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第十二話「ぴるるん と 呪いの家」

 ◆


 俺は「ぴるるん@心霊相談承ります」というアカウントを運営しているが、実は幽霊なんてまったく信じていない。


 というか、世の中にはオカルトに夢中になる人が多すぎるんじゃないかと思っている。


 俺のやっていることは単純で、「霊の仕業かも……」と不安がっている人に、適当にそれっぽい事を言うだけだ。


 でも皆単純なので、それで大体解決するらしい。


 そんなんで1万円を払ってくれるんだから笑ってしまう。


 もし解決しなかったら無料でいいよと最初に言っているから、まあトラブルにもなりにくい。


 そんなわけで、実質口先商売で楽して稼げるってわけだ。


 だから俺はある意味……というか、ほぼほぼ間違いなく詐欺師なんだろう。


 でも別に被害者が出てないんだし良いと思う。


 これまで一度も来てないけど、返金しろみたいな事を言われたら応じるつもりだし。


 まあ、少しは「俺って悪いことしてるんだろうか」と心の隅に引っかかる部分はある。


 けど、そう思うたびに「相手を安心させてるんだからいいことしてるじゃん」と自分に言い聞かせていた。


 さて、そんな日常を送っていたあるとき、俺はふと「本当に幽霊なんていないのかな」と思い始めた。


 事の発端は、俺のクライアントの一人が「深夜の学校にいた血まみれの子供を見た」とか言い出して、いやいやそんなわけないだろうと鼻で笑っていたら、後日その子から「やっぱり何かいるんです、姿も音もはっきりして……」と泣きそうな声で電話が来たことだ。


 俺は適当に「じゃあ時計回りに校舎を三周して、最後にトイレのドアを開けてみな」と言ったら、「本当にいなくなりました!」と感謝された。


 どうせ暗示みたいなもんだろうと思いつつも、なんだか妙に引っかかるというか、もしかしたら本当に不思議な力が世の中にはあるんじゃないかと思ったのだ。


 その時、俺のSNSのタイムラインに「S県某所にある“呪われた家”はヤバい。100%死ぬから絶対行くな」という投稿が流れてきて、ちょっと興味が湧いた。


 そこには「行ったやつは全員行方不明」「中に入ると死ぬ」とか、まさに典型的な怪談じみた書き込みが大量にぶら下がっていた。


 ネットの噂を総合すると、その家はいわゆる心霊スポットのような扱いで、家の周囲に入っただけで悪霊に呪われるらしい。


 そして俺は思った。


「もし本当に幽霊がいるなら、そこに行けばいいじゃん。100%死ぬなら100%その幽霊ってのに会えるわけだし」と。


 今までは全部、偶然や暗示や錯覚で説明がつくものばかりだった。


 じゃあ今度はこっちから強烈なとこに乗り込んでみて、何もなかったら“幽霊なんていない”って自信を持って言えるし、もし何かが起きたら起きたで面白い。


 それに、少しは自分の“商売”に対する罪悪感を払拭できるかもしれないとも思った。


「よし、行ってみるか」


 そう決めるや否や、俺はネットで噂の住所を検索し始めた。


 S県某所……といっても、そこは辺鄙な田舎ではなく割と都会寄りのベッドタウンだった。


 うわさ話の割にすぐ出てくるのは怪しいとも感じたが。


 電車でもバスでも行けるみたいだし、行くのはそう難しくなさそうだ。


 実は俺の自宅からもさほど離れていない距離で、電車を乗り継げば1時間ちょっとで着きそうだった。


 次の休みに、俺は早速出かけることにした。


 電車に揺られて駅を降り、そこからバスに乗って住宅街を抜けると、そこはまあ典型的な郊外の新興住宅地の風景が広がっている。


 可もなく不可もない、一軒家がずらりと並んだ通りだ。


 車の通りが少し減ってくると、地図アプリが示す目的地の付近にさしかかった。


「あれ、普通の家じゃん」


 現地を見て最初に抱いた感想は、それだった。


 噂では“荒れ果てた廃墟”とか“どす黒い家”とか色々言われていたが、外観自体はそこまで異様には見えない。


 ただ、よく見ると家の周囲が黄色いバリケードテープのようなものでぐるりと囲まれていた。


 さらに、玄関先の塀には「関係者以外立ち入り禁止」「危険」と書かれた立て看板が設置されている。


 これは明らかに普通じゃない。


 だがピンときたね。


「なるほどね……実際に何かしらの事故はあった。それもかなりやばい……例えば死人がでるような事故だ。でもそれは心霊云々ってわけじゃあない。ガキか浮浪者かなにかがこの家に入り込んで、それで……みたいな感じか」


 こういう廃屋は悪い連中のたまり場になりやすいとも聞く。


 俺はテープをくぐって忍び込む。


「お邪魔しまーす……ってか、なんかこれって犯罪じゃね?」


 一応、俺はそもそも侵入禁止の場所に勝手に入っている時点で、めちゃくちゃマズいのはわかってる。


 でも「幽霊がいるかどうか確かめたい」という目的がある以上、仕方ない。


 意を決して玄関に回り込んでみると、意外な事にドアに鍵はかかっていなかった。


 ノブをひねると少しだけ音がして、ドアは簡単に開いた。


「ん……?」


 ドアの先は薄暗い玄関ホールで、靴箱らしきものが倒れていたり、壁紙が剥がれていたりと、なかなか荒れ果てた印象だった。


「ほう、やっぱり荒れ家じゃん」


 俺は鼻をつまみたくなるようなカビのにおいに顔をしかめながら、スマホのライトを照らして奥へ進んでみる。


 玄関ホールから廊下にかけて、散乱した雑誌や古びた家具が目についた。


 床には何かの液体のシミが広がっていて、まるで誰かが長らく住んでいない廃屋のようだ。


 しかし、家の外観自体はそこまで年季が入っていない感じで、築年数はせいぜい10~20年程度だろう。


「誰かが住んでた形跡はあるけど……どうしてここまで荒れたんだろ?」


 噂によると、ここでは過去に何人もの人が亡くなったとか、発狂した家族が互いを殺しあったとか、いろんな“説”が飛び交っている。


 でも現場を見る限り、ただ放置されているだけにも見える。


 廊下を歩くたびにギシギシと床がきしむ。


 足元に瓦礫や紙切れが散らばっているが、特に血痕だとかおどろおどろしい痕跡はない。


「こういうのって、勝手に噂が膨れ上がってんじゃないかなあ」


 俺は緊張しつつも、心のどこかでは安心を覚えていた。


 ここまで来てもラップ音とか、霊の気配みたいなのは一切感じない。


 幽霊なんてやっぱりいないという想いが益々強くなり、俺はガンガンと奥へ踏み込んでいった。


 茶の間と思われる部屋。


 畳が剥がれていたり、壁に穴が空いていたりと、随分ひどい有様だった。


 浮浪者か誰かが住み着いて、適当に荒らしたのかもしれない。


「おーい、誰かいるー?」


 一応、声をかけてみるが返事はない。


 やっぱり何もないんじゃね? と肩をすくめ、その部屋を出る。


 今度はキッチンらしき場所に足を踏み入れる。


 シンクには埃が積もっており、食器棚は斜めに倒れかけていた。


 冷蔵庫があるけど、電源が落ちており、中は空っぽ。


「虫でも湧いてるかと思ったら、意外にいないんだな」


 そう呟きながら冷蔵庫の扉を閉じると、何か風が吹いたように背後から音がした。


「……?」


 振り返っても誰もいない。


 廊下には何かが転がっているわけでもない。


 ただ少しだけ、埃が舞ったように見えた。


「ま、ただの風か。この家は穴だらけだもんなぁ」


 そうして再び探索開始。


 家の1階部分は見て回ったが、特に怪しい点はなさそうだ。


「じゃあ、2階を見てみるか」


 廊下の突き当たりに階段があった。


 手すりが半ば壊れかけていて、ギシギシと嫌な音がする。


「こわっ、物理的に怖いんだけど」


 一段一段慎重に足をかけながら、2階へ上がっていく。


 2階は廊下が短く、ドアが2つだけ見えた。


 一つは寝室か子供部屋みたいな感じで、もう一つは大きめの部屋かもしれない。


 まずは手前の部屋のドアを開けてみる。


「失礼しまーす……」


 中に入ると、古い布団が乱雑に重なっていて、埃の臭いが強烈に鼻をついた。


「ふーん……」


 俺は壁のポスターを軽くめくってみる。


 そこには幼稚園か小学校低学年向けのアニメキャラらしき図柄が書かれていて、縁が黄ばんでいた。


「人が暮らしてた痕跡があると、ちょっと胸にくるものがあるな」


 しかし、特に不気味という感情は湧かない。


 ただの廃屋でしかなかった。


「やっぱり噂なんてでたらめだよな」


 そんなことを考えながら、部屋を出ようとした時、視線の端で何かが動いた気がした。


「え?」


 一瞬、俺はびくりとして振り向く。


 だが部屋の中には誰もいない。


 気のせいか、と思いかけたが、廊下の方から微かな気配を感じた気がする。


「……」


 俺はそっとドアを閉め、再び廊下へ出た。


 ここで引き返すべきか、それとももう一つの部屋を見るべきか。


 迷った末に、奥の部屋へ向かうことにする。


 廊下を数歩進むと、床がボコっと沈む。


 恐らく老朽化しているのだろう。


「やばいやばい、ここはいつ床が抜けてもおかしくないな」


 足元に気をつけつつ、最後のドアの前に立つ。


 鍵はかかっていないが、ドア自体が歪んでいて開きにくそうだ。


 少し力を入れて引くと、ガラガラと音を立ててドアが開いた。


「ふう……」


 部屋の中は、広めの空間だった。


 2階のリビング的な使い方をしていたのかもしれない。


 窓は破られており、外からの光が斜めに差し込んでいる。


 床にはカーテンのような布が落ちていて、その上に埃が積もっていた。


 ただ、それだけではない。


「……おや?」


 天井近くの欄間のような部分から、何かの影が見えた。


 俺はスマホのライトをそちらに向け、目を凝らす。


 すると、それは人の頭……髪の毛のようだった。


「まじ……?」


 一瞬、全身の毛が逆立ちそうになる。


 しかし、よく見るとそれはただの人形の髪だった。


 一体いつの人形だろうか、半分壊れかけた等身大っぽい人形が棚に突っ込まれるようにして置かれていて、その髪部分がはみ出していたのだ。


「あー、びっくりした……なんでこんなの置いてあるんだ」


 俺は苦笑しながら、少しだけ安堵する。


「まったく、人騒がせな」


 とはいえ、少し不気味ではあったが、結局はこれも人形だ。


 本物の幽霊がいるわけじゃない。


「そろそろ帰ろう」


 俺は玄関へ戻って引き上げることにした。


 本当にただの廃屋だったし、物理的には危険だが心霊的には何も起きなかった。


 やっぱり幽霊なんていないのだ、と心の中で半ば確信する。


 ところが、1階へ降りた時だ。


 2階の手すりの向こうに、人影が立っていた。


 まるで俺を見下ろしているかのように、こっちをじっと見ている。


「……うわっ」


 思わず声が漏れた。


 その人影は女だった。


 白い服、というよりは色の褪せたシャツみたいなのを着ていて、髪は肩までの長さ。


 顔ははっきり見えないが、こちらをうかがうように少し首を傾けている。


 隣には、男の子くらいの背丈の小さい人影もいた。


「こ、この家、まだ人が住んでるのか……?」


 幽霊には見えない。


 どこからみても貧困家庭のシンママだ。


 おっそろしい悪霊……なんてものにはとても見えない。


 子供の方は栄養失調かなにかか? やけに色白だった。


 血の気が引く。


 不法侵入で通報されてしまうかもしれないし、これはマズいぞと。


 俺は焦って「す、すみません、勝手に入っちゃって……」と謝りの言葉を口にする。


 しかし女は無言のまま、じっとこちらを見ていた。


 どうやらあからさまに怒っている様子もなさそうだが、歓迎している感じでもない。


 数秒間の沈黙のあと、女はすっと背を向け、子供の手を引くようにして廊下の奥へ消えていった。


「なんだったんだ……」


 俺は唖然として、少し放心する。


 少なくとも野良の浮浪者ではなさそうだったし、清潔とは言えないが、見た目は普通の親子にも見える。


「あ、あの……すいません……!」


 一応呼びかけてみたが、返事はない。


 自分としては、これ以上深入りするのはやめようと思った。


 もし住人が本当にいるなら、これ以上勝手にウロウロしても迷惑なだけだ。


「すみませんでした、お邪魔しました!」


 そう叫んでから急いで階段を下り、玄関へ向かう。


「ああ、やばいやばい……ほんとに怒られるぞ」


 今さらだが、さすがに犯罪行為だもんな、と内心焦りつつ玄関のドアを開けた。


 外の光がまぶしい。


 バリケードテープをくぐって敷地から出ようとしたその時、視界の端に学生服らしき姿が見えた。


「ん?」


 見ると、女子高生が3人連れ立ってこちらに向かってくる。


 たぶん地元のJKだろう。


「おい、ここ人が住んでるっぽいぞ」


 俺は向こうに声をかけたが、3人はまるで俺の声が聞こえていないかのように会話に夢中で、「マジでヤバいって噂だしー」「でもSNSで映えそうじゃん?」なんて言いながら、そのまま家の門をくぐる。


「ちょ、だから住んでるんだって……」


 また声をかけようとするが、結局誰もこちらを振り返らない。


 JKに完全スルーされている自分の姿を客観視すると、なんとも悲しい気持ちになった。


「そっか……おっさんは空気だもんな……」


 そう自嘲して、俺は駅のほうへと足を向ける。


 あの親子とJKたちがどうなるのか気にならなくもないが、俺としては下手に巻き込まれるのも嫌だ。


 もしそこですったもんだが起きたら、俺が「家に侵入してた」ことまでバレて警察沙汰になるかもしれない。


 幽霊どころの騒ぎじゃない。


 結局、俺は振り返ることなく逃げるように家をあとにした。


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