西暦2195年。タイムマシンのプロトタイプを試運転中、誤って男性をひとり、過去から連れてきてしまった。
彼を、彼が消えた瞬間に再び戻すべく、現在マシンの調整が進められている。
「というわけで、大変申し訳ありませんが、調整の完了までしばしこの時代にご滞在願います」
「こんなことって本当にあるんですね。せっかくなので、未来が今どんな世界なのか教えてもらってもいいですか」
「過去に戻る前に、ここで見聞きした一切の記憶は消去させていただくことになりますが。それでもよろしければ何でもご質問ください」
不幸中の幸いだったのが、連れてきてしまった彼が冷静に事態を受け止めてくれたことだ。これがもしパニックになって暴れられ、体に傷でもついてしまったら、過去との整合性が取れなくなる。
彼はわくわくした顔であれこれ思案したのち、まず一つめを決めたようだった。
「では、未来で起こった一番画期的な発明は何ですか? 時間旅行はもう体験しましたから、それ以外でお願いします」
なかなか悩ましい質問だ。言語の統一や宇宙コロニー等、語って聞かせたい功績はさまざまあるが、それらは過去のSF小説ですでに想像されており、新鮮味に欠けるだろう。
私は顎に手をやって数秒思案したのち、こう答えた。
「そうですね、あなたが一番驚きそうな発明というと、JC(ジャッジメント・コンピュータ)はいかがでしょう。個人の行動や業績、品行を評価するものです。このJCにより、たとえば選挙、昇進、犯罪の検挙等が行われます」
「JCとは、具体的にどんなものですか? そしてそれは、何をもとに良し悪しを判断するのでしょう」
「JCとは、人工的に作られた知能のことです。あなたの時代にもある計算機を、もっともっと高度にしたもの、と言えばわかるでしょうか。JCは、全人類の脳が日夜発する脳波——つまり脳が活動する時に発する電気信号ですね。それを逐一記録し、解析して、判断を下します。つまり、人々が頭の中で考えていることを把握できるので、嘘や不正に惑わされない絶対的な評価ができるということです」
「はあ、そうですか」
この世界中を沸かせた世紀の大発明に対して、彼の反応はあまりに呆気なかった。なにやら不可解そうな顔で、しきりに首をかしげている。
私は、きっと彼はまだよく仕組みを理解できていないのだろうと思って、具体例を出すことにした。
「先ほど、JCは選挙に応用されると言いましたが、厳密に言えば、もう投票をする必要はないのです。投票権のある人間すべてが、一瞬一瞬、各候補者に対してどう思っているかのデータがすでにあるので、それを解析すれば当選者が決まります。投票だと、投票日当日の意見しか反映されず、しかも本当は良いと思っていない候補者にわざと投票することもできますが、JCを使えば長い期間の思考の遍歴や、正直な意見を得ることができます」
「ふうん、すごいですね」
「犯罪の検挙にしても、被害者の脳内データを見れば誰が犯人か、どの程度凶悪な犯罪だったのか、すぐにわかります。また、JCの優れた解析能力を積極的にメディアに流すことで、罪を犯してもすぐに捕まって罰せられることは周知され、そもそもの犯罪件数が目に見えて減少しました」
「そうですか」
熱心に説明を続ければ続けるほど、彼の反応は悪くなるようで、しまいには難しい顔をして黙り込んでしまった。こちらとしても、彼が何を考えているのかさっぱりわからない。
ここは席を外して、一人でゆっくりしてもらった方がいいだろうか。しかし、私がそう提案するより前に、彼が顔を上げてこう言った。
「あの、その発明、というより世の中の仕組み、私の時代にすでにあります」
「なんですって」
「本当です。しかも、JCよりももっと高度です。そもそも比べるべきではないかも……」
「そんな馬鹿な。それは、何て名前なんです」
「神様って言うんです。しかし、この世に再びJC(ジーザス・クライスト)が遣わされるなんて、未来の人間はいったい何をしたんだ」