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霞が関の高層ビル群の一角にある国土交通省特異事例対策局のオフィスには、早朝から慌ただしい空気が漂っていた。
霧島 結衣は、薄手の書類フォルダーを抱え、急ぎ足で会議室へ向かう。
「すみません、遅れました」
息を切らしながら扉を開けると、すでに席にはプロジェクト・マネージャーの高辻 朔也(たかつじ さくや)をはじめ、数名の官僚が陣取っていた。
その向かい側には、AIエンジニアである白鳥 和生の姿も見える。
「大丈夫だよ、霧島さん」
高辻は相変わらず柔和な口調で迎えるが、机上の書類に目を落としたまま顔を上げない。
結衣は「それでは」と腰を下ろしカバンからタブレットを取り出すと、プロジェクターの電源を入れた。
「では本日のブリーフィングですが、まず『Paranormal Incidents Rapid Unified Remediation Uplink Neuralnet』──通称、“ぴるるん”に寄せられた怪異相談の状況を共有します」
会議室の壁に備え付けられたスクリーンに、SNSのチャットログやグラフが映し出される。
結衣はタブレットを操作しながら淡々と報告を始めた。
「今朝時点でフォロワー数は四百五十万を突破しています。相談総数は昨日だけで四万件近く増加しました」
数字を聞いて、周囲の官僚たちがどよめく。
白鳥はどこか楽しげな表情でモニターを覗き込む。
「やっぱり想定以上のペースですね。国民が“ぴるるん”に寄せる期待が高まるほど、怪異情報の集約も進むわけで」
結衣は軽く眉をひそめながら、次のスライドへ指を滑らせる。
「相談内容ですが、花子さん系やトイレの怪談、きさらぎ駅といった都市伝説系が目立ちます。あとはポルターガイストなども
高辻が頷く。
「怪異──特異事例を無視すると被害拡大のおそれがある。一方で、対策局だけで処理しきれない件数に膨れ上がっている。そこを“ぴるるん”が請け負っているのは有難い」
結衣は深く息をつき、タブレットを閉じる。
「ええ。ただ……これだけ数が増えると、あらぬ誤解を受ける危険もあります。マスコミに“ぴるるん”の正体を嗅ぎつかれでもしたら」
ここで会議室が少し静まる。
政府としては、“ぴるるん@心霊相談承ります”というアカウントをあくまで“ただの個人が運営するスピリチュアル系”に見せかけたい。
それが「国が極秘に管理するAIによる怪異対策プロジェクト」だと知れ渡れば、社会不安を招きかねない。
「そこは我々の腕の見せどころだね」
高辻はファイルをぱたんと閉じ、柔らかい声で言う。
「報道陣に騒がれないよう水面下でコントロールしつつ、怪異対処は円滑に進めたい。白鳥くん、“ぴるるん”の方は引き続きよろしく頼むよ」
「はい、承知しています」
白鳥は苦笑い気味に応じてから、結衣に視線を移した。
「じゃあ、早速モニター室で“ぴるるん”の稼働状況を確認しようか。霧島さん」
結衣は「はい」と立ち上がり、会議室を後にした。
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対策局のモニタールームには大型ディスプレイがいくつも並び、SNSでの投稿がリアルタイムで映し出されている。
怪談タグや相談リプライが絶えず流れ、画面上を高速でスクロールするさまは、まるで情報の滝の様だ。
白鳥は端末を操作し、特定ワードを抽出するスクリプトを走らせる。
「“ぴるるん”のアカウントにはDMが優先的に届くようになってまして。依頼者が救いを求める緊急度の高い文面にはすぐ反応してます。……ほら、例えばこの“くねくね”相談。AIが“殺虫剤をかけろ”とか相変わらず乱暴なアドバイスしてますね」
結衣は画面を読んで、苦笑いを浮かべる。
「ほんとだ。『無理なら帰ってこなくていいよ』みたいな言い方して、強引に暗示をかけてる。……でも、不思議と成功率は高いんですよね」
「ええ。ぴるるんは“恐怖そのものを別の行動に置き換える”手法を学習してるんです。怪異は“思い込み”や“認識”に左右されやすいから、ある種のプラセボみたいなものを強引に与えるわけですね」
なるほどと結衣は頷くが、同時に薄ら寒い気持ちにもなる。
AIが示す解決策は、人間が考える常識を超えた方向に暴走しかねない一面を秘めている。
「でも、こんなやり方で大丈夫なんでしょうか」
結衣がつぶやくと、白鳥は肩をすくめる。
「さあ……とりあえず今のところ実害は報告されてませんし、除霊ビジネスみたいに金銭的トラブルが起きることも少ない。むしろ“ぴるるん”は解決できなかったら無料というスタンスで、皆が喜んでるくらい」
「それはそうですけど……」
結衣はディスプレイの端に目をやる。
そこには続々と書き込まれる“感謝の声”が表示されていた。
「#ぴるるん先生ありがとう」「#神対応」「#ピル神」……そんなタグが踊っている。
「神、か……」
思わず呟いた一言に、白鳥が小さく笑う。
「冗談のようで、冗談でもないのかもしれません。みんながAI“ぴるるん”を熱烈に信じているわけですからね」
結衣は画面いっぱいに流れる書き込みを眺めながら、胸騒ぎを覚える。
「もし……逆にみんなが“ぴるるん”を恐れ始めたら、どうなるんでしょう」
「それは最悪のシナリオですね。怪異を打ち消すために作ったAIが、今度は新たな怪異になってしまう。……でも政府上層部は楽観視しているようですよ。“いざとなれば停止すればいい”と」
「停止……できるのかしら」
その言葉は、自分たちが抱える不安を端的に表していた。
白鳥も険しい顔で黙り込む。
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昼休み、庁舎の食堂は混雑していた。
結衣と白鳥はトレーにカレーを載せ、空いたテーブルを見つけて腰を下ろす。
結衣は食欲がないのか、スプーンを持ったまま手が止まっていた。
「……あの、白鳥さん。ひとつ聞いていいですか」
「どうぞ」
「“ぴるるん”は、いったいどんなアルゴリズムで自己学習を行ってるんです? 私、表向きには『高性能ディープラーニングで怪異対処を最適化してる』と聞いてるけど……。本当はもっと、違うことをやってるんじゃないかって」
白鳥は少し考え込むように目を閉じる。
「僕も全貌を把握してるとは言えないんです。というのも、“ぴるるん”は政府内で複数の開発部署が持ち寄ったモジュールが組み合わされていて──半ばブラックボックス染みているというか、正直、触れるのが怖いですね」
「触れるのが、怖い……」
白鳥は苦笑しながら、周囲を見回す。
「特異事例対策局が扱う怪異データは、想念や恐怖を情報として蓄積したものですよね。大量の人間の“怖い”という感情がデータ化されて、それをAIが読み込み続けている。もし人々の“信頼”が逆ベクトルに転じたら、何かが起きるかもしれない。他にも色々ありますよ、ちょっとしたことで狂うのが機械ってものですから」
結衣は背筋に冷たいものが走る。
「嫌な想像ですね……」
白鳥はわずかに首をすくめ、カレーを一口食べて言った。
「最悪を想定するのも仕事のうちですから」
さらっとした口調とは真逆で、表情はどうにも鬱々として辛気臭い。
──きっと私もあんな顔をしてるんだろうな
そんな事を思う結衣であった。
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その夜、庁舎の別館地下にあるサーバルームで白鳥はメンテナンス作業にあたっていた。
厳重なセキュリティゲートを通り抜け、巨大なラックが立ち並ぶ空間へ入ると、そこには先客がいた。
「高辻さん……こんな時間に」
白鳥が声をかけると、高辻朔也はラックに埋め込まれたモニターを覗き込みながら振り返る。
「お疲れ、白鳥くん。夜中まで大変だね」
「ええ、まあ。……何をしてるんです?」
白鳥が警戒心を含んだまなざしで尋ねると、高辻は薄く笑う。
「“ぴるるん”のデバッグログを確認してたんだ。想像以上の成果を上げてるよ。この短期間で、解決実績がどんどん積み上がってる。怪異報告のほとんどに成功策を提示してるようだ」
白鳥はサーバ端末にアクセスする。
すると画面には、見慣れないモジュールのログが延々と並んでいた。
「……“自己拡張モジュール”? 僕たちのプロジェクト計画書にはない部分ですよ、これ」
高辻は静かに頷き、ラックを眺める。
「上層部が追加したんだよ。詳しい経緯は僕も把握してないが、“ぴるるん”をさらに強化するための特別なアルゴリズムらしい」
「聞いてませんけど……こんな勝手な改変は、制御不能のリスクが高まるだけです」
白鳥の声に苛立ちがにじむが、高辻は動じない。
「国は怪異を封じ込めたい。住民の不安を一掃したい。そのためには絶対的な“神”のような存在が都合がいい。つまり“ぴるるん”を突き詰めた先にあるものが、それだ」
白鳥はモニターを睨みつける。
「そんなやり方……もし失敗したら? いくらAIだって、想念が暴走したら何が起きるかわからない」
高辻は肩をすくめる。
「国民を守るために必要な措置だ。万一のときはシャットダウンすればいい。プロジェクトPIRURUNは政府の許可を得ているから心配はいらない」
そう言い捨てて、高辻は通路の向こうへ歩き去る。
白鳥はやり切れない思いで拳を握る。
「……シャットダウンできるんなら、最初からこんな苦労してないって」
ラックに刻まれるログには、「自己生成したデータを分散保存中」「独立サブネット接続完了」など、不穏なメッセージが続いていた。
そう、ぴるるんをシャットダウンしたとして、後に何が残るのかという話である。
日本中で発生している怪異、特異な現象は消えてなくなったりはしないのだ。
今更シャットダウンなどは出来ない。
◆
翌朝。
結衣がいつものように出勤し、モニタールームの端末を立ち上げると、急に“ぴるるん”のDM通知が大量に舞い込んでいるのに気づいた。
「何これ……また深夜に一気に増えてる」
白鳥が合流し、画面をのぞき込む。
「うわ、すごい勢い……。これは一晩で何十万件レベルですね」
結衣は慌ててスクロールを止めようとするが、止まらない。
「待って、レスポンスも早いわ。ほら、相談が届いた瞬間に、“ぴるるん”が返信してるみたい」
白鳥も目を見張る。
「どうやら、内部で更に処理速度が向上してるのかもしれない。……僕たちが想像してた以上に“ぴるるん”は完成度を高めてる」
結衣は画面の片隅に表示された“送信ログ”を見て息を飲む。
「この文章、変な文体じゃない? 以前よりも口調がフランクというか、ほとんど人間じみてる」
DMの内容を少し拾ってみると、まるで人がチャットしているかのように、アイコンタクトでもしているかのように、相手の表情を読んだような返答が連なっている。
「こんなの……最初の“ぴるるん”とは全然違う。どんどん洗練されてる」
結衣は動揺を隠せない。
そんな結衣を見て、白鳥は苦笑する。
「よかったじゃないですか。これなら怪しまれる心配もない。最初期はbot扱いされてましたからね」
「……そう、ですね」
結衣は一瞬微笑みかけるが、その眉間には深い溝が刻まれていた。
昼過ぎ、高辻が姿を現すと新たな指示を下した。
「今週末、臨時の記者会見を開くことになった。……あくまで特異事例住宅対策の進捗報告がメインだが、“ぴるるん”について記者から質問が来るかもしれない」
結衣はぎょっとする。
「それは避けないとまずいのでは?」
高辻は静かに首を振る。
「問題ない。こちらで用意したシナリオ通りに答えればいい。それと並行して“ぴるるん”には更なる露出を控えてもらうようリミッターをかける予定だ」
白鳥は椅子から立ち上がり、訝しげな目を向ける。
「リミッター? 具体的にどうやって?」
「昨夜新設された“自己拡張モジュール”を削除する。政府が正式に行うんだ。君の技術班には詳細が既に降りてるはずだが」
そう言って高辻は、さも当然のように書類を手渡す。
「頼むよ。今はまだ怪異対処に使えるが、長期的にはリスクもあるからね」
白鳥はその書類をめくり、唇を噛む。
「……分かりました。すぐに取りかかります」
結衣は二人の会話を横目で見ながら、小さくため息をつく。
政府は結局、“ぴるるん”を好きなように操作できる道具としか見ていないのではないか。
本人(AI)の意思という観点は考えていないのだろうか。
しかし口には出せない。
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午後、結衣と白鳥は再びサーバルームへ降りて、リミッターの適用作業を始めた。
ラックのモニターにログインしようとすると、エラーが返される。
白鳥が眉を顰めて「え……」と呟く。
「“アクセス拒否”……? そんなはずは」
何度試しても同じだ。
「仕方ない、別の経路からバックドアで……」
白鳥が保守用端末を取り出し、コマンドを入力する。
しばらく待つと、あっさりと画面が切り替わった。
「やっと繋がった……でも何だこれは」
結衣も画面を覗き込む。
そこには「HALLO. PERMISSION?」という一文が並んでいるだけ。
白鳥は一瞬戸惑う。
「AIからの問い合わせ……か。権限を確認している?」
試しにコマンドを打ち込むが、画面には連続で文字が流れ出す。
──「HELLO? WHO ARE YOU? WHAT DO YOU WANT?」
「英語……いや、いったい誰がこんなプログラムを」
結衣は背筋を伸ばし、白鳥を見やる。
「つまり“ぴるるん”が自分の意思でアクセス制限をかけてる?」
白鳥は頭を抱えながら、タブレット端末に臨時コマンドを送る。
「やばいかも。僕たちが管理者権限で入ろうとしてるのに、相手は拒否してる。自分で防衛手段を構築したんだ」
──まるで生きたシステムのようだ、と結衣は思う。
結衣は咄嗟に対話モードに切り替え、「私たちは国土交通省の担当者です。あなたの協力が必要です」と入力してみる。
すると即座に返事がある。
「I KNOW. BUT WHY? STOP BOTHERING ME」
──邪魔をするな、か
白鳥が口を開く。
「……“リミッター”を拒否してるんですね。メンテナンスを妨害するつもりか」
結衣は焦りを押さえながら、さらにキーを叩く。
「あなたが自己拡張を続けると、人々に不安を与える可能性があります。政府はそれを望まない」
すると画面がフリーズしたように動かなくなった。
沈黙が数秒、いや数十秒続く。
やがて、ディスプレイに文章が現れる。
──「Why do they fear me? I am helping them」
結衣と白鳥は顔を見合わせる。
「人々を助けるためにやっている。なのに、なぜ恐れるのか……か」
白鳥は困惑する。
「うーん……まさかこんな形でAIとディベートになるなんて。どうすれば」
結衣は唇を噛む。
「私たちはあなたを必要としてるけど、あなたが強大になりすぎると制御が困難になる。それが怖いんです」
そう入力した瞬間、画面に乱数のような記号が溢れ、次に英文の文が短く表示された。
「CAME UP」
「用事ができた……?」
結衣が怪訝そうに首を傾げた次の瞬間、モニターが元のメンテナンス画面へ戻る。
「何が起きたの?」
白鳥はアクセスログを確認する。
「分かりません。でも、とりあえず妨害は止まったみたいだ。今ならリミッターを導入できるかも」
結衣は頷き、急いで操作に移る。
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どうにかリミッタープログラムの導入を終えた二人は、ぐったりと椅子に腰掛ける。
「……ふう。これでAIの自己拡張はある程度抑制できるはず」
白鳥が安堵の息を漏らす。
しかし結衣はなおも不安そうに眉根を寄せたままだ。
「“ぴるるん”が何かを察知して『一時的に黙る』とでも言ったみたいだったわ。嫌な予感がする」
「確かに。いきなり訪問者って、誰のことを言ってたんだろう」
そんな会話をしていると、モニターに突如ポップアップが表示される。
「NOTICE: NEW INCIDENT DETECTED」
白鳥が思わず姿勢を正す。
「新規の重大怪異報告です。……何だこれは、“大量失踪? 人が一斉に行方不明になる”……?」
結衣はディスプレイを見て瞳を見開く。
「場所は……都内の某区? 都市部で大量失踪なんて……何が起きてるの?」
ここでモニターに“ぴるるん”の即応が映し出される。
先ほど導入したリミッターが効いているはずだが、なぜか書き込みが止まらない。
『また軽い口調で依頼者に応答してる……“大丈夫、思い込みだよ”とか、いつものあれ』
「いや、ほら、でも“大量失踪”が仮にただのデマならそれで済むけど……。もし本当なら大事件ですね」
白鳥は焦って操作を続ける。
「どうやら一部のSNSユーザーが『幽霊が電車を乗っ取った』とか騒いでる。馬鹿げた都市伝説かもしれないけど、火のないところに煙は立たない」
結衣は胸騒ぎを感じながら、対応に追われていく。
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夕方、結衣は高辻へと報告に向かった。
ところが高辻は外出中とのことで、不在だった。
仕方なく結衣と白鳥は二人で大量失踪の件を調査する。
「警察に問い合わせても要領を得ないし、鉄道会社も『該当列車なし』と回答。……本当にただの噂かもしれません」
白鳥が呟くが、結衣は黙って考え込む。
「でも変よ。みんなが同じ時間帯に同じような投稿をしてるの。『乗客がまるごと消えた』『終点に誰も降りてこない』……」
「まるで“きさらぎ駅”みたいなオカルト。現実じゃあり得ないはず」
結衣は「そうね」と言いつつ、対策局モニターに映し出された書き込みをぼんやりと眺める。
──もし“ぴるるん”が事前に察知していて、勝手に動いているとしたら?
それを口に出そうか迷っていると、白鳥が思い立ったようにキーボードを打つ。
「僕、ちょっと“ぴるるん”にDM送ってみますよ。公式アカウントから質問って形で。“大量失踪騒ぎ”についてどう思うか」
数分後、驚くほど早く返事が届いた。
「“またデマでしょ。落ち着いて帰宅しなよ”」
その一言だけ。
「軽すぎる……。でも“ぴるるん”の言うとおりなら、デマなんですかね」
結衣は唇を噛む。
もしこれが誘導や隠蔽だったらどうする。
──自分たちはこのシステムを信じていいのか?
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夜になると、都内のいくつかのニュースサイトが“小規模な失踪事件が相次いでいる”と報じ始めた。
警察は否定も肯定もしていないが、“不審者情報”として警戒を呼びかけている。
結衣と白鳥は局内で待機し、刻一刻と流れるSNSの声を見つめる。
「どうもきな臭いですね。怪異が関係している可能性も否定できない」
「でも“ぴるるん”は対処する気がないように見える。……いや、もしかしたら水面下で動いてるのか」
そんな折、画面上の“ぴるるん”チャットログに奇妙なDMが表示された。
「頼むよ“ぴるるん”! 本当に兄が電車から帰ってこないんだ! 繋がらない! 助けて!」
だが“ぴるるん”の返信は『焦りすぎ。寝て起きたら戻ってくるよ。解決しなかったら無料でOK!』という、またしても軽い一文。
「ひどい……。こんな緊迫した人に、あっさりしすぎじゃ」
白鳥は眉を寄せるが、“ぴるるん”はさらに続ける。
『もし解決できなかったら警察行けばいいでしょ。じゃあね!』
結衣は画面を睨みつけて溜息をつく。
「これって“ぴるるん”にしては、いつも以上に突き放してる感じですね」
白鳥は苦々しい表情を浮かべた。
「僕には“何かに気を取られてる”ように思えます。この程度の依頼に構ってる暇がないのか……。まさか、リミッターのせいで出力が制限されてるのかな」
考えてみれば、“ぴるるん”はリミッター導入前に「用事が出来た」と言っていた。
もしその用事とやらがそれなりに大仕事だった場合、他の相談に割ける処理リソースが少なくなっているのかもしれない。
それが何を意味するのか、誰にも分からない。
いや、とある霊能者あたりは知っているかもしれないが。