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第十一話「夏木チハル と こっくりさん」(前編)

 ◆


 その日、夏木チハルはクラスの仲良しグループ四人で放課後の教室に残った。


 進路の悩みや恋バナに花を咲かせるはずが、なぜか友人の一人が言い出したのだ。


「ねえ、こっくりさんって知ってる? ちょっとやってみない?」


 その時、誰もが深く考えずに「まあ、面白そうじゃん」と乗り気になった。


 昨今、SNSを中心にオカルトブームが再燃したという事情もある。


 教室は既に薄暗く、外は夕刻を過ぎて夜が近づいていた。


 四人のうち三人が「怖い」と言いつつも好奇心が勝り、反対する者はいない。


 机の上に50音表と「はい」「いいえ」を書いた紙を並べ、500円玉をそっと置く。


 チハルは「ちょっと不気味だよね」と胸をざわつかせながら、みんなと一緒にその500円玉に指を触れた。


 最初は笑い交じりだった。


「将来、私たちの中で一番お金持ちになるのは誰?」とか、「あの先生は結婚してるの?」とか、くだらない質問ばかりが飛び交う。


 500円玉が動く気配があろうとなかろうと、とにかく場を盛り上げることが優先で、深い意味など何もない質問ばかりだ。


 事実500円玉はそれまではぴくりとも動かなかった。


 ところが、ある友人が「こっくりさんって本当に居るの?」とふざけ半分に声を上げた瞬間、500円玉はぎこちなく動き始めた。


 予想外の事態に「ねえ、誰が押してるんでしょ?」と疑う声があがる。


 だが皆、同じように「私じゃないよ」と言い張った。


 次の瞬間、廊下の蛍光灯が一瞬だけ不気味に点滅し、遠くで大きな物音が鳴り響いた。


 チハルは思わず息を呑む。


 友人たちも「ちょっと、やっぱやめようよ」と顔を見合わせるが、そこにいつも強気な子が言い放つ。


「こっくりさんなんてただの遊びじゃん。こんなので怖がるとか、マジありえないし」


 その言葉の直後、机の脚がきしむような音を立てて揺れ、教室のドアが勢いよく開いて──そして大きな音を立てて閉まった。


「だ、誰かの悪戯でしょ……」


 思わず誰かがそう呟いた瞬間。


 急に冷たい空気が教室に流れ込み、全員の人差し指が500円玉にぴたりと張り付いたように動かなくなり──


 いいえ


 


 いいえ


 


 いいえ


 


 いいえ


 


 いいえ


 


 凄まじい速さで「いいえ」と「い」と「る」を行き来した。


「きゃあっ」


「な、なに!? なになになに!?」


「悪戯ならやめてよ!!」


 悪戯だったとして、なぜ500円玉から外せなくなるのだろうか。


 要するに、悪戯ではありえなかった。


 すぐにこんな事終わらせなければならない──チハルはそう思う。


 しかし。


 ──終わらせる、って……どうやって!? 


 正しい終わらせ方を知っている者は誰もいなかった。


「も、やめてぇッ!!!!」


 誰かが絶叫し、無理やり指を引き剥がす。


 すると他の者たちはバランスを崩して後方へ転げてしまった。


 500円玉へ吸いつけられる力が急に消えたからだ。


 しかし──


「これ……」


 チハルがゾッとした様な目で500円玉を見る。


 そこには最初に無理やり引き剥がした者の、指の皮が張り付いていた。


 ◆


「とにかく片付けて帰ろうよ!」


 そう言うや否や、皆バタバタと教室を飛び出し、逃げるように下駄箱へ走る。


 紙も500円玉も放置したまま。


 後になって考えれば、これが最悪の一手だったとチハルは思う。


 奇妙な出来事が置き始めたのはその日の夜からだ。


 チハルの教室では教室の窓が開いていたり、廊下の電気が勝手に点灯していたりと、小さな異変が連鎖的に続いた。


 最初は気のせいかと思った。


 放課後に忘れ物を取りに戻ると、誰もいないはずの教室で椅子が一斉に引かれるような音が聞こえる。


 しかし慌てて中を覗いても、椅子はきちんと机に収まっている。


「疲れてるのかな……」と自分に言い聞かせ、家路につく。


 だが、家に戻っても落ち着けなかった。


 部屋のドアがひとりでに開いたり、鏡を覗くと人影が横切ったような気がしたり、妙な物音が床下からするなど、チハルが経験したことのない怪奇現象が毎晩のように続く。


 さらに、一緒に「こっくりさん」をやった友人たちにも「夜になると壁を叩かれる」「勝手にテレビがつく」といった怪異が起きていた。


 そして、ついには決定的な事が起きる。


 チハルを含めて四人いた仲間のうち、一人がある日行方不明になったのだ。


 朝のHRで担任が「〇〇さんが昨日から家に帰っていないそうだ」と言ったとき、クラスは騒然となった。


 友人同士で連絡を取り合うも、既読すらつかない。


 二日後、さらにもう一人が消えた。


 その子の家族も警察に捜索願を出しているらしく、学校に警官が来たりと事態はただならぬ雰囲気になっていく。


 チハルは恐怖で夜もまともに眠れず、食事も喉を通らなくなった。


「私まで消えてしまうんじゃないか」──そんな予感が常に頭から離れない。


 そしてある夜。


 ドレッサーの上に飾っていた小物が、一斉に宙を舞った。


 ぬいぐるみやアクセサリーケースがカタカタと揺れ、次の瞬間に床へ落下する。


 それから朝までは何も起きなかったものの、チハルは涙が止まらなかった。


「もうだめだ……」


 翌朝、学校を休んだチハルは、自室に籠もりスマホで「こっくりさん除霊」「友達行方不明」など、血眼になって検索を続けた。


 だがネットには「それっぽいお祓いの方法」や「噂話」が散在しているだけで、確かな情報は見当たらない。


 そして、あるSNSアカウントに目が留まる。


「ぴるるん@心霊相談承ります」──フォロワー数が250万とやたらと多い。芸能人並みだ。


 怪しさ満点だが、評価欄や口コミを見ても「騙された」という被害報告が不思議なほど出てこない。


 逆に「解決した」「あっさり消えた」といった成功例が目立ち、やや荒唐無稽な投稿ばかりだが、なぜか悪評がないのだ。


 チハルは一縷の望みをかけ、アカウントをフォローしてみる。


 そのプロフィールには「解決しなかったら無料、解決したら一律1万円」と書いてある。


 チハルは「高い……」と思ったが、何よりも友人の命、自分の命がかかっている。


『お願い、助けてください……友達が消えていきます……』


 祈るような気持ちでリプライをする。


 しかし、それから暫くまっても返事はなかった。


「なんで!? 24時間対応って書いてあるじゃん!!」


 怒りに任せて叫ぶが、どうにもならない。


 そんな中──


 DMのアイコンに1という通知が表示された。


 ◆


 だが送信者はぴるるんではなかった。


『鳳仙麗子(ほうせんれいこ)』というアカウントだ。


 この鳳仙麗子という名を、チハルはどこかで聞いたことがあった。


 テレビの心霊番組などで、あでやかな衣装と派手なパフォーマンスで除霊をする女性──たしかそんなイメージだった。


 DMの内容を開くと「初めまして、鳳仙麗子です。私ならあなたの悩みを解決できますよ」と書かれていた。


 さらに「私はこれまで多くの心霊トラブルを解決し、テレビでも何度も取り上げられてきました。あなた達の身に起きた事にも、きっと力になれます」と。


 正直、チハルは半信半疑だった。


 鳳仙麗子といえばテレビで派手に除霊するイメージこそあれど、それが本当に効果があるのかはわからない。


 しかし、現状は「ぴるるん」からの返信もなく、ほかに頼れるあてもない。


 DMには続きがあった。


「生放送の特番が近く予定されていて、そこで除霊を披露することになっています。あなたが協力してくれるなら、費用は一切いりません。むしろ私がお礼を出したいくらいです。だから一緒に出演してみませんか? ぴるるん先生は確かに最近よく名前は聞きますが、実績も公開しておらず、本当に"力"があるかどうかは定かではありません」


 その点私なら、とつらつら実績やら由緒正しい払い師の家系で生まれた事やら自分語りが続いていたが、それらも今の窮したチハルには頼もしく思えてしまう。


 ──ぴるるんさんからは返信もないし、次は私の番かも


 そう思うと、もう迷ってなど居られなかった。


 チハルは麗子に「お願いします」と返事をする。


 すると驚くほど早く、麗子から「ありがとう。これであなたもお友達も救ってあげられます」とメッセージが返ってきた。


 しかし気になる事もある。


 ──『あの、番組っていつなのでしょうか?』


 ──『来週になります』


 それでは遅すぎる、とチハルは思った。


 ──『そんなの、遅すぎます! もう毎晩変な事が起きていて……』


 チハルがそう打ち明けると、麗子は──


 ──『大丈夫。その辺も考えてあります。アカウントを拝見させていただきましたが、あなたは都内在住ですよね? でしたらバイク便が使えますので、数時間中に私の力を込めた"霊札"(れいさつ)をお送りします。悪意、邪気から護ってくれる簡易的な結界を作り出すお札です。一週間程度ならもつはずですから安心してください』


 そうして個人情報を交換し──


 "霊札"受け取ったチハルは、その日の晩に怪異現象が一切起きなかった事から、麗子の事を信用するようになる。


 ◆


 翌日、テレビ局のスタッフから電話がかかってきた。


『鳳仙麗子先生からお話は伺っております。来週の生放送で、あなたをゲストとしてお招きしますので、事前に打ち合わせをしたいのですが……』


 ビジネスライクで淡々としていたが、チハルとしては既に麗子を信用しているために否やはない。


「……私、本当に助かるんでしょうか」と不安を口にすると、スタッフは慣れた調子で「大丈夫ですよ。鳳仙先生は数多くの心霊案件を解決されてますし、視聴率も毎回すごいんです」と微笑むように言う。


 そして、打ち合わせの日程や当日の段取りが細かく伝えられた。


 スタジオには大掛かりな祭壇のようなセットを組み、こっくりさんをそこで行うらしい。


 そうして呼び出した悪霊だかなんだかを、麗子が払うという寸法だった。


 チハルはそれを聞き、少しばかり気が滅入った。


 またあれをやるのかと。


 けれど、このまま友人が戻らないよりはずっといい。


「なんとかなるなら……」と自分を納得させるしかなかった。


 打ち合わせの日、チハルは初めて鳳仙麗子と直接対面した。


 年の頃は20代後半かそこらだろうか? 


 派手な着物風の衣装をまとった麗子は、テレビのイメージそのままに堂々としていた。


「あなたが夏木チハルさんね? 大丈夫よ、私に任せなさい」


 その表情には一切の迷いがなく、チハルは少し心が軽くなる気がした。


 麗子は番組スタッフと二言三言言葉を交わしたあと、チハルを誘って控室へ。


 そこで彼女は自分の経歴や、過去に解決したという霊障事件の実例を多く語った。


「テレビでは派手に見えるかもしれないけれど、実際には確かな力があるの。だからこそ、視聴率もついてきているのよ。実績がなければ、すぐに潰れる業界だもの。その私から見て、あなたはこのままではちょっと危ないわね。ぴるるんだかぷるるんだか知らないけれど、あんな胡乱な人に任せていたらそれこそ命に関わる事態になってしまうかもしれない」


「ぴるるんさんの事は知っているんですか?」


「会った事もないわ。でも"力"があるとは聞いている。ただ、あの人はああいう感じでしょう? 普段のポストを見ても。霊能者が詐欺師ばかりだと思われたくないからね、以前一度対談を申し込んだ事があるの。無視されてしまったけれどね……きっとやましいことがあるからなのでしょうね」


 確かに自分もぴるるんにリプライしたものの、無視されているし──とチハルも頷く。


「そう……ですね。私、もうどうしたらいいのか分からなくて」


 チハルが弱々しく答えると、麗子は肩をぽんと叩き、「大丈夫、大丈夫」と優しく微笑んだ。


「この生放送で、あなたの憑いている悪いモノをきっぱり払ってあげるわ。安心なさい」


 力強い言葉に、チハルの不安は少しずつ薄れていく。


 そうして迎えた生放送当日までの数日間。


 麗子から受け取った霊札の効果なのか、やはり異常な現象は起きていない。


 ただお札の四隅に"ほつれ"の様なものがあったのが気になった。


 ──汚したりしないように大切に保管していたはずなのにな……


 ◆


 そして、生放送当日の朝。


 チハルは重い足取りでテレビ局に向かう。


 局の廊下を歩いていても、周囲のスタッフが慌ただしく行き交い、まるでお祭り騒ぎのような雰囲気を出している。


 時折、誰かが「今回も視聴率、すごい伸びそうだね」と話しているのが聞こえるが、正直視聴率なんてどうでもいいから何とかしてくれというのがチハルの本音であった。


 控室に通されるとメイクなどを施される。


 麗子は以前にも増して華やかな衣装をまとい、スタッフと入念に打ち合わせをしていた。


「除霊のピーク時間は番組のクライマックス、あとCMの入り方を考えないと……」と、演出面にも細かく口を出す麗子。


 一方で、チハルはまるで操り人形のように指示に従うしかない。


 やがて、本番の時間が近づく。


 スタジオには観客席も設けられており、怖いもの見たさで集まった人々がぞろぞろと座っている。


 セットの中央には、まるで巨大な鳥居を思わせるオブジェと祭壇が組まれ、その横に「こっくりさん」の簡易ボードが用意されていた。


 照明が落とされ、司会者の声がスタートを告げた。


「本日ご紹介するのは、『こっくりさんの代償』。若い学生たちが遊び半分でこっくりさんを行った結果、次々と怪異に襲われているとのこと! しかも、行方不明者まで出ている緊急事態!」


 スタジオの大型モニターに、チハルたちが「こっくりさん」を行っている様子が再現VTRとして映し出された。


 おどろおどろしいBGMが流れ、悲鳴の演技が入る。


 客席からは息を呑むような沈黙が広がり──


「そこで今回、あの有名な霊能力者・鳳仙麗子先生が特別に除霊を行ってくださいます。さらに、実際に怪異に巻き込まれている被害者の女子高生・夏木チハルさんが、勇気を振り絞ってスタジオに来てくれました!」


 チハルは緊張で足が震えそうになるのを必死でこらえ、セット中央へ歩いて行った。


 スポットライトがまぶしい。


 客席の視線とカメラが、いっせいにチハルを捉える。


「夏木さん、今のお気持ちは?」


 マイクを向けられたチハルは唇を震わせながら、「みんなが……友達がいなくなって、怖くて……もうどうしていいか……」と声を詰まらせる。


 司会者はシリアスな面持ちで「辛いですね」と相槌を打つが、その裏にワクワクした興味を感じ取ってしまい、チハルは暗い気持ちになる。


 するときらびやかな衣装の麗子がチハルの横に立ち、「もう大丈夫よ」とマイクを握った。


「私の力で、この邪悪な“こっくりさん”の呪いを断ち切って見せます。さあ、皆さん見ていてください。生放送で奇跡をお見せしましょう!」


 観客からは拍手が起こり、麗子は堂々と祭壇の前に進む。


 大げさともいえる音楽と照明がスタジオを包む中、麗子は御幣お祓い棒を振り回して──


「闇よりいでし邪念よ、ここに集いて滅すべし!」


 そう叫び、セットに組まれた古風な屏風に向かって何かの粉を撒く。


 続けざまに爆竹のような音が数発鳴り、煙が立ち込め、客席から驚きの声が上がった。


 チハルはその光景を見つめながら、なぜか胸に不安を覚えた。


 確かに演出は派手だが、これで本当に解決するのだろうか。


 その疑念を打ち消そうと、必死に「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせる。


 麗子はさらに「夏木さん、前へどうぞ」と促す。


 チハルはぎこちなく祭壇の前に進むと、そこには先日教室に置いたのと似た「こっくりさんボード」が用意されていた。


「どうやら、このボードに残った“何か”を浄化しなければならないようですわね」


 麗子がそう言うと、スタッフがスタジオの照明を落とし、スポットライトがボードへ注がれる。


「チハルさん、あの日と同じように500円玉に指を置いてみて」


 チハルは不安そうにしながらも、言われた通り500円玉に触れた。


 そして、テレビ的な演出なのか、周囲に鳴り響く不気味な効果音がさらに恐怖を煽る。


 瞬間、チハルの頭に強烈な耳鳴りが走る。


 まるで誰かが耳元で怒鳴っているかのような感覚。


「……なに……?」


 ボードを見ると、500円玉がかすかに揺れているではないか。


 客席からどよめきが起こり、カメラマンたちが一斉にシャッターを切る。


 麗子は大きく振りかぶるように杖を掲げ、「くっ……ずいぶん強い念ね! でも大丈夫、私が祓ってみせる!」と声を張り上げる。


 その瞬間、祭壇の背後に設置されたスクリーンが揺れ、テレビ的な仕掛けの炎が一気に燃え上がった。


 ここまではチハルにも演出だと分かる。


 が。


 だん、と


 突如としてスタジオ内が真っ暗になってしまった。


 停電だろうか、照明もモニターも全部落ちてしまったらしい。


 スタッフの悲鳴と観客のざわめきが広がる。


「照明さん! 音声さん! カメラまだ回ってる?」


 司会者が叫ぶように指示を飛ばすが、返事はない。


 その闇の中で、チハルは肌にまとわりつくような凄まじい冷気を感じた。


 そう思った途端、頭の中に直接訴えかけるような声が響く。


「たすけて……こっくりさん……終わらない……」


 まるで失踪した友人たちの声が混じり合ったかのように錯綜する呼び声。


「ちょ、ちょっと、鳳仙先生!」


 チハルが必死に呼ぶが、暗闇の中で麗子の姿を見失う。


 聴こえるのは小さなうめき声や、祭壇が軋むような音ばかり。


 そこへ、どこからか「ドン……ドン……」と床を叩く音が響き始める。


 闇はなおも深く、まるでスタジオ全体が別の空間に取り込まれたようだった。


 チハルは逃げ出すべきか悩むが、足はガクガクと震えて動かない。


 少しでも人のいる場所へ──と思って観客席に目をやるが、人影すらも確認できない。


「誰か!! いないんですか!? 鳳仙先生!!!」


 たまらずチハルは叫ぶが、答えはない。


「やだ、やだ!!!」


 チハルは全部いやだった。


 友達が帰ってこないのが嫌だ。


 こんな状況で一人きりなのが嫌だ。


 死ぬのが嫌だ。


 そのとき、「うっ……」とくぐもった様な声が響いた。


 麗子のものだ。


 チハルは「先生!!! どこですか!? なんで、なんでこんな事に……先生! 助けてッ!」と叫ぶ。


 周囲は暗く、どこに麗子がいるのかもわからない。


 ややあって、息を荒らげる麗子の声がした。


「き、聞きなさい……こ、これは、こっくりさん、なんかじゃない……もっと、もっ……と違う、モノ。……き、……さい、早……ここからッ……!」


 ところどころ聴き取りづらいが、逃げろと言っているのだろうか。


 でも、逃げろと言ってもどこへ? 


 チハルがそう疑問に思った次の瞬間。


 ばん! 


 ばん、ばん、ばん! 


 誰かが何かを思い切り叩く音が連続して起こる。


「ひぃッ!? や、やだぁ!!! もう、やだよぉッ!!」


 チハルは泣き出し、その場に蹲った。


 そんなチハルに追い打ちをかけるように、スマホが震えだした。


 独特の電子音。


 MINE通話の着信がきているようだ。


 チハルはやだ、やだ、と呟き、スマホを放り投げようとするが──


 アカウントの名前を見てはたと動きを止めた。


 そこにはこうある。


 ──『ぴるるん@お仕事垢』


「ぴるるん」からの着信であった。


 チハルは慌てて応答ボタンを押す。


 ──『もしもし? ハッチさん、でいいのかな? 聞こえる? あのさぁー、相談があるならDMでって書いてるじゃん。通知の1ってのが全然消えないから見てみたらリプ来てたんだけど、皆から見えるトコにQR貼らないほうがいいよ。で、友達が消えたってどういうこと?』


 軽薄な声。


 しかし今はその声が妙に頼もしく思えた。

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