほどにも違う
第一、こちらの年はもう70も半ばだ
お互い恋愛対象になるはずもない
それに、まず、異性愛だと思うのだ、たいていの女は
なら浮気に結び付けるのは少し、行き過ぎではないだろうか
「考えすぎよ、ヨミ、第一あの子はあなたにも笑ってたでしょ?」
「目は笑ってなかった、あんたを見る目と私を見る目、あんたを見てたあの女の目は、若いころの私にそっくりだよ」
「自分の目なんて見れないでしょう?」
「見れるさ、何度も何度もあんたを思って、どうにかなりそうになっては、鏡に映る自分の顔を見たからね」
「・・・」
「あの店には二度と行かないよ、ツク」
あきれてしまう
あんな若い子から恋愛の対象になるわけがないではないか
そんな心配する必要などどこにもないと言うのに
「聞いてる?ツク、あの店には二度と行かない、いいね?」
「・・・ねえ、ヨミ、人が見てる、声が」
「なら怒らせないでよ、あたしを、あたしは一生懸命我慢してるんだからね」
「我慢?」
「今、ここで、あんたを抱きしめ、キスしてやろうか?」
往来の真ん中に二人はいる
ツクは思わずヨミの目を見る
本気だ、と悟る
「・・・ヨミ」
「あたしはいっぱい我慢をしてる、あんたを困らせたくないから
でもあたしはほかの人たちにどう思われたってかまわない」
「・・・わかった、わかったわヨミ、二度とあの店には行かない」
「・・・」
「約束するわ、ほんとよ」
「・・・ならいい」
「・・・ヨミ、手をつなご?」
「・・・ん」
ヨミが手を差し出し、ツクはその手に自分の手をそっと重ねる
「される方」であるツクは、昔、自分の夫だった男にそうした時より、自分と同性のヨミと手をつなぐことの方に、恥ずかしさを覚える
まるで娘に戻ったみたいだ、と何度も思う
もう70も半ばのおばあちゃん二人が、恋人同士だなんて、一体だれが思うだろう
こんなにも、ドキドキしてるなんて
「ツク」
愛しい人が、ツクの名を呼ぶ
その目の中に、ギラギラしたどう猛さは鳴りを潜め、代わって優しさが宿っているのをツクは見て取る
ツクはホッとすると同時に、少しの後ろめたさを感じる
また、ヨミに我慢をさせている
キスぐらい、もう、人前でだってしてもかまわないだろう
周りは変な目で見る人の方が多いだろうけれど、でも、ヨミがそう望むなら
ツクはそう思う
でも、やはり、できない
そんな自分に、ツクは、ヨミに気づかれぬように、ひそかに唇を噛んだ