目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報
満月の夜に
満月の夜に
nana/kuro
異世界恋愛ロマファン
2025年02月02日
公開日
7,494字
連載中
表紙は、「ツク」の若いころをイメージして選びました

私自身は同性を好きになったことはありません

でもこういう物語が浮かんだので、書くことにしました

アルファポリスとカクヨムに先に投稿してあります

こちらのサイトは初めてで、少し、楽しみです

満月の夜に

崖に面したテラスで一人月を眺めている

彼女の名前はツク

部族を長年まとめ上げてきた彼女は、70代も半ば


波の音と、満月の光に、ただ、一人


じっと目をつぶって今までのことを思い出す


・・・戦い続けた人生だった


少女時代の夢を捨て


部族を守るために結婚し、子どもたちを産み、育て、必死に生きてきた


子どもたちもそれぞれ結婚し子どもを産み育てている、夫はとうに死別した


思い残すことはない


ただ一つ、少女のころの夢を除いて


目をつぶり、波の音を聞く


・・・


誰かの、気配がした


目を開けると、一人の女がいた


「・・・私を殺しに来たのかい、ヨミ」

「まあそんなところだね、ツク」

ヨミはそう言って笑う


ツクは、もっと早く来てくれたらよかったのに、と思った


もっと早く殺しに来てくれたらよかったのに、と


月光に照らされたヨミの体は、若いころと寸分たがわないラインで、同い年なのにすっかりおばあさんになってしまった自分と比べて、今ヨミはどう思っているだろう、とツクは思う


少女のころのように、怖い、と思う


「・・・あたしが怖い?ツク」


「・・・別に、この年になって怖いことなんかあるものか」


「へえ、あたしが怖くない?」


「怖くない、殺すならさっさと殺しとくれ」


ツクは、ヨミの手にナイフがあることを見てとる


敵対する部族の長の子に産まれた者同士


いつかはどちらかがどちらかに殺されるだろう、ツクはそう思ってきた


・・・もっと早く殺しに来てほしかった、私がもっと若いころに、もっときれいだったころに


思わず唇を噛むツク


「怖がってるの?唇を噛んでるわよツク?」


不敵に笑うヨミの顔


それなりに年を取っているのは同じだけれど、相変わらず美しい、ツクはそう思う


「・・・怖くなんかないよ、ヨミ、殺すならさっさと殺しとくれ」


「そんなに殺されたいの?」


「ああもう、思い残すことはない、子どももみんな大きくなった、孫の顔も見れた、やれることは全部やった

あとはもう、死ぬだけだよ、あたしは」


「・・・いらつくわね、あんたのそういうところ」


やっとヨミが怒ってくれた、やっと、そう思ってツクは安心した


「あんたもね、ヨミ・・・もっと早く来てくれたらよかった、もっと早く殺しに来てくれたら」


「・・・無理でしょ、この年になってやっと、あんたに会いにこれたのよ、ツク」


「ああ、そうだね、あんたは、あたしは、あたしたちは」


逃げようと言った


どちらともなく逃げようと言った


部族の誰も知らない場所に二人で逃げようと


逃げてそして、好きなようにしようと


でもできなかった


二人きりで最後にあったのはちょうどこんな満月の夜だった


満月に照らされて、お互いの体を、晒し合った、見せ合った、触れ合った


一番美しい時を、一瞬、分かち合った、分かち合えた


「あたしたちは、敵同士だから、だから、こうなるしかなかった、そうだろヨミ」


あれ以降、愛しい人にあえる時はいつだって、敵同士としてだった


誰にも知られないまま、終わった恋だった


「ああそうだねツク、あたしたちはこうなるしかなかった


敵同士だから」


「ああ・・・」


敵同士として終わる


だけど、満足して死んでいける、ツクはそう思う


最後にもう一度、もっと近くで、その瞳を見せてもらえたら、そのまま殺してくれるなら


いったいほかに、何がいると言うのだろう


何もいらない


満足して死ねる


「今、旦那のこと思ってる?」


「は?」


「今あんた、旦那のこと思ってるでしょ?」


「・・・あんたもたいがい、いらつかせる女だよ、ヨミ、何言ってんだい」


「男を選んだあなたに言われたくないね、ツク」


「・・・ふふ、焼きもちかい?今さら、こんなおばあちゃんに?」


「今さら?冗談じゃない、今だからこうして会いに来たんだよ、ツク、おばあちゃんになったからって逃げられると思わないでよ」


「ならさっさと殺しな、用を済ませな、ヨミ」


「・・・まったく、あんたって女は、いつでも勝手に一人で・・・」


ヨミはナイフをかざした


ツクは目をそらさなかった


ヨミは迷わず、ナイフを振り下ろした



───────────────



満月の光に照らされ、波間を行く一艘の船に、女が二人


片方の女が、もう片方の女を強く、それでいて優しく愛おしそうに抱きしめている


「・・・まだ意味わからないんだけど」


「はあ?」


「なんで私ここにいるの?」


「そりゃ、あたしがあんたをさらったからだろ?」


ヨミが振りかざしたナイフは、テーブルに突き立てられてそのままだ


ナイフをテーブルに突き刺して、これはいったいどうしたことだろうと訝しむツクをそのまま抱き上げ、ヨミは船へとツクを連れだした


「えっと・・・なんで、あたしをさらうの?」


「そりゃ、さらいたいから?」


「さらってどうするの?今さら、こんなおばあちゃんになって」


「今じゃないとダメだった」


「何がダメだったの?」


「今じゃないと、あんたは家を捨てられなかった


長の娘として男と結婚して子供を産んで育てて、勤めを果たし終えた今じゃないと、ダメだった」


「・・・あんた、もしかして、あたしをまだ」


「・・・」


「まだ、好きなの?」


「・・・なんであたしがずっと独身だったと思ってんの?それぐらいわかってると思ってたよ」


「・・・」


「こっちはずっとあんた一筋だったのに、あんたときたら・・・」


「・・・」


「ああほら泣かないで、ちょっと・・・」


「バカだよ、あんたバカだよ、ヨミ・・・ごめん、ごめん」


「いいから、謝らなくていいから


第一あたしはあんたをこうしてさらったんだから、あんたがあたしに謝ることはないんだよ」


「でも」


「いいから、それより、覚悟して?」


「覚悟?なんの?」


「ああもう、さらわれたお姫様の自覚を持ってよ、あたしはこれからあの時の続きをするんだからね」


「あの時?」


「・・・あたしがあんたを素っ裸にした最初で最後の夜のことだよ」


「・・・」


顔が真っ赤になるのを自分でもわかる


ああ、なんて恥ずかしい


なんて嬉しい


「こんなおばあちゃんになったのに?」


「バカを言うんじゃないよ、あたしから逃げられるなんて思わないことだね」


ヨミが笑う


「いくつになろうと、あたしはあんたを離さないし、何度も何度もあんたを素っ裸にして好きにさせてもらうからね

『恥ずかしい』って泣いたって、もう許してなんかあげない」


ヨミを怖いと思う



「覚悟してよねツク、もう許してなんかあげない、あんたがどんなに泣いても、もう許さない


これから先あたしたちがもっと老けて、もっとおばあちゃんになっても、あたしはあんたを素っ裸にしてやる


素っ裸にしていっぱいいっぱい泣かせてやる


いくつになっても安心なんかさせてやらない


そうよ・・・」


ヨミが目をつぶり、開ける


「あたしたちが死んで灰になっても、あなたをあたしは逃がさない、どこにも行かせなんかしない


あたしはもうあんたを、離さない、二度と離さない


何千回でも何万回でもあたしはあんたをつかまえ抱きしめ、素っ裸にしていっぱいっぱいいっぱい、いいいっっっ・・っっぱい、泣かせてやる


あたしの腕の中で、泣かせてやる


覚悟してよねツク


あんたはもう、あたしのものなんだから」


そう言ってから、ヨミが顔を近づける


ツクはすかさず、目をつぶる


それからのことは


・・・月だけが見ていた



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?