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第十三話「鳳仙 麗子 と ぴるるん」

 ◆


 鳳仙麗子(ほうせん・れいこ)は、テレビ番組でのド派手な除霊パフォーマンスを売りとしている。


 そんな彼女を胡乱な山師の様に言う者も少なくはない。


 ただ、彼女の能力はけっしてハッタリや虚飾だけではない。


 幼少期に師事した祖母の教え、厳しい修行を積んだ経験は確かな土台となり、今の麗子を形作っていた。


 その功績は|も《・》程だ。


 現在日本は多くの霊的インシデント、あるいはアクシデントを抱えているが、国が依頼者となった案件を過去にいくつも解決している。


 先日の「こっくりさん生放送」でも、麗子は本気で夏木チハルという少女を救おうとした。


 けれど、結果はどうだろう。


 表向きには“除霊大成功”と言って拍手喝采、視聴率もうなぎ上りだったが、肝心の麗子自身は全く納得していなかった。


 ──アレは、あんな簡単に払えるような存在ではなかったはず。


 収録後、自室で麗子は一人頭を抱えた。


 今回のこっくりさん騒動は、どう考えても普通の“低級霊”などではない。


 どこか途方もなく禍々しい波動が、あの少女・チハルに纏わりついていた。


 番組冒頭でボードが揺れ始めた時に感じた、あの骨まで凍てつきそうな程の寒気。


 霊札だの結界だの、一応やれるだけの手は打っていたが、それだけで抑えきれるものとは思えなかった。


 あるいは麗子自身の命も危なかったかもしれない──そんな相手だった。


 ──だが、結果的にチハルには何の後遺症も残らなかった。


 どれだけチハルを霊視しても邪気の痕跡の欠片もない。


 あの収録を機に、チハルの周囲は拍子抜けするほど平穏を取り戻しているという。


 行方不明だった学友もいつのまには帰ってきたそうで。


 要するにハッピーエンドなのだが、麗子は自分の力だけでそれを成せたとは思っていなかった。


 ◆


 SNS上で「ぴるるん@心霊相談承ります」と名乗る胡散臭いアカウント。


 どうやら、この男が夏木チハルを救ったらしい。


 麗子も以前から名前だけは知っていた。


 最近やたらフォロワーを増やしているスピリチュアル系のアカウントだ。


 心霊相談に乗るといって個人情報を抜き取るような詐欺師は、残念ながらうんざりするほど居る。


 そのせいで極少数の本物までもが詐欺師扱いされてしまう事もある。


 しかし──


 ──夏木 チハルのケースは口先だけでどうにかなるものじゃないわ


 少なくとも麗子が感じた“アレ”は、本気で危険な存在だった。


 生半可な祓い師なら、逆に取り込まれて命を落としかねないほど。


 ところがチハルに危害は及ばず、あろうことか彼女は完全に解放されたように見える。


「ぴるるん──何者なの……?」


 そう考えずにはいられなかった。


 "この界隈" には海のものとも山のものともつかない連中がウジャウジャいるが、その大半は大体詐欺師か、もしくは多少力を持っていたとしても素人に毛の生えたようなものだ。


 麗子は不安と興味の入り混じった衝動に突き動かされ、意を決した。


「直接会って、話を聞いてみよう」


 ◆


 だ、問題はどうやってコンタクトを取るか、だ。


 、彼(もしくは彼女? 実際の性別すらはっきりしない)が掲げているポリシーは明快だ。


「相談内容はDM以外では受けない」「困ってないなら来るな」


 そういうスタンスをずっと続けているらしい。


「……困っていない、と言えば困ってはいないんだけど……」


 麗子は唇をかみしめ、意を決してDMの入力欄を開いた。


 ──『鳳仙麗子と申します。先日の夏木 チハルさんの一件ではお世話になりました。お礼もさせていただきたいので是非一度、お会いしたいのですが……』


 果たして返信は来るのか。


 しばらくして、端末が振動する。


「……あ、きた……!」


 麗子は飛び上がるほど驚いた。


 ──『先日って? まあいいや、相談はDMで、それで必要があれば通話で! アポは無理! 悪いんだけどんだよ』


 幾つか引っかかる事もある。


 麗子はさっそく意気込んで返信する。


 ──『実は困っていることがあり、どうしてもお話をお伺いしたく』


 困っているのは本当だ


 麗子はぴるるんが気になって仕方がない。


 が、ぴるるんからすればそもそもが余り歓迎したくない依頼の筈だ。


 謝礼金はもちろん積むにせよ、普段から1万円などという破格の料金で依頼を請け負っているものが金に転ぶとは思えない。


 だから名誉欲も刺激してみることにする。


 ──『ご存知の通り、私はテレビやメディアを通じて霊能のお仕事をしております。もしよろしければ一度お会いし、今後のビジネス展開などでコラボできないか話を伺いたいのです。謝礼はもちろんご用意いたします』


 すると、しばらく無反応。


 “既読” のまま進まない。


 ──まずいかしら。ちょっとあからさま過ぎた? 


 なんともいえない沈黙がスマートフォン越しに漂い、麗子は思わず落ち着かなくなる。


 1分、2分……時間がひどく長く感じられた。


 ──『お金はいいです。てか、めんどいんで』


 たったそれだけの返事が届いて、麗子の眉間に皺が寄る。


「中々ガードがかたいわね」


 だが、ここで諦めるわけにはいかない。


 ──『そこをなんとかお願いできませんか? 私自身、深刻なトラブルを抱えているわけではないのですが、“あなた”を知りたいのです。なぜ、私が対処しきれなかったような事例を、あっさりと……』


 そこまで打ちかけて、麗子はふと手を止める。


「あっさり解決」などと書くのは、あまりにも悔しい気がしてならない。


 だが事実そうなのだから仕方ない。


 最後まで書ききり、メッセージを送信。


 数秒後、既読がつく。


 ──『知ってどうするの。そういうのはスピリチュアル商法とかのネタにされるから嫌なんだけど。なんだか怪しいなぁ、もしかして詐欺師かなにか?』


「う、うわ……ハッキリ言うわね」


 麗子は苦笑いしつつ、追撃の文章を考える。


 ──『謝礼金も勿論お支払いいたします。あなたが望む額を言ってください。言い値で払います。私はあなたの手際に感服致しました。どうしてもお会いしてみたいのです。ビジネスパートナーというのが無理だったとしても、せめて、お話だけでも』


 すると、数十秒の沈黙ののち、ようやく返事がきた。


 ──『番組出演とかはパスで。好きじゃないんだそういうの。それにしてもしつこいね。諦めてほしいんだけど』


 ──こうなったら、徹底的に額を吊り上げるしかない


 麗子は唇を引き結び、一気にまくし立てるように文章を書く。


 ──『それでは、10分お話を伺うだけで100万円、というのはいかがですか?』


 なんだったらもっと支払っても良いと思っている。


 ──『は? 10分で100万? あんた正気?』


「くっ……」


 麗子は唇を噛む。


 もしかしたら“正気” ではないのかもしれないが、何と言われようと意地でも崩せない。


 ──『はい、正気です。もう少し額を上乗せしてもかまいません。もしそれでもだめなら……200万、いえ300万』


 送り終えた瞬間、自分がとんでもない事をやっていると気づいて冷や汗が出た。


 半ばヤケクソである。


 しかしどうしても会って話を聞くチャンスがあるならそれを掴みたかった。


 なぜならその出会いが麗子を大きく成長させてくれるかもしれないからだ。


 この界隈、 文字通り命懸けになる仕事も珍しくなく、自身が成長するチャンスが金で買えるなら安いものであった。


 ──『もうめんどいわ。そんなに俺に会いたいわけか。ガチって事だね、分かったよ。10分で100万、、会ってもいい』


 麗子は思わず小さなガッツポーズを作る。


「……やった! やっと会える!」


 半ば狂気じみた方法だったが、どうにか承諾を引き出せたのだ。


 ──『もちろん。ちゃんと支払えます。私はテレビ番組にも出演している霊能者ですので、身元も明らかです。そちらさえよければ、ぜひ日程を……』


 これ以上変な駆け引きで失敗したくない。


 丁寧に、しかし即座に返信した。


 ──『うーん、じゃあ来週の日曜とか? まあ確約はできないけど。昼ごろ都内の××駅でどう?』


 それだけ書かれたメッセージが届き、麗子は胸を撫でおろした。


「確約はできない……? まあ、いいか。まずは約束取り付けたんだから……」


 場所は都内の私鉄沿線で、あまり人通りが多くない駅らしい。


 それからいくつかの条件を提示して再確認のDMを送る。


 彼からは「駅前の○○カフェの前で14時。行けたら行くから」といい加減な返答があったが、麗子としてはそれだけでも十分だった。


 ◆


 迎えた日曜日。


 麗子は朝から落ち着きがない。


 ──本当にあの人、来るのかしら……? 


 とりあえず約束された時刻の少し前に駅へ到着し、周辺の下見をする。


 駅前は小さなロータリーがあり、コンビニと昔ながらの雑貨屋が並んでいた。


 目的のカフェはロータリー沿いの雑居ビル一階にあり、ガラス越しに店内が見える。


「ここ……ね。地味な場所」


 麗子は日傘をさしながら、そっと辺りに目を走らせる。


 相手がどんな姿をしているのかもわからない。


 そもそも性別すら明確ではない。


 だからこそ余計に不安が募る。


 それでも、とりあえず時間まで待機するしかない。


 麗子は店の前を少し離れたところにある公衆電話の横で、壁際にもたれかかる。


 タバコは吸わないが、一応ここなら人通りに邪魔されずに待てそうだ。


 時計を確認すると、13時58分。


 あと2分で約束の14時だ。


 ──……来る? 来ない? 


 14時きっかりになっても、誰も近づいてこない。


 店の前にいる人々も入れ替わり立ち替わり、しかしそれらは明らかに“ぴるるん”ではなさそうに見える。


 ──やっぱりドタキャン……? 


 14時10分、14時15分……じわりと不安が増していく。


 何度もスマホを確認するが、ぴるるんからの連絡はない。


「……そんな……!」


 期待が空回りし、麗子の心は焦燥でいっぱいになる。


 このままでは最悪、お金をちらつかせてまで動いてもらおうとした努力が無に帰す。


 14時20分を過ぎたころ、彼女のスマホがかすかに振動した。


 ──きた……! 


 画面には“ぴるるん@心霊相談承ります”のアイコン。


「はい、もしもし……!」


 震える声で応答するが、通話ではなくDM通知だった。


 麗子は慌ててDM画面を開く。


 ──『遅刻するなら一報入れてくれません? 俺もう着いてるんだけど』


「え……?」


 思わず、口元がこわばる。


 今、ここにいるのは自分の方だ。


 どう考えても相手は来ていないように見える。


 なのに相手は「もう着いてるから連絡くれ」と言っている。


 ──まさか、すでに付近にいて見落としている……? 


 麗子は周囲を見渡す。


 小さな駅前ロータリーにいるのは、ベビーカーを押した母親とサラリーマン風の中年男性、それに高校生くらいのカップル。


 あとは空のベンチがあるだけ。


 建物の陰? それともカフェの中?


 急いでカフェの扉を開け、中をざっと見回したが、5~6人ほどの客がいるだけで、“それっぽい”人は見当たらない。


「いったい……どこにいるの……?」


 再びDMを確認する。


 ──『あれ、まさか駅間違えてるんじゃ? 俺、私鉄の××駅の西口。ロータリーの周りに雑貨屋とカフェとコンビニあるけど……?』


 駅名は間違いない。


 西口も合っている。


 コンビニも雑貨屋もあるし、カフェだってある。


「何かの悪戯……?」


 疑念が胸をよぎる。


 麗子は落ち着かなければと自分に言い聞かせるが、焦りばかりが募る。


 ──『もういいや、やっぱり無しで。なんか不快だから帰るわ』


 そう一言だけ。


「あ、ちょっと待って……!」


 麗子はとっさに返信を打とうとするが、その瞬間、アプリがフリーズしたかのように動かなくなる。


「何……?」


 再起動をかけても、なぜかDM画面に繋がらない。


 ほかの操作は問題なくできるのに、ぴるるんとのやり取りだけが突如消滅してしまったかのよう。


「嘘でしょ……?」


 麗子は呆然と立ち尽くす。


 “確約はできないけど行けたら行く”と言われ、必死に待ち続けてこの仕打ち。


 そればかりか、そもそも同じ場所にいるはずなのに会えないなんて。


「……あなたは、一体何なの……ぴるるん……」


 、麗子は思わず呟く。


 ◆


 その日の夕暮れ、麗子は結局ぴるるんを見つけられないまま、駅を後にした。


 帰りは電車に乗る気力もなかったのでタクシーで。


 窓の外にはオレンジ色の夕日が沈もうとしている。


 ──ぴるるん。


 謎の“霊能者”を名乗る男(かもしれない存在)と、いまだに誰一人として直接会ったことがないという噂は本当なのか。


 どれだけフォロワーが多かろうと、その正体を誰も知らない。


 ──まるで幽霊ね……


 そんな事を思いながら、麗子はタクシーのシートにもたれかかった。


 エンジンの振動が心地よく、疲れ切った頭を揺らしてくれる。


「いつか必ず……」


 麗子のつぶやきは小さく車内にかすれて、消えた。


(了)  

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