目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第17話 命の恩人 その2

マルトア―――――彼は誰よりも独創的で、新しいものを自分の手で創ろうする考えを持つ野心に溢れた成年だった―――――。


彼がどこから来たのか、どこの出身なのか、誰も知らないが、アルデシール国で、騎士となり、その名が周知され始めた時、まず彼が行なったのは行くあてもない少年、少女たちの孤児の救済だった。


アルデシールにはたくさんのスラム街が存在する。アルデシールが特別というわけではなく、どこの国にもスラム街は存在する。貧富の差によって生まれてしまう格差は世界共通だと言えるだろう。


社会から迫害され、忘れられた彼らをマルトアは前々からどうにかして助けたいと考えていた。


考えはあったものの、彼の資金力では限界があり実行できなかったのだ。


だが騎士として、名を上げた彼はある日、同じような考えを持っていたランドルという貴族と出会うことになる。


そして、マルトアは抱いていたあることをランドルへ打ち明けた。


それが“白狼騎士団”の創設である。


弱き者を救い、彼らが安心して暮らせるようにすることを目標として掲げたそれは慈善活動を個人的やっていたランドルには渡りに船だったようで賛同した。


貴族階級の者にとっては孤児院の運営というのは利益を生み出すようなことではないため出資をしてくれる者がおらず、また、貴族たちの間では貧困者を見下す風潮があるため、マルトアたちの活動は支持を得られなかったが、それでもバーロンド地方領主でもあるランドルの全面的な支援により、騎士団が創設された。


マルトアはさっそく、スラム街に行き、少年少女たちの救済のために向かった。


そこで出会ったのが、ミナとリルだった。ボロボロになった服に、ガリガリな体つき、骨の上に皮だけが残っているのではないかと思うほどに痩せ細っていた。


鼻が曲がる獣のような臭を発しており、離れていた場所からでも臭いは届いてきた程だった。


それでも、マルトアは顔色一つ変えることなく、彼女らの前に膝を折り、微笑んだあと、交互に頭を優しく撫でて、告げる。


「君たちをこの地獄から救い出してあげよう」


とても優しい声音だった。


教会で聖書を唱える神父よりも、ずっと心が落ち着くような温かい言葉だった。


それから数日間、ミナとリルは他に集められた少年少女たちと共に、厳しい訓練をランドルとマルトアが戦う技を教え込まれた。


どんなに失敗しても、どんなに覚えが悪くても、マルトアとランドルは怒鳴らず、見放さなかった。決して暴力を振るうことはなく、根気よく何度も説明してくれたり、手本を見せてくれたりと優しい声音で寄り添って指導した。


それは誰に対しても平等で、差別をしないということを表していると同時に、彼らの心に小さな希望を植え付けた。


今まで虐げられ続けた少年少女らはいつしか強くなりたいと思うようになり、必死になってマルトアとランドルに褒められたいという思いと共に剣を持ち続けた。


ミナも、そんな彼に姿勢に惹かれ、彼の期待に応えたいと必死に頑張った。


小さな身体で、過酷な特訓を受け続けた。


毎日のように血反吐を撒き散らしそうになるまで、肉体強化のため腕立て伏せ、腹筋などの基礎訓練から剣の素振り、長距離走などをこなしていった。


数年後、ミナたちは顔つきが変わり、戦う戦士へと成長する。


どんな困難なことが起きようとも、どんな試練が待っていようとも、その先に不安などなかった。視線の先にいる彼がどこまでも導いてくれるから。


だから、少女達は迷わず前に進み続けられた。


白狼騎士となり、ミナはスラムへと足を運ぶ。骨と皮となった子供たちを見て、過去の自分と重ねて、あの時、救ってくれたマルトアのように自分も救いたいと水と食糧を分け与えた。


白狼騎士団の創設時に定められた言葉を思い出す。


一つ、白狼騎士は、自らの財を肥やすべからず。

一つ、飢えに苦しむ子供たちを救済せよ。

一つ、同じ、白狼騎士たちと共に互いを支えあい助け合え。

一つ、自らの力に奢ること勿れ――誇り高くあれ。


「一つ、我らは白狼騎士なり。たとえ、如何なることがあろうと――常に笑顔を忘れず、常に諦めるな」


ミナは小さく口ずさんだ。


「――――マル様が、マル様がいたから私は生きている。このちっぽけな命をマル様が救ってくれた。悪夢から救ってくれたの―――だからマル様の為ならなんでもする。そう誓ったの! なのにどうして!!? どうしてマル様は死んだのッ!!!?」


悲痛な叫び声を上げながら、大粒の涙を流す彼女をシンゲンはただ見つめることしかできなかった。


ミナも、どうして、目の前にいるシンゲンに自分の気持ちを訴えかけたのかわからなかった。


きっと、聞いてくれる人が欲しかったのかもしれない。自分の言葉を。自分の叫びを。


でも、一番理解して欲しい人はもういない。


彼の死によって、彼女は生きる意味を失った。胸を強く締め付けられるような息苦しさを感じる。


シンゲンはミナを見据えて言う。


「俺はマルトアについてよく知らない、けど、そいつが良いやつだったってことはなんとなくわかる――――でもさ、いつまでも引き摺っているのは良くないと思うんだ。 だってさ、マルトアはお前が暗い顔をしていることを望んていないと思うぞ」


それにミナは視線を上げた。シンゲンは言葉を続ける。


「ミナたちに戦い方を教え込んだのはさ、俺は思うに自分がいなくなっても、強く生きてほしいという願いが込められていたんじゃないのか? 誰かを助けるための力は、自分を守る力にもなると思うんだ」


シンゲンの言葉にミナは心を打たれた。そして思い浮かべるのはマルトアの姿。自分に優しく微笑みかけてくれた彼の顔。頬に滴り落ちる涙をシンゲンは指先で掬った。そして笑う。


「残された人間は前を向いて強く生きるべきだ。それが残された者の務めだろ?」


それを聞いてミナは思わず、悲しみが一気に吹き飛んだ気がした。


驚きつつも、冷静になったミナは大きく深呼吸したあと、表情を崩して微笑む。


「シンゲン君って、クサイって言われない?」


と聞いたミナに対して、 彼は不思議そうな顔を浮かべてから首を傾げた。


「え? 俺って臭いのか?」


なんて真顔で答えが返ってきたため、ミナはくすりと笑ってしまう。


そして、小さく聞こえないように口を動かした。


――――ありがとう。と。


その声はシンゲンには届いていなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?