翌日の朝――――太陽がまだ昇り始める前の時間。深い森の中では、冷気がさらに一段と増したような感覚がある。そんな身震いしてしまう小屋の中、ミナは目を覚ました。
ぼやけている視界で、薄暗い部屋の中を見回す。ミナは夜、夜警のために起きていたはずなのに―――ふらつく頭を振りながら目を擦った。
どうやら立ったままで寝てしまっていたらしい。壁にもたれかかったまま眠ってしまった自分に苦笑いしてしまう。
こんなこと、過去には一度もなかった。
緊迫した状況下に置かれたことで疲労がたまっているのかもしれない……そう思いながらも他の人は?と気になり視線を動かす。
リル、シンゲン、そして、オルタシアはまだ寝息をたてて眠っている。誰もが疲れ切っているようだ。一夜を過ごしたことが正解だったと思えるぐらいに。
オルタシアはベッドの上に横になっていた。そこにつきっきりでシンゲンが傍によりそうように椅子に座ったまま、身体を倒して眠りこけてしまっているようだった。
関わったこともない自分たちに命をかけて、戦ってくれたことに、お人よしだと思い、本当に感謝してもしきれない。
そして、見たことのない魔法を使っていたことに興味を抱いたが、今はそれよりも自分が慕っていた団長の死が受け入れられない気持ちの方が強かった。
まだあの人が死んでいるなんて信じたくないと思っている自分もいる。
やるせない想いと共に胸を押さえつけようとするがうまくいかない。息苦しくなった。
外の空気を吸うために誰も起こさないように静かに足を運び、ミナは小屋の外へと出ることにした。
徐々に太陽が昇っていき、薄暗い森を照らし始めた。鳥の声も聞こえるようになってきた。その光景を見つめつつミナは胸に手を当てる。
「マル様……どうして……」
あの日、あの時のことを思い出す。戦場の中、混乱と狂乱の中、砂埃が立ち込める峡谷で血まみれになって横たわる団長を見た。動揺と同時にオルタシアを救出することを優先し、彼をその場に置いていった自分の判断を呪った。
まだどこかで生きているのではないか、死んでいないんじゃないかという希望を抱き続けた。
朝、目覚めたらいつものように優しい笑みを浮かべて、おはようと言ってくれるのではないかという幻想を持っていたのだ。
家族がいないミナにとっては肉親を奪われるに等しく、胸が張り裂けような思いだった。奥歯を噛み、神々を怨みそうになる。
死んでいい人間が生き長らえ、生きるべき人間が死んでいく。
それには疑問したくなる。
どうして、純粋で正義に溢れた彼を死ななければならなかったのか、と。神々は口を閉じ、何も語らない。答えようともしない。
自分の無力にも憤る。
なにも出来ず、混乱した戦場で、死んだマルトアの遺体すら回収できなかった。馬を駆ってオルタシアを乗せ逃げたとき、彼の姿が遠くなっていくのを後ろ目で見ていた。
仕方が無かったとはいえあのとき後悔した。自分が連れ帰っていればとなんど考えたことか。団長の命令がオルタシアの救出であって、彼ではなかった。
任務に忠実、それが彼の口癖だったが、やはり、あのときの命令には納得がいななかった。
「くっ……」
両手を拳にし、力を込めフェレン聖騎士団を心の底から怨んだ。
「――――そんな、格好じゃあ風邪を引くぞ」
不意に背後から声がした。ミナは驚いたが声の主が誰なのかわかったので、微笑みつつ振り返ったあと会釈した。
「あらあら。おはよう。シンゲン君」
シンゲンの手には分厚い毛布が握られていた。歩み寄って何をするのかと思いきや、彼はミナに優しく羽織らせた。
上着を脱いでいたため、確かに肌寒さを感じていたミナはその毛布の温もりをありがたく思った。ミナはシンゲンの気遣いにお礼を述べる。
するとシンゲンは照れくさそうに頬を掻いた後、そっぽを向いて呟くように言った。
「その、なんだ、朝の森は冷えるからさ」
「フフフ……ありがとう。優しいのね」
ミナの柔らかい口調にシンゲンは頬を染め恥ずかしそうにする。
「べ、別に……当たり前のことをしたまでさ」
(――――ああ……可愛いわぁね)
素直な気持ちである。年下の男の子というのはなんとも可愛らしいものだとミナは感じた。
まだ、出会って二日目だと言うのにも係らずこんな気持ちになれるとは思ってもいなかったミナであった。
今、敵味方がわからない状況で、彼のような存在がとても心強く思えた。
そして、思った。
(―――ほんと、どこまでお人良しなのかしら)
ミナは微笑んでいたが、シンゲンにはミナがどこか無理をしているように見えた。
それは表情からは読み取れないほどだったが、瞳の奥に深い悲しみが混じっている、そう思った。
「あのさ……。一つだけ聞いてもいいか?」
唐突の質問にミナは小首を傾げる。
「なに、かしら?」
「その、マルトアってやつは、一体、どんな男だったんだ?」
その質問に対して、ミナから笑みが消え、表情は曇った。
少し黙り込んだミナは目を瞑り 両手を胸辺りで握り締めると小さな声で答えた。
「団長―――いえ、マル様は私たちの命の恩人なんです」